妃の夢。
私は必死に手を伸ばす。
命からがら、この森へ逃げてきた。
戦に巻き込まれた私の故郷は、もうダメだ。
恐らく、生き残ったのは私だけだろう。
「誰か…助けて…!お願い。生きたいっ…!死にたくない!!」
「どうしたのだ、人の娘」
低い、美しい声が降ってきた。
声の主を見上げる。
「あ…」
「ここは魔物の森。人の娘が、こんな夜更けに来る場所では無かろう」
声の主は、森を治める魔王だった。
しかし、私を喰おうともしない。それどころか、心配そうにしている。
彼は美しかった。瞳は 黄昏の色。髪は夜の如き漆黒。肌は透き通るように白く、雪のよう。耳の後ろあたりから生える角は、太く、艶やかで黒い宝石のようだ。
「村が、戦に…」
「それは……。よく、頑張ったな。人の娘。辛かったであろうに」
涙が、今更流れた。
私は魔王に抱きつき、声を上げて泣いた。
彼はフワリと抱きしめて、髪を梳いてくれた。 そして囁いたのだ。
「人の娘。お前はなんと勇敢なのだ。美しく、力強い魂を持っている。何より、この炎の如く紅き髪のなんと美しいことか…!」
私の髪を褒めたのは、彼が初めてだった。
「人の娘よ。名を何という」
「……エルザ」
「ではエルザよ。我と共に来ぬか?」
「え?」
「決めるのはお前だ。一応言うが、我と共に来るということは、生涯を、我と共にこの森で、魔物として暮らすことを意味する…」
「つまり、私、あなたの妻になるの?」
「ああ。見たところ、他に行くあてもなさそうだしな。しかし、此処で暮らすには、人の体は脆すぎる。それに何より、我はなエルザ、お前を気に入った」
彼の笑顔は、魔王という名には似合わぬ、柔らかい笑顔だった。
トクンと胸が高鳴る。
過去に私を、これほど求めてくれた者はいただろうか?
私は彼の手にそっと、手を乗せた。
「あなたの名前、教えてくれる?」
「我が名はルシフェル。歓迎しよう。我が妃、エルザよ……。よく、選んでくれた…」
私は全てを失った夜。
全てを手に入れた――。
いかがでしょうか?
正直、この話は自信があります。
感想とかいただけると嬉しいです!!