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元インフルエンサーなので商会の広報はおまかせください!~生意気令嬢は老舗商会の評判をひっくり返して、無愛想な若旦那に溺愛される~

作者: 棗 月雫
掲載日:2026/03/31

 ベルヴァルト商会の店先に立った瞬間、セラフィーナ・エルヴェールは確信した。


「もったいない」


 磨き込まれたショーウィンドウ。品の良い外装。並ぶ商品はどれも上質。


 なのに――

まったく、ときめかない。




「……第一声がそれか」


 背後から低い声がした。


 振り返ると、黒髪に灰青の瞳をした長身の男が立っていた。

整った顔立ちなのに、表情が硬すぎて近寄りがたい。いかにも「愛想がない若旦那」である。


「失礼。つい本音が」

「控える気はないのか」

「本音を言わない広報なんて置物でしょう?」


 セラがにっこり笑うと、男――ヴィクトル・ベルヴァルトはわずかに眉を寄せた。


「君が実務見習いのセラフィーナ嬢か」

「はい。広報担当のセラフィーナです。セラで結構です」

「広報、ね……」


 言い方に、すでに信用していない響きがある。


 セラは胸を張った。


「その顔、わかりやすいですね。『広報? そんな飾りの仕事が何になる』って思ってます?」

「……口が立つな」

「よく言われます」


 没落気味の子爵家の令嬢であるセラは、王国の実務見習い制度を利用してこの商会に来た。


 ちなみに、前世の記憶を持っている。

前世の彼女は、言葉ひとつ、見せ方ひとつで流行を動かす側の人間だった。


 ――つまり、元インフルエンサーだ。


 けれどこの世界でそんなことを言っても通じない。結果で見せるしかない。



 店内に入ると、古参の店員たちがちらりとこちらを見た。


「噂の令嬢様?」

「派手だねえ」

「どうせ数日で飽きるだろ」


 小声のつもりだろうが、全部聞こえている。


 セラはにっこりしたまま言った。


「安心してください。飽きる前に、皆さんのお給料に貢献しますので」

「……生意気な」

「ありがとうございます」


 ヴィクトルが額を押さえた。


「褒めていない」

「でも否定もしてませんよね?」


 その日のうちに、セラは店内を一周し、売れ筋、死に筋、包装、陳列、接客、すべてを見た。


 そして、机に両手をついて言い放つ。


「結論。この商会、素材は最高です」

「それはどうも」

「でも見せ方が終わってます」

「……喧嘩を売りに来たのか?」

「違います。売上を上げに来ました」


 ヴィクトルの向かいで、セラは紙を広げた。


「まず、商品説明が固すぎます。『王都北方産の香油』って書いてあるだけで、誰が欲しくなるんです?」

「品質は伝わるだろう」

「情報は伝わっても魅力は伝わりません。たとえばこれ」


 セラはさらさらと書いた。


『朝の身支度にひとしずく。凛とした香りが一日を整える、上品な香油』


 沈黙。


 その場にいた店員の一人がぼそっと言う。


「……ちょっと欲しくなるな」

「でしょう?」


 セラはぱっと振り向いた。


「良い商品なんです。なのに、『どんな気分になれるか』『誰に贈りたくなるか』がまるで見えない。これじゃもったいないです」

「商売は遊びじゃない」

「知ってます。でもお客様は、計算だけで買いません」


 ヴィクトルは腕を組んだ。


「君のやり方は、目立つことを重視しすぎる」

「目立つことは悪ではありません。見つけてもらうための入口です」

「中身が伴わなければ意味がない」

「ベルヴァルト商会には中身があるんです。だから私は怒ってるんですよ。中身があるのに、伝える努力をしてないから」


 その言葉に、ヴィクトルがわずかに目を細めた。


 セラは構わず続ける。


「王都百華祭、出店しますよね?」


王都百華祭とは、王都中の商会が集まる一大商戦だ。


「ああ。今年は特に重要だ」

「なら、そこで勝ちましょう。店ごと覚えてもらえる形で」

「簡単に言う」

「簡単じゃないから私がいるんです」


     ◇


 百華祭に向けて、商会は慌ただしく動き出した。


 セラは売場の導線を変え、商品ごとに短い紹介文をつけ、包装の色を揃え、店員の接客台詞まで見直した。


「いいですか、これは『高級です』じゃなくて、『大切な人に贈りたくなる』でいきます」

「そんな曖昧な言い方で売れるか?」

「売れます。というか、そのために私がいるんです」


 古参の店員が顔をしかめる。


