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まだ生者であった頃の女子高生の話

作者: 7B

タイトルの通り。女子高生の話。冬の進路が決まる前のざわざわした空気がほんのちょっぴり混ぜてあります。

 ジリリリリリリリリリ

 漫画にでも出てきそうなベルの付いた目覚まし時計がけたたましく鳴っている。

 リリリリリリリリリリン

 止まった。

 と同時に頭上から響いてくる声

「起きろ」

 誰だろう? 考える暇もなく、襲ってくる冷気にもぞもぞと体を丸める。

 布団を引っぺがされたのだろう。「起きろ」冬の空気に西日本もそろそろ雪が降るか? と思考をめぐらすことも無く、向こうで羊さんが眠りの国へ手をこまねい「起きろ」ているので、自身の欲求の赴くままそちらに駆け出そうとしていた。位置について、用意。クラウチングスタートの姿勢でかまえる。

 その耳元で声。

「起きろっての! この馬鹿姉貴っ!!」


 目が、覚めた。




「いや、毎朝悪いね」

「全然んなこと思ってないくせに、よく言うよな」

 姉弟のそんなやり取りから始まる山崎家の日常。父はオーソドックスに新聞を読みながら味噌汁を啜り、母は「ちゃっちゃと食べちゃいなさい。学校遅れるわよ」と子供たちを急かす。そんな日本のどこにでもありそうな朝の光景である。

 おかずのウィンナーを口に運びながら、貴子は目の前に座る弟を見据えた。

「あんた、また朝から牛乳飲んでるの?」

 個人的にご飯に牛乳って合わない気がするのよね。小学校でも給食のたびに嫌になっていたと吐き出す姉に、ぐだぐだ朝から絡んできやがって、と冷めた目を返す弟。

「牛乳嫌いだから目の前で飲むなって素直に言えばいいだろ」

「嫌いなんじゃないわよ。嫌いなんっ」

 舌を噛んだらしく唐突に蹲る姉に、少年は「勝った」とガッツポーズをとる。

 そのやりとりを横目に見ながらごちそうさま、と父が席を立った。それを合図に喧嘩しない!と母がお弁当を3つ食卓に並べる。

 残った二人も急いでご飯をかき込んでいく。ごちそうさまと手を合わせた頃に、玄関の方向から「いってきます」と声が聞こえた。

 ばたばたと忙しない朝の食卓。

「今日、部活で遅くなるから」

「あ、私はいつもどおり帰ってくるね」

 毎日繰り返される光景。

「「いってきます」」

 そうして、一日が始まった。




 寒い。寒い。

 そう言い合いながら、学生が通りを歩いていく。

 通学路である商店街を抜けると、葉が散って丸裸なイチョウの街路樹の並ぶ車通りの多い道に出る。

 視線は斜め下に、文字を追いながらもアンテナは全開で人や電柱にぶつからないように器用に歩いていく女子高生が一人。

 彼女めがけて、小さな学生が走ってきた。

「貴子~! おはよっ」

「おはよ、三花」

 勢いよく背中にタックルを受けるが、本から顔を上げない。

 相変わらずつれない、としょげる横で彼女は黙々と本を読みながら歩いていた。

「聞いてよ。朝さぁ、牛乳飲んでたら『頑張ってるねー。で、どっちを成長させたいのかな?』ってからかわれちゃってもうむかつく!」

 いつものことと諦め、拳を固めながら朝の出来事を語り始めた小さな学生。もとい河合三花かわい みつか

「それってどっちのお兄さん?」

 いつ通り、一瞥もくれずに声だけで友人と判断して返事を返した方が、山崎貴子やまさき たかこ

「次男に決まってんじゃん。長男大学生だし低血圧だから、あたしが家出るときもまだ寝てたよ」

「ふーん。相変わらず長男次男って、名前で呼んであげようよ。一都さんも二士さんもかわいそ」

「可哀想なのは朝から牛乳ごときでからかわれたあたし!」

「残念だけど、私ご飯に牛乳は認めない派だからね」

「残念でした!家は昔っから朝はパ、「あ、ちょっと待って。今いいとこ」……せめて最後までしゃべらせてよ」

 ぺらりと本のページをめくりながら、結局は喧嘩する程仲が良いの典型的な例だよね、河合三兄弟って。と返せば、まあ仲は悪くないけど。と満更でもない表情でぶつぶつ言い出した。

 (このブラコンめ)と彼女が心中で呟いたかどうかは定かではない。




 特に勾配もなく、平坦な道路沿いを歩いた先に、二人の目指す夕糸ゆうし高校がある。

 一学年3クラス。生徒数約350人。至って普通の公立高校である夕糸高校は、一年生の間は並列な3クラスだが、二年生から文系、理系、特別進学の3つの特色別のクラスになる。

