気味が悪いと婚約破棄されましたが、私の研究が国を救いました!?~変人令嬢と呼ばれた私、今さら王太子に戻ってきてほしいと言われても知りません!~
「イザベラ・クロンヴェルト公爵令嬢!」
謁見の間に響く声は、婚約者――ジェラルド王太子のものだった。壇上でびしっと指を突きつけてくる姿は、いつも通り自信に満ちている。
「お前のその、令嬢らしからぬ振る舞い、いい加減看過できん! 毎日毎日、薬品臭い部屋にこもって、得体の知れない実験ばかり! 貴様のような気味の悪い女、王太子妃には相応しくない!」
会場がざわつく。だが誰も驚いてはいなかった。何せこの話題、もう何十回目か分からない。
「殿下。得体の知れない実験、とは具体的に何を指しておりますの?」
「決まっている! 瓶に汚水を溜め込み、覗き込んでニヤニヤと笑っているところを何度も目撃されているぞ!」
「それは顕微鏡で微生物を観察していただけですわ。ちなみに大変興味深い発見でしたの」
「び、微生物とはなんだ! ? 気味が悪い!」
「あら、殿下の体の中にも無数に存在しておりますけれど。それを言ったら、殿下もかなり気味の悪い存在になりますわね」
くすくすと小さな笑いが漏れる。だがジェラルドは止まらなかった。
「お前のような変わり者、婚約者としてこれ以上耐えられん! 本日をもって、婚約を破棄する!」
拍手が起きた。取り巻きの令嬢たちが、ここぞとばかりに嘲笑を浮かべている。
「あら殿下、婚約破棄ですのね」
「かしこまりました、ではないぞ! お前の父にも、今後一切王家との縁談は望むな、と伝えておけ!」
「かしこまりました」
正直、これで肩の荷が下りた気分だった。研究の邪魔をされずに済むのなら、婚約破棄など望むところである。
「殿下、恐れながら」
静かな声で口を挟んだのは、宮廷学者のオーレリオだった。眼鏡の奥の目が、いつになく真剣な光を帯びている。
「オーレリオ殿、なんだ」
「今、この発言を後悔することになるかもしれません」
「は? 何を言っている」
その時、謁見の間の扉が勢いよく開いた。
「大変です! 王都南区で、原因不明の熱病が急速に広がっております!」
伝令の声に、会場が凍りついた。
「な、なんだと……! 詳しく報告せよ!」
「既に三十名以上が発症、うち五名が重篤な状態です。医師団も対処法が分からず……!」
わたしは思わず立ち上がった。
「症状の詳細を教えてくださいまし。発熱、下痢、嘔吐の有無、発症までの経緯は?」
「は、はい……発熱と激しい下痢、それに……」
伝令が症状を述べるたび、わたしの中で仮説が固まっていく。
「それ、井戸水が原因ですわ」
「な、なぜそう言い切れる」
ジェラルドが訝しげに尋ねる。
「南区は先日の大雨で、下水と井戸が近接した箇所が氾濫しております。汚水が井戸に混入した可能性が非常に高いですわ」
「た、たかが令嬢の推測だろう」
「殿下」
オーレリオが静かに口を挟んだ。
「彼女の研究、私はここ二年間、密かに検証してまいりました。微生物による感染症の理論、消毒法、隔離法――すべて、実証データが揃っております」
「そ、そんな研究、聞いたこともないぞ」
「聞こうとしなかっただけです。彼女が"薬品臭い部屋にこもってニヤニヤしていた"とおっしゃっていた、あの実験の成果です」
会場が静まり返った。ジェラルドの顔が、みるみる青ざめていく。
「殿下、婚約は破棄されましたけれど、国民の命がかかっているのであれば話は別ですわ。すぐに南区へ向かわせていただきます」
「ま、待て、それは……」
「殿下、それとも婚約破棄した令嬢の助言など、聞く耳持たぬと仰いますの?」
ジェラルドは言葉に詰まった。取り巻きの令嬢たちも、先ほどまでの嘲笑が消え、顔を強張らせている。
「オーレリオ殿、消毒液の在庫と、隔離用の布地をありったけ用意してくださいまし。あと、清潔な水を運べる馬車も」
「既に準備を進めております。あなたなら、そう言うと思っていましたので」
その手際の良さに、思わず笑ってしまった。
南区に到着すると、状況は想像以上に深刻だった。だが、慌てる必要はない。わたしにはこれまで積み上げてきた知識がある。
「井戸を封鎖してくださいまし! 代わりに、この消毒液で処理した水を配ってください! それと、発症者は必ず個室で隔離を!」
「し、しかし令嬢様、そのような手間を……」
