元インフルエンサーなので商会の広報はおまかせください!~生意気令嬢は老舗商会の評判をひっくり返して、無愛想な若旦那に溺愛される~
ベルヴァルト商会の店先に立った瞬間、セラフィーナ・エルヴェールは確信した。
「もったいない」
磨き込まれたショーウィンドウ。品の良い外装。並ぶ商品はどれも上質。
なのに――
まったく、ときめかない。
「……第一声がそれか」
背後から低い声がした。
振り返ると、黒髪に灰青の瞳をした長身の男が立っていた。
整った顔立ちなのに、表情が硬すぎて近寄りがたい。いかにも「愛想がない若旦那」である。
「失礼。つい本音が」
「控える気はないのか」
「本音を言わない広報なんて置物でしょう?」
セラがにっこり笑うと、男――ヴィクトル・ベルヴァルトはわずかに眉を寄せた。
「君が実務見習いのセラフィーナ嬢か」
「はい。広報担当のセラフィーナです。セラで結構です」
「広報、ね……」
言い方に、すでに信用していない響きがある。
セラは胸を張った。
「その顔、わかりやすいですね。『広報? そんな飾りの仕事が何になる』って思ってます?」
「……口が立つな」
「よく言われます」
没落気味の子爵家の令嬢であるセラは、王国の実務見習い制度を利用してこの商会に来た。
ちなみに、前世の記憶を持っている。
前世の彼女は、言葉ひとつ、見せ方ひとつで流行を動かす側の人間だった。
――つまり、元インフルエンサーだ。
けれどこの世界でそんなことを言っても通じない。結果で見せるしかない。
店内に入ると、古参の店員たちがちらりとこちらを見た。
「噂の令嬢様?」
「派手だねえ」
「どうせ数日で飽きるだろ」
小声のつもりだろうが、全部聞こえている。
セラはにっこりしたまま言った。
「安心してください。飽きる前に、皆さんのお給料に貢献しますので」
「……生意気な」
「ありがとうございます」
ヴィクトルが額を押さえた。
「褒めていない」
「でも否定もしてませんよね?」
その日のうちに、セラは店内を一周し、売れ筋、死に筋、包装、陳列、接客、すべてを見た。
そして、机に両手をついて言い放つ。
「結論。この商会、素材は最高です」
「それはどうも」
「でも見せ方が終わってます」
「……喧嘩を売りに来たのか?」
「違います。売上を上げに来ました」
ヴィクトルの向かいで、セラは紙を広げた。
「まず、商品説明が固すぎます。『王都北方産の香油』って書いてあるだけで、誰が欲しくなるんです?」
「品質は伝わるだろう」
「情報は伝わっても魅力は伝わりません。たとえばこれ」
セラはさらさらと書いた。
『朝の身支度にひとしずく。凛とした香りが一日を整える、上品な香油』
沈黙。
その場にいた店員の一人がぼそっと言う。
「……ちょっと欲しくなるな」
「でしょう?」
セラはぱっと振り向いた。
「良い商品なんです。なのに、『どんな気分になれるか』『誰に贈りたくなるか』がまるで見えない。これじゃもったいないです」
「商売は遊びじゃない」
「知ってます。でもお客様は、計算だけで買いません」
ヴィクトルは腕を組んだ。
「君のやり方は、目立つことを重視しすぎる」
「目立つことは悪ではありません。見つけてもらうための入口です」
「中身が伴わなければ意味がない」
「ベルヴァルト商会には中身があるんです。だから私は怒ってるんですよ。中身があるのに、伝える努力をしてないから」
その言葉に、ヴィクトルがわずかに目を細めた。
セラは構わず続ける。
「王都百華祭、出店しますよね?」
王都百華祭とは、王都中の商会が集まる一大商戦だ。
「ああ。今年は特に重要だ」
「なら、そこで勝ちましょう。店ごと覚えてもらえる形で」
「簡単に言う」
「簡単じゃないから私がいるんです」
◇
百華祭に向けて、商会は慌ただしく動き出した。
セラは売場の導線を変え、商品ごとに短い紹介文をつけ、包装の色を揃え、店員の接客台詞まで見直した。
「いいですか、これは『高級です』じゃなくて、『大切な人に贈りたくなる』でいきます」
「そんな曖昧な言い方で売れるか?」
「売れます。というか、そのために私がいるんです」
古参の店員が顔をしかめる。
「若い令嬢の思いつきで現場を振り回されちゃたまらん」
「思いつきじゃありません。観察と分析と経験則です」
「けいけんそく?」
「要するに、当たるやつです」
ばっさり言うと、店員たちは呆れたような顔になった。
そのころ、社交界では別の風が吹いていた。
「ベルヴァルト商会が、最近ずいぶん下品な売り方を始めたそうよ」