 二人の学生もご多分に漏れず、3つの枠の中のどれかに放り込まれるのだろう。一応生徒の希望を聞くが、人数の偏りによっては成績でふるいに掛けられるということもある。


 そのふるいにひっかりそうな男子生徒が一人、相棒の首を締め上げて尋問していた。

「なぁ、貴子さんが特進希望って確かなのか!?」

「くるじい、手を離ぜ…………がく」

 落ちてしまった相棒をぽいと捨てると、やけに情熱のこもった声で嘆く。

「ああ、なんてことだ。キミはやはり高嶺の花なのだろうか。いや、僕は諦めないよ。たとえ化学で毎度赤点を取る身であったとしても、キミの近くにいられると信じている!」

 激しい身振り手振りで感情を表す学生。彼を見る周りの視線も痛々しいが、一番痛いのはたった今校門をくぐってきた山崎貴子、彼の想い人本人であろう。


 またか、とぐったりと肩を落とした貴子はカツカツとローファーの踵を鳴らしながら彼へと歩く。

「ちょっと落ち着きなさい。黒田原一樹くろだばらかずき君」

 演劇部の奇人と本の虫。その周囲は二人の動向を見逃すまいという野次馬で覆われてしまった。脇にいた小柄な生徒が、一人こっそりとフェードアウトを図る。

 名前を呼ばれた彼は貴子を目にするや否や涙を流し、右腕を体に巻きつけ、左腕で顔を覆うと、目を瞑って動かなくなってしまった。

「私に話しかけられたからって、恍惚の表情は止めなさい。そういうのは夜自宅のお布団の中で、」

「ちょーい! 山崎ストップストップ!!」

 鬱陶しさを前面に出した貴子の言葉を遮るように、突然叫び声が上がる。

 先ほど、絞められて落ちていた男子生徒、馬渕圭まぶちけいだ。

 急に大声を出してどうしたのだと眉をひそめてて問う貴子に、非常識なのはお前だと諭す。

「女の子が朝から下ネタに走るのは止めなさい。引かれるから。それからあいつは今脳内でお前と『一樹くん』『貴子さん』の夕時砂浜シャイニングの真っ最中だから、ほっといてやれ」

「そっちに方が引くわよ」

「ていうか圭、夕時砂浜シャイニングってセンスはどうかと思うよ」

 貴子と、傍観者決め込んでた河合三花も思わず、間髪容れずに斬りこんできた。

「もうやだこいつら。なんで俺の周りには揃いも揃ってボケしかいないんだ。山崎はツッコミだって信じてたのに。ボケに寝返りやがって」

「はいはい。大好きな三花に正論突っ込まれたからって、現実逃避しない。」

 今ボケたのは君だろうという言葉は飲み込んで、当たり障りの無い言葉を吐く。本人は自分はツッコミだと信じているので、そっとしておいた方が良いだろうという貴子なりの心遣いだった。

 すたすたと貴子が歩き始めると、野次馬も解散し、後の二人も校舎に走る。

 その場に残された黒田原は遅刻指導の先生に声をかけられるまで、同じポーズで立ち尽くしていたという。




「で、あるからして~」

 退屈な午後の授業だ。

 朝から黒田原の露払いをし、昼食を三花と二人で教室でとって、あとは大好きな文庫に時間を費やす。途中、黒田原が教室に入ってきて、貴子の前でなにやら切々と自身の決意を述べ、熱い告白を繰り返していたらしいが、貴子の耳には一言も入っていなかった。

(現国だったら良かったのに)

 午後一番の授業は数学だった。

 教室を見渡すと、教卓の真ん前でらんらんと鼻歌を歌いながら問題を解く三花が、見えない。学生の健康的な黒の頭に埋もれている。いつものことだ。

 あとは、呪文のような公式に頭を悩ます者、真面目に板書をノートに書き写す者、諦めて不貞寝する者、大体この三つに分けられる。

 貴子はその三つのどれにも当てはまっていなかった。

 今日の授業内容はもう自学で済ませているので、本を読んでいる。

 数学の授業にあわせて、ユークリッド原論の日本語翻訳、ただ今第三巻の途中だ。

(読んでは見るけど、難解すぎていまいち頭に入ってこないのよね)

