第5話
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零は気がつけば、何もない空間にぽつんと立っていた。
上も下も右も左も、すべてが白で覆われておりどれだけ広いのか分からない。何故自分がここにいるのか、どうやってきたのかも分からないが、何故か不安や困惑はなくここにいるだけで安心できた。
そんな場所に1分、いやもしかしたら1時間かもしれないし、もっと居たかもしれない。突如、紙にインクが染み出すように、白い空間のある場所が色を持ち出した。その色は青く、時に空のような雄大さを思わせ、時に海のような深さを携えてだんだんと形を作っていく。
しばらくすると、目の前に青い龍が現れた。
龍が現れたと同時に何かの声が聞こえてきた。脳に直接響くような声だったが所々に雑音のようなものが入り、うまく聞こえなかった。
【長■■待っ■い■。■界の■年よ。汝■我■契■せよ】
声が終わると同時に龍が動き出し、こちらに向かってきた。
ぶつかるかと思ったその時、零の体の中に吸い込まれるように消えていった。
そして、夢は終わった。
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目を開けると、真っ暗だった。
何か夢を見ていた気がするが頭がジンジンと痛み、何も考えることが出来ない。しばらくすると頭痛が収まりだし、見ていた夢のことなど忘れて、代わりに眠りにつく前のことを思い出す。
「そうだ、確か誰かに殴られて……、ということはここは牢屋か何かか」
町に来るまでの途中にソニアから人攫いに気をつけるように言われていたのに、来て早々これだ。自分のうかつさと悪運にため息が出そうだ。
「日本人が平和ボケしてるってのはこういうことか」
ここは異世界なので日本人も何も関係ないかも知れないが、冗談でも言ってないとやっていられない気分だった。だが、いつまでも現実逃避してるわけにはいかず、とりあえず今の状況を確認することにした。
「荷物は…ガイルさんにもらった金だけ取られているな。他は無事、と。なんでだ?まあたいしたものじゃないし取るまでもないか」
ほんとはボールペンなどが何なのか分からずに放置されただけなのだが、この世界に来たばかりの零には知るよしもなかった。
「とにかくここがどこなのか把握したいんだけど、こう暗くちゃ何も見えないな」
とりあえず身の回りを手探りで確認し、どうやら土で出来た壁に寄りかかっているらしいことが分かった。床も土で出来ており、天井は届かなかったのでよく分からない。
「ん~、ないなぁ」
壁伝いに扉を探っているのだが、なかなか見つからない。
「それにしてもこの部屋思ったより広いな」
元いた場所まで戻り、部屋のだいたいの大きさを把握したが、学校の教室ぐらいの大きさはありそうだ。一人分の牢屋とは考えづらいのでおそらくある程度の人数をこの部屋に収納するのだろう。
「今のところ俺一人みたいだけど、……ん?」
少しずつ目が慣れてきてうっすらとだが部屋の様子が見えてきたときに部屋の中央あたりになにかを見つける。近づいてみるとどうやら人のようだ。しかも、大きさから考えるに子供らしい。
「この子も俺と同じように浚われてきたのか」
さっきまでももちろんここから抜け出すつもりだったけど、自分よりも小さな存在を見つけたことによりいっそうここから抜け出したい思いが強くなったのを感じた。
「しかし、壁に扉がないとなると後は床か天井しかないか。床ならまだしも、もし天井にあるんならこの真っ暗な中じゃ見つけるのすら難しいな」
そうは言ってみたが、あきらめるつもりは全くないのでまずは床を調べてみようと思ったとき、後ろで何かが動く気配がして振り返ってみた。
どうやら先ほどの子供が目を覚ましたらしく、座り込んでこちらを見つめていた。うっすらと見えるシルエットから予想するにどうやらその子供は少女のようだ。
「起きたのか、こ」
「ここ、どこ?」
起きたら真っ暗で混乱してるだろうと思い、やさしく話しかけようとしたら、小さな、しかしはっきりと響く声で遮られた。その声はこのような場所には似つかわしくないよう澄んだ声で清流のせせらぎのように美しかった。
「ここは人さ」
「あなたは誰?」
君はおそらく人攫いに捕まって、ここは牢屋の中だ。と、伝えようとしたらまたもすべてを話す前に遮られてしまった。
普段の俺なら人の話は最後まで聞け、と怒り出しそうなものだが今は不思議と怒る気分になれなかった。
それどころか最後まで言わなくても目の前の少女が理解しているような気さえした。
「零だ。亜神零。お前は?」
「アカミレイ…アカ…レイ、レイ。私はルー」
うつむき、何度か俺の名前をつぶやいて納得がいったのか。顔を上げてこちらを見ながら少女は自分の名を名乗った。
「ルーか。よし、ルーちょっと待ってろ。今、出口を見つけてここから出してやるから」
そういって、出口探しを再開しようとしたが、しかし、またもルーによって中断させられる。
「出たいの?」
「え…?あ、ああ。お前は出たく」
最初ルーが何を言ってるのか分からずに呆けてしまったが、質問の意味を理解してルーは出たくないのかと聞こうとしたがまた最後まで言わせてもらえなかった。
しかし、俺の声を遮ったのはあのきれいな声ではなく、ルーを中心として部屋中を照らす眩いばかりの光だった。
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