第6話
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光が収まったとき、目の前の景色は一転していた。黒で塗りつぶされていた視界は緑あふれる自然の色に染まっていた。少しの間自身が体験した不思議な出来事に頭がついていけずほうけていたが、すぐに覚醒し、最初にルーの姿が見当たらないため探そうと思い立ち上がった時、
「ん?」
服にわずかな重みがかかり、立ち上がることを断念した。そして、その重みの正体を探るべく下を向いたがまもなく原因がわかった。ルーが地面に寝たまま自分の服をその小さな手で掴んでいたのだ。
「なんだ、居たのか」
問題が解決して、ほっとしたのも束の間、すぐに新たな疑問が浮かぶ。
「ここはどこなんだろ。それにどうやってあの部屋から…」
いや、あの部屋から出られた理由はなんとなく気づいている。ルーの放ったあの光だ。おそらく魔法かなんかだろう。まあなんにしろ無事に人攫いのところから逃げれたことだし、なによりルーが寝ている今の状況ではいくら考えても答えはでない。ルーが起きたら直接聞くのが良いだろう。
「森……だよな?」
今居る場所は周りが木で埋め尽くされている。見渡す限り一匹の動物すら居らず、なんとなくつぶやいた言葉は森の静けさに飲み込まれる、はずだった。
『サヨウ。ココハチシキノモリ』
「…へ?」
つい最近体験したような頭の中に直接響くような声に驚き、間抜けな声が自らの口から発せられる。
『ソシテ、ワレハチシキヲツカサドリシ、シンチョウ、シームルグ。ソナタガワレニサンドトイカケヲシ、ワレガコタエルコトガデキナクバ、ソナタニセカイノチシキヲアタエヨウ。シカシ、ワレガコタエルコトガデキレバ、ソナタノチシキヲイタダク。サア、トウガイイ』
こちらの頭が事態の把握をするまえに声の主はどんどん話を進めていく。そして、頭が回復したとき、気づいた。
(これはもしかして契約か?)
町に着くまでの講義の最後に聞いた、任意で契約をすることの出来るただひとつの方法。それは命、またはそれに近い何かを賭けて契約獣の出す【お題】をクリアすること。【お題】の内容はさまざまで、時に簡単な質問であったり、時に命を賭けた決闘だったりする。いずれにしても契約獣の望んだ答えを示さなければただではいられない。だからこそ、ソニアさんは教えるのを渋っていた。
(「【お題】をだす契約獣にあうなんて奇跡に近いですけどね」なんて言ってたけど、早速かよ)
相変わらず、こちらの世界に来てからはイベント発生率がメーターを振り切っているらしい。
(まあ会ってしまったものは仕方ないし、何より契約獣との契約は望んでいたことだ。それに知識をくれるとか言ってたし、こちらの世界の常識なんかに疎い俺には願ったり叶ったりだ。このチャンスをモノにしないてはないな)
『サア、トウガイイ』
ずっと考え込んでいた俺に痺れを切らしたのか、声の主は催促してくる。
(三度って言ってたな、ならまずは……)
「俺の名前を言ってみろ」
知識に自信があるようだが、いくらこの世界のことを知っていようとその外側から来た俺のことは知らないはずだ。そう思っていたが、どうやら甘かったみたいだ。声の主は少しも悩まずに答えた。
『アカミレイ。ソレガソナタノナダ』
「なっ、なんで知ってるんだ?」
個人情報とは初めて会った同士には知りえないもの。それが違う世界から来ている者の個人情報なんて知っているとか以前に違う世界があるということを知らなければならない。それをこの声の主は知っていた。
『ワレニワカラヌコトナドナイ』
普段この言葉を聞けば、何をたわごとを、と思ってしまいそうだが、今だけは純粋にこの言葉を信じてしまった。だが、それと同時にこの【お題】の答えを見つけることが出来た。
「分かったぜ。次の問いだ。お前が知らないことを教えてくれ」
先ほどの言葉を信じたからこそ、この答えにたどり着くことが出来た。そして、これこそがこの【お題】の答えだ。
『ワレニワカラヌコトナドナイトイッタダロウ、クダラン。ツギデサイゴノトイダ。サア、トウガイイ』
こう答えてくることは予想できていた。しかし、この言葉を聞いて俺は勝利を確信した。
「いや、次の問いはまだだ。なぜなら、お前はまださっきの問いに答えてないからな」
『ナニヲイッテイル。ナイ、トコタエタハズダ』
「ああ確かにそういったな。しかし、問いをもう一度よく聞いてみろ。俺はあるかどうかを聞いたんじゃない、知らないことを教えてくれ、と言ったんだ。まだお前は俺に教えてくれてないぞ」
ここでようやく声が返ってこなくなった。俺はここが攻め時と一気にまくし立てる。
「さあ、答えてみろ。答えることが出来なければ俺の勝ちだ」
この【お題】は難しい問題を出して、相手に間違えさせるのが正解じゃない。答えることの出来ない問題を作りさえすれば勝つことが出来る。一休さんのとんちみたいなものだ。