茶会で優雅に微笑むのは、ローザリンデ・グラシエ。
白金の髪を揺らす彼女は、いかにも正統派の美しい令嬢だった。
「軽薄な娘を広報に入れたとか」
「まあ……」
「老舗も落ちたものね」
その噂は、あっという間に商会にも届いた。
報告を聞いた古参たちは、露骨にセラを見る。
「ほら見ろ」
「だから派手なことは」
「社交界の評判を落としてどうする」
セラは机を叩いた。
「上等です。だったら余計に結果を出せば良いでしょう」
「簡単に言うな!」
「簡単じゃないって何度言えばわかるんですか!」
張り詰めた空気の中、ヴィクトルが低く言った。
「セラ」
「……なんです」
「声が大きい」
「そちらも十分圧がありますけど?」
なのに、その灰青の瞳は妙に静かだった。
「百華祭まで時間がない。感情的になるな」
「なってません。闘志です」
「同じだ」
「違います」
言い返したものの、セラの胸の中にも焦りはあった。
噂は想定内だ。だが、商会内部の空気は想像以上に重い。
それでも進むしかないと思っていた矢先、追い打ちが来た。
「納品が遅れる?」
主力商品の一つ、高級装飾香油の一部が祭り当日に間に合わないというのだ。
倉庫で報告を受けた瞬間、誰かがため息をついた。
「だから無理な企画なんて」
「看板商品が揃わないなら終わりだ」
「誰のせいだと思ってる」
セラはきつく唇を噛んだ。
視線が、痛い。
まるで自分が全部を壊したみたいだ。
その夜、人気のない倉庫で、セラは木箱の上に座り込んだ。
「……最悪」
売れ残りの箱。試作品。職人の手書きのメモ。
その一つを手に取る。
『妻が手荒れしないよう、香油の配合を変えた』
別の布見本には、
『夜会だけでなく、日々使える上品さを目指した』
小さな文字でそう書かれていた。
セラは目を瞬かせた。
「……そうか」
ベルヴァルト商会の強みは、ただ高級なことじゃない。
誰かの毎日や、大切な瞬間に寄り添うものを、丁寧に作っていることだ。
「だったら、見せ方を変えれば良い」
立ち上がったセラは、そのまま事務室へ飛び込んだ。
まだ明かりがついている。
ヴィクトルが書類を見ていた。
「寝ていないのか」
「そちらこそ」
「用件は」
「企画、組み直します」
ヴィクトルが顔を上げる。
「今から?」
「今だからです。派手さで押すのはやめます」
「……ほう」
「『贈る物語』でいきます」
セラは机の上に次々と紙を並べた。
「誰に贈るか。どんな場面で使うか。職人がどういう思いで作ったか。商品そのものじゃなく、その先の時間を見せるんです」
「時間を?」
「はい。想像したくなる売場を作るんです」
ヴィクトルは黙って紙を見ていた。
やがて、ぽつりと言う。
「納品遅れの調整は俺がする」
「……え?」
「全部は間に合わない。だが数は揃える」
「それって」
「君の企画を成立させるためだ」
セラは目を丸くした。
「私のこと、信用してないんじゃなかったんですか」
「していなかった」
「過去形」
「今はしている」
不意打ちだった。
まっすぐな声でそんなことを言われると、調子が狂う。
「……ずるいですね」
「何がだ」
「その顔で真面目に言うところがです」
「意味がわからない」
「わからなくて良いです」
ヴィクトルは小さく息を吐いた。
「セラ」
「はい?」
「君は、目立ちたいだけではないんだな」
「今さらですか?」
「今さらだ」
彼はほんの少しだけ、口元をゆるめた。
「ベルヴァルト商会を輝かせたいんだろう」
「……ええ。そうです」
「なら、やれ」
「命令ですか?」
「期待だ」
その一言で、胸の奥が熱くなった。
◇
百華祭当日。
ベルヴァルト商会の売場の前には、予想以上に人が集まっていた。
「見て、この札」
「『夜会の帰り道まで上品に香る』……素敵」
「こっちは『忙しい朝でも手早く整う文具セット』だって」
「贈り物にちょうど良いわね」
商品説明の札には、簡潔でやわらかな言葉。
包装は落ち着いているのに目を引く。
店員たちは、ただ値段を告げるのではなく、使う場面を添えてすすめていく。
「こちらは、春のご挨拶に人気です」
「まあ、確かに」
「香りも控えめで、贈る相手を選びません」
若い女性も、貴婦人も、次々と足を止めた。
そのとき、人垣の向こうから鈴のような声がした。
「ずいぶん賑わっているのね」
ローザリンデだ。
周囲の視線が集まる。
彼女は売場を見回し、上品に微笑んだ。
「けれど、老舗にしては少々庶民的ではなくて?」
「ありがとうございます」