 そっとため息を吐きながら、ページをめくる。

 しばらく文字を追っていたが、証明が続きだしたので、少し目を休めようと窓の外を見た。

 窓辺に座る貴子の席からはグラウンドの様子が良く分かる。今日は男子がサッカーをしているようだ。

 ジャージの色は紺色にラインが赤。貴子と同じ一年生だ。

 まさかと思っていたら、先ほどからこちらをじっと見上げる生徒がいる。目が合った。

 両手を振り、時折口元に手を寄越してから広げる行為を繰り返す。投げキッスのつもりだろうか。急いで目をそらした。

 大体彼は積極的すぎなのだ。態度も芝居がかってもいる。これでは本気なのか冗談なのか分かったもんじゃない。

 貴子は心中でそう悪態をついた。

 悪態をつく一方で、素直に自己表現できる彼が羨ましくもあった。

 今日はもう数学の気分じゃない。

 分厚い翻訳本を鞄に収め、一つのファイルを取り出す。

 学校で読むなと言われているけれど、授業中なら誰の邪魔も入らないだろう。




 チャイムが鳴って、ホームルームが終わる。

 今日は一人の下校だ。

 毎週木曜日は三花が家庭科部の活動に参加するから、必然的に一人で帰るしかない。

 教室を出る前に、一人の生徒に声をかけられた。

「待って! 山崎さん」

 振り返れば、クラスメイトの安西智香。演劇部員だ。嫌な予感がする。

 とりあえず、教室の入り口から東階段の踊り場まで移動。下駄箱は西階段から降りていった方が近いので、この時間帯の東階段は空いているのだ。

「あのね、クロバラのことなんだけど」

 彼女の口から出たのは、貴子の予想していた人物の名前だった。クロバラとは黒田原のあだ名だ。

「もう2月入っちゃったし、クラス希望提出したでしょう? それでアイツ焦っちゃってるみたいで……」

 演劇部員は仲がいいと聞いていたが、なんなのだろう。

「クロバラのことだから今まで告白もいつものように茶化してたんだろうけど、その、アイツ本気だから! 本当は照れ屋で、気恥ずかしくて素直に言えなくて、いっつもおどけて誤魔化すけど、本当に山崎さんのことが」

「分かってる。それで?」

 それでなんなのだ。いらいらする。黒田原が私のことが好きで、あなたはそんな黒田原のことに詳しくて、それであなたは何が言いたいの?

「分かってる」その言葉に、若干語尾の強くなった貴子に、目を丸くしつつも彼女は笑った。

 すがすがしいほど晴れやかな、女の顔だった。きっと私も女の顔をしていることだろう。

「私、告白したんだ」

 衝撃を受けた私がいる。

「で、ふられちゃった」

 安堵した私がいる。

 それだけで、隠してきた私の本心が分かるというものだ。

「それで、忠告しに来たの。いや、八つ当たり、が近いかな? 今度アイツに告白されたら本気で答えてあげて、って」

 でも、と続ける。

 でも、余計なお世話だったみたいだね。


 失敗した。登下校中にいつも読んでいる本は鞄の中だ。クラスメイトからの真剣な話を読書しながら聞くわけにはいかない。そう思い、鞄に仕舞ってから来た。

 だがこれでは、この赤い顔を隠せないではないか。




 貴子が下駄箱についた頃には、帰宅部の波は過ぎ去った後だった。

 その空間に一人ぽつんと少年が立っている。

「部活動に遅れるわよ」

 その気障な背中に声を掛けた。

 彼は今貴子に気付いたかのように振り返り、すらすらとしゃべりだす。

「ああ、貴子さん奇遇ですね。あなたはどこでも輝いてらっしゃる。その光を人目見たくここで待っていた、と言ったら信じてくれますか?」

「面倒なことは省きましょう、黒田原君。私は特進に進むわ。だけど、あなたは私を追いかけてこないで頂戴」

 彼のスタイル、気障な演技を面倒なこととして切り捨てた。そうしないと彼の本音は見えてこない。

 その一言で彼は気付いた。貴子もまた、その手に本という名の仮面を持っていないことを。

「それは拒絶ですか」

 初めて聞く素の声は、常のそれよりしっとりと落ち着いたものだった。

「せっかちね。私の後を追うような未練たらたらな男には成ってくれるなと言っているだけよ」

 返す貴子の声は、常時よりか細いものだった。

「あなたも、私がここで逃げるような女に成り下がっては困るでしょう?」

 声を震わせまいと下腹に力を込めて、貴子は言う。

「では答えてくれるんですね?」

「あなたからの問いが先よ。問題が分からなければ答えようが無い」

 間髪入れない問答。

 戸惑う黒田原に感化したかのような静けさが、しばし空間を包んだ。

「そこで一歩が出ないあなたの方が人間らしいわ。私は普段の顔よりこっちの顔の方が好きよ」

 息の詰まる静寂を取り払ったのは貴子の告白だった。

「私は答えたわ。でもフェアじゃない。もう一度問題用紙を持ってきてくれる?」

 それから先は貴子のペースだ。

「明日下駄箱にでも入れといて頂戴。放課後までには解答用紙を提出するわ」

 黒田原は、真っ赤な顔についてる口をようやく動かした。

あらかじめ問題を把握してるのに、それはカンニングですよ」

「良いのよ別に。優等生気取ってるわけじゃないんだから」




「じゃあね、黒田原君。色よい返事を待ってるわ」

「それでは貴子さん。私めは舞台へと舞い戻るとしましょう。明日のダンスが楽しみですよ」




 そうして夕糸高校変人カップルは、片割れを失うまでの半年間だけ周囲をにぎわせたのでした。


後半かなり走ってしまった。すみません。

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