『……』
声が聞こえなくなって数秒、空からサッカーボールくらいありそうな光の玉が目の前に下りてきた。そして、その光から直接音が響いてきた。
「我の負けだ。そなたに世界の知識を与えよう。とはいっても、人の身ではすべてを知ることは叶わぬ。それは知っておくが良い」
光の玉はそういって、ゆっくりこちらに向かってきて、そのまま胸からしみこむように体の中に入っていった。
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『知識を司る神鳥 シームルグ』こいつと契約してからは世界が変わったようだった。そこらへんに生えている草、落ちている石までも目に映るすべてのモノの名前や情報が分かるようになった。
そして、世界の知識といっていたようにこの世界の大体のことが分かった。この大体、という表現が曲者で、例えば今いるここは魔法国家エルド王国。三大国と呼ばれる三つの大きな人の国の中のひとつで、人口約2,000万人ほど。現国王のディオニス王はなかなかの賢王らしく、民からの信頼も厚い。また二人の王子と三人の王女がおりいずれも特に悪いうわさは聞かない。
その他、家族構成や王国の大まかな歴史などは分かるが、細かいことや世界でも知っている人がごく限られている国家機密の情報などは分からないみたいだ。
(まあそれでも十分にチートだけどな。薬草の知識、調合の知識、錬金の知識、古代語の読解にこの世界が出来てからの大まかの出来事)
知っていても意味のないようなことから、むしろ知らない方がよかったことまでバリエーションは豊富だったけど、今は何よりも興味のそそられることがある。そう、魔法だ。契約したことによって俺にも魔法が使えるようになったのだ。
魔法の種類や、契約のことはソニアさんから聞いていたが契約した後のことは聞いていなかった。しかし、知識を得たことによってまるで以前から魔法を使っていたかのように何をすれば良いか分かる。
「俺のタイプは術か。いいね。一番魔法っぽいな」
また、魔法には属性などもあるらしく、契約獣によってそれぞれ分かれているらしい。大まかに火、水、風、土の四つに分かれるらしく、契約獣によってはさらにここからそれぞれの特殊な属性に分かれるらしい。
俺の契約したシームルグは『術』の風属性らしく、そのまま風を操る魔術をつかえるらしい。そうと分かれば俺のようなお年頃の男の子が魔法を使わないわけがない。
「我が魔力を糧<かて>に、我に風を操る術<すべ>を」
この詠唱は何でもよく、魔法を使うイメージが出来れば良いみたいだ。極端な話、しっかりイメージできれば無詠唱でも発動できるらしい。
詠唱が終わった後、目の前の空間にある風を認識できるようになり、その風を自由に操ることが出来るようになったことを自覚した。
はじめは軽く手のひらサイズの竜巻を起こしてみたり、近くの草を刈ってみたり、最終的には近くの木に圧縮した空気をぶつけて倒してみたり、それはもうすごい興奮した。
魔法の行使の終了は任意か、魔力が尽きれば終わるらしく今は任意で終わらせてみた。魔法が終わっても魔力がなくなった感じが全くなく、シームルグに聞いてみることにした。
シームルグとの対話は心の中で話しかけるだけで出来るらしく、コードも番号もいらない電話のような感じみたいだ。
(全く魔力がなくなった気がしないんだけど、何で?魔法を使えたってことはないわけじゃないと思うんだけど)
(それは主の魔力が多すぎて減ったと感じることが出来ないんだろう。大海原に満ちている水をスプーンですくったところでほとんど何も変わらないのと同じようなものだ)
どうやら魔力のことは何も心配いらないみたい。
(まあ主ほど魔力を持つ存在はこの世界に他には居らんから、あまり知られない方がいいだろうな。知られたら色んな国や組織から狙われるだろう)
いや、心配だらけみたいだ。
(そっか、気をつけるよ。ありがとう)
まあこの世界にはよく小説で見かけるような、ギルド登録の際の魔力測定などはないみたいなので、よほどのことがない限り知られることはないだろう。とりあえず人前で無闇に魔法を使いすぎない方が良いかも知れないな。
その後、魔法でいろいろと試していると後ろで何かが動く気配がして、振り返ってみた。すると、ルーが起きたらしく、あたりを見回していた。
「起きたのか」
「ここどこ?」
「ここは知識の森。まあ近くの町とかにはただの森としか認識されてないけどな。それより気分はどうだ」
「うん。大丈夫」
「そっか。近くに町があるからそこまで行こう。金がないから、まずはギルドに行って金を稼がないとな」
そういって近くの町に向けて森の中を歩き出した。
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