「褒めていないわ」
「存じています」
セラは笑顔を崩さない。
ローザリンデはわずかに眉を動かした。
「格式を失ってまで売れれば満足?」
「いいえ」
「では何を?」
「届くべき人に、届くことです」
ざわり、と空気が揺れた。
セラは一歩前に出る。
「本当に価値あるものは、一部の人が知っているだけでは足りません」
「……」
「大切な人に贈りたいと思う。使うたび嬉しくなる。そう思っていただけてこそ、価値は広がります」
ローザリンデの目が冷たく細まる。
「随分と綺麗事を」
「綺麗事じゃありません。商売です」
セラは堂々と言い切った。
「ベルヴァルト商会は、誠実に良いものを作っています。だから私は、伝わる形にしただけです」
周囲の客たちは、すでにどちらの言葉が心に残るかを決めていた。
「こちら、一ついただける?」
「わたくしも」
「贈答用に包んでちょうだい」
注文の声が重なる。
ローザリンデは唇を引き結び、何も言えなくなった。
そのとき、さらに場が静まった。
ヴィクトルが人垣を割って前へ出たのだ。
「若旦那様」
「ベルヴァルトの」
彼はローザリンデではなく、まっすぐセラを見た。
「本日の売場責任者は、広報担当セラフィーナ・エルヴェールだ」
「ヴィクトル様?」
「彼女の企画と働きがなければ、この成果はなかった」
店員たちが息を呑む。
ヴィクトルは低く、しかしはっきりと言った。
「彼女を侮ることは、ベルヴァルト商会の利益と誠実さを侮ることと同じだ。今後、俺はそう判断する」
つまり、公の場での全面支持。
古参たちの顔色が変わった。
セラは目を見開いたまま、しばらく言葉を失った。
まさかこんな場所で、こんなふうに言われるなんて。
ローザリンデは静かに扇を閉じた。
「……なるほど。負けを認めないわけにはいかないようね」
そう言って去っていく背中に、悔しさと、それでも確かな矜持が滲んでいた。
気づけば売場は、さらに人で埋まっていた。
◇
祭りの後、商会はお祭り騒ぎだった。
「追加注文だ!」
「西区の貴族家からも問い合わせが!」
「若い客層の来店が三割増えてます!」
古参の店員が、気まずそうにセラの前に来る。
「……その、なんだ」
「はい?」
「悪かった。口先だけじゃなかったな」
「今さらですね」
「うるさい」
「ふふっ、ありがとうございます」
そう言うと、相手はますます気まずそうに頭をかいた。
廊下の窓辺で一息ついていると、背後から声がした。
「ここにいたか」
「ヴィクトル様」
振り向くと、彼は相変わらず無愛想だった。
けれど以前ほど冷たくは見えない。
「疲れたか」
「さすがに少し」
「なら休め」
「その前に聞きたいことがあります」
「何だ」
「今日のあれ、公の場でやる必要ありました?」
ヴィクトルは一拍置いた。
「あった」
「どうして」
「必要だったからだ」
「商会に?」
「俺に」
セラはぱちぱちと瞬きをした。
「……はい?」
「君は、正当に評価されるべきだ」
「それ、仕事の話ですか?」
「半分は」
「残り半分は?」
「聞きたいのか」
低い声が、妙に近い。
セラは思わず一歩下がった。けれど背中は窓枠に当たる。
「そ、それは」
「君は距離が近いくせに、詰められると弱いんだな」
「誰のせいですか!」
「君が煽るからだろう」
初めて見るくらい、ヴィクトルの目がやわらかかった。
「セラ」
「……はい」
「次の企画も任せる」
「もちろんです」
「そのうえで」
「うえで?」
「俺は、仕事以外でも君を手放す気はない」
心臓が跳ねた。
「それって、ずいぶん強引では?」
「嫌か」
「……嫌とは言ってません」
「なら問題ない」
問題しかない、と言い返したかったのに、顔が熱くてうまく声が出ない。
そんなセラを見て、ヴィクトルはほんの少しだけ笑った。
「次は何をする」
「決まってます」
セラは胸を張る。
頬が熱いままでも、笑うことはできた。
「ベルヴァルト商会を、王都で一番『センスの良い贈り物を選べる商会』にします」
「大きく出たな」
「広報ですから」
「そうか」
ヴィクトルはうなずいた。
「好きにしろ。お前がやるなら、俺が支える」
「……それ、ずるいです」
「またそれか」
「だって嬉しいので」
無愛想な若旦那は、また少しだけ目を細めた。
ベルヴァルト商会は変わり始めている。
古いだけの老舗ではない。
誠実さを、正しく輝かせる商会へ。
そして、セラフィーナ・エルヴェールは今日もまた、埋もれた価値を見つけて、世界に届けていくのだ。