「若い令嬢の思いつきで現場を振り回されちゃたまらん」

「思いつきじゃありません。観察と分析と経験則です」

「けいけんそく?」

「要するに、当たるやつです」


 ばっさり言うと、店員たちは呆れたような顔になった。


 そのころ、社交界では別の風が吹いていた。


「ベルヴァルト商会が、最近ずいぶん下品な売り方を始めたそうよ」


 茶会で優雅に微笑むのは、ローザリンデ・グラシエ。

 白金の髪を揺らす彼女は、いかにも正統派の美しい令嬢だった。


「軽薄な娘を広報に入れたとか」

「まあ……」

「老舗も落ちたものね」


 その噂は、あっという間に商会にも届いた。


 報告を聞いた古参たちは、露骨にセラを見る。


「ほら見ろ」

「だから派手なことは」

「社交界の評判を落としてどうする」


 セラは机を叩いた。


「上等です。だったら余計に結果を出せば良いでしょう」

「簡単に言うな!」

「簡単じゃないって何度言えばわかるんですか!」


 張り詰めた空気の中、ヴィクトルが低く言った。


「セラ」

「……なんです」

「声が大きい」

「そちらも十分圧がありますけど?」


 なのに、その灰青の瞳は妙に静かだった。


「百華祭まで時間がない。感情的になるな」

「なってません。闘志です」

「同じだ」

「違います」


 言い返したものの、セラの胸の中にも焦りはあった。

 噂は想定内だ。だが、商会内部の空気は想像以上に重い。


 それでも進むしかないと思っていた矢先、追い打ちが来た。


「納品が遅れる?」


 主力商品の一つ、高級装飾香油の一部が祭り当日に間に合わないというのだ。


 倉庫で報告を受けた瞬間、誰かがため息をついた。


「だから無理な企画なんて」

「看板商品が揃わないなら終わりだ」

「誰のせいだと思ってる」


 セラはきつく唇を噛んだ。


 視線が、痛い。

 まるで自分が全部を壊したみたいだ。


 その夜、人気のない倉庫で、セラは木箱の上に座り込んだ。


「……最悪」


 売れ残りの箱。試作品。職人の手書きのメモ。

 その一つを手に取る。


『妻が手荒れしないよう、香油の配合を変えた』


 別の布見本には、


『夜会だけでなく、日々使える上品さを目指した』


 小さな文字でそう書かれていた。


 セラは目を瞬かせた。


「……そうか」


 ベルヴァルト商会の強みは、ただ高級なことじゃない。

 誰かの毎日や、大切な瞬間に寄り添うものを、丁寧に作っていることだ。


「だったら、見せ方を変えれば良い」


 立ち上がったセラは、そのまま事務室へ飛び込んだ。


 まだ明かりがついている。

 ヴィクトルが書類を見ていた。


「寝ていないのか」

「そちらこそ」

「用件は」

「企画、組み直します」


 ヴィクトルが顔を上げる。


「今から?」

「今だからです。派手さで押すのはやめます」

「……ほう」

「『贈る物語』でいきます」


 セラは机の上に次々と紙を並べた。


「誰に贈るか。どんな場面で使うか。職人がどういう思いで作ったか。商品そのものじゃなく、その先の時間を見せるんです」

「時間を?」

「はい。想像したくなる売場を作るんです」


 ヴィクトルは黙って紙を見ていた。

 やがて、ぽつりと言う。


「納品遅れの調整は俺がする」

「……え?」

「全部は間に合わない。だが数は揃える」

「それって」

「君の企画を成立させるためだ」


 セラは目を丸くした。


「私のこと、信用してないんじゃなかったんですか」

「していなかった」

「過去形」

「今はしている」


 不意打ちだった。


 まっすぐな声でそんなことを言われると、調子が狂う。


「……ずるいですね」

「何がだ」

「その顔で真面目に言うところがです」

「意味がわからない」

「わからなくて良いです」


 ヴィクトルは小さく息を吐いた。


「セラ」

「はい?」

「君は、目立ちたいだけではないんだな」

「今さらですか?」

「今さらだ」


 彼はほんの少しだけ、口元をゆるめた。


「ベルヴァルト商会を輝かせたいんだろう」

「……ええ。そうです」

「なら、やれ」

「命令ですか?」

「期待だ」


 その一言で、胸の奥が熱くなった。


     ◇


 百華祭当日。


 ベルヴァルト商会の売場の前には、予想以上に人が集まっていた。


「見て、この札」

「『夜会の帰り道まで上品に香る』……素敵」

「こっちは『忙しい朝でも手早く整う文具セット』だって」