「手間を惜しんで被害を広げるより、よほど効率的ですわ。あと、患者の対応をする方は、必ずこの消毒液で手を洗ってから次の患者へ」
半信半疑だった医師団も、次第にわたしの指示通りに動き始めた。三日後、新たな感染者の数は目に見えて減少し、一週間後には完全に収束した。
「イザベラ嬢……あなたのおかげで、これだけの命が救われました」
医師団長が深々と頭を下げる。
「わたくしの知識が役に立ったのでしたら、それに勝る喜びはございませんわ」
その報告が王宮に届いた頃、事態は一変していた。
「ジェラルド王太子! これは一体どういうことだ!」
国王の怒声が謁見の間に響き渡る。
「い、いえ、これは……」
「国民の命を救った令嬢を、貴様は"気味が悪い"と断罪して追い出したというではないか! お前は一体、何を見ていたのだ!」
「そ、それは……」
「イザベラ嬢の研究、既に隣国の学会からも問い合わせが来ておる! お前が"得体の知れない実験"と嘲笑していたものが、国の宝だったのだぞ!」
会場は完全な沈黙に包まれた。取り巻きの令嬢たちは、青ざめた顔で視線を逸らしている。
「イザベラ嬢」
国王が改めてこちらを向いた。
「此度の功績、正式に叙勲を検討しておる。何か望みはあるか」
「畏れながら、陛下........望みは特にございませんわ。ただ、研究を続けさせていただければ、それで十分ですの」
「その慎ましさもまた、見事なものだ」
「イザベラ嬢、これからも、あなたの研究を支援させてください。今度は正式な立場で」
オーレリオがそう言いながら、そっと私のそばに立ち寄る。
「あら、それは心強いですわ。ちなみに、次は上下水道の整備計画を考えておりますの。ご興味は?」
「もちろんです。研究資料、既に用意しております」
その手際の良さに、また小さく笑ってしまった。
「ま、待ってくれイザベラ嬢! 婚約の件、考え直しては……!」
背後からジェラルドの声が聞こえたが、正直知ったことではなかった。
ーー
その日の夕暮れ、研究室に戻ったわたしは、机の上に積み上げられた資料を前に、小さく息を吐いた。
「……さすがに、少し疲れましたわね」
「当然です。三日もほとんど休まず、現場を走り回っていたのですから」
背後から聞こえた声に振り返ると、オーレリオが温かい紅茶を差し出していた。
「まあ。ありがとうございます」
「礼を言う必要はありません。あなたが倒れでもしたら、そのほうが困りますから」
「わたくし、そんなに頼りないでしょうか?」
「いいえ」
彼は静かに首を振った。
「あなたは強すぎるのです。だからこそ、自分のことを後回しにする」
そう言って、彼の指がそっとわたしの髪に触れた。乱れていた一房を、丁寧に耳へかけてくれる。
「……オーレリオ様?」
「今くらいは、研究者ではなく、一人の女性でいてください」
いつも冷静な彼の瞳が、今だけはひどく優しかった。
「国を救った英雄でも、誰かの期待に応える必要はありません。疲れたなら休めばいい。寂しいなら、私を頼ればいい」
「……そんなことを仰ったら、本当に頼ってしまいますわよ?」
「それを望んでいるのです」
胸の奥が、ふわりと熱くなる。
彼が一歩だけ近づいた。
逃げる理由など、どこにもなかった。
ただ、触れる寸前に彼は足を止め、わたしの目をじっと見つめる。
「……嫌なら、言ってください」
答えの代わりに、わたしはそっと目を閉じた。
次の瞬間、窓から差し込む夕陽が二人の影を長く重ねた。
やがて彼が離れたとき、頬に残った温もりだけが、今の出来事が夢ではなかったことを教えてくれた。
「……研究の続きは、明日にいたしましょう」
「ええ」
そう答えながら、わたしは頬を押さえた。
――国を救ったときよりも、ずっと心臓が忙しくなっている。
どうやらわたしは、未知の微生物よりも厄介なものを研究することになりそうだった。
こうしてわたしは、気味が悪いと婚約破棄された研究オタクから、国の未来を支える立場へと歩みを進めたのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
もし少しでもスカッとしたり、ニヤッとしたりしていただけましたら、評価ポイントとブックマークをいただけると、次の話を書く一番の励みになります!
感想コメントもお待ちしております!
まだまだ書きたいことがございますので、よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