「贈り物にちょうど良いわね」


 商品説明の札には、簡潔でやわらかな言葉。

 包装は落ち着いているのに目を引く。

 店員たちは、ただ値段を告げるのではなく、使う場面を添えてすすめていく。


「こちらは、春のご挨拶に人気です」

「まあ、確かに」

「香りも控えめで、贈る相手を選びません」


 若い女性も、貴婦人も、次々と足を止めた。


 そのとき、人垣の向こうから鈴のような声がした。


「ずいぶん賑わっているのね」


 ローザリンデだ。

 周囲の視線が集まる。


 彼女は売場を見回し、上品に微笑んだ。


「けれど、老舗にしては少々庶民的ではなくて?」

「ありがとうございます」

「褒めていないわ」

「存じています」


 セラは笑顔を崩さない。


 ローザリンデはわずかに眉を動かした。


「格式を失ってまで売れれば満足?」

「いいえ」

「では何を?」

「届くべき人に、届くことです」


 ざわり、と空気が揺れた。


 セラは一歩前に出る。


「本当に価値あるものは、一部の人が知っているだけでは足りません」

「……」

「大切な人に贈りたいと思う。使うたび嬉しくなる。そう思っていただけてこそ、価値は広がります」


 ローザリンデの目が冷たく細まる。


「随分と綺麗事を」

「綺麗事じゃありません。商売です」


 セラは堂々と言い切った。


「ベルヴァルト商会は、誠実に良いものを作っています。だから私は、伝わる形にしただけです」


 周囲の客たちは、すでにどちらの言葉が心に残るかを決めていた。


「こちら、一ついただける?」

「わたくしも」

「贈答用に包んでちょうだい」


 注文の声が重なる。


 ローザリンデは唇を引き結び、何も言えなくなった。


 そのとき、さらに場が静まった。


 ヴィクトルが人垣を割って前へ出たのだ。


「若旦那様」

「ベルヴァルトの」


 彼はローザリンデではなく、まっすぐセラを見た。


「本日の売場責任者は、広報担当セラフィーナ・エルヴェールだ」

「ヴィクトル様?」

「彼女の企画と働きがなければ、この成果はなかった」


 店員たちが息を呑む。


 ヴィクトルは低く、しかしはっきりと言った。


「彼女を侮ることは、ベルヴァルト商会の利益と誠実さを侮ることと同じだ。今後、俺はそう判断する」


 つまり、公の場での全面支持。


 古参たちの顔色が変わった。


 セラは目を見開いたまま、しばらく言葉を失った。

 まさかこんな場所で、こんなふうに言われるなんて。


 ローザリンデは静かに扇を閉じた。


「……なるほど。負けを認めないわけにはいかないようね」


 そう言って去っていく背中に、悔しさと、それでも確かな矜持が滲んでいた。


 気づけば売場は、さらに人で埋まっていた。


     ◇


 祭りの後、商会はお祭り騒ぎだった。


「追加注文だ!」

「西区の貴族家からも問い合わせが!」

「若い客層の来店が三割増えてます!」


 古参の店員が、気まずそうにセラの前に来る。


「……その、なんだ」

「はい?」

「悪かった。口先だけじゃなかったな」

「今さらですね」

「うるさい」

「ふふっ、ありがとうございます」


 そう言うと、相手はますます気まずそうに頭をかいた。


 廊下の窓辺で一息ついていると、背後から声がした。


「ここにいたか」

「ヴィクトル様」


 振り向くと、彼は相変わらず無愛想だった。

 けれど以前ほど冷たくは見えない。


「疲れたか」

「さすがに少し」

「なら休め」

「その前に聞きたいことがあります」

「何だ」

「今日のあれ、公の場でやる必要ありました?」


 ヴィクトルは一拍置いた。


「あった」

「どうして」

「必要だったからだ」

「商会に?」

「俺に」


 セラはぱちぱちと瞬きをした。


「……はい?」

「君は、正当に評価されるべきだ」

「それ、仕事の話ですか?」

「半分は」

「残り半分は?」

「聞きたいのか」


 低い声が、妙に近い。


 セラは思わず一歩下がった。けれど背中は窓枠に当たる。


「そ、それは」

「君は距離が近いくせに、詰められると弱いんだな」

「誰のせいですか!」

「君が煽るからだろう」


 初めて見るくらい、ヴィクトルの目がやわらかかった。


「セラ」

「……はい」

「次の企画も任せる」

「もちろんです」

「そのうえで」

「うえで?」

「俺は、仕事以外でも君を手放す気はない」


 心臓が跳ねた。


「それって、ずいぶん強引では?」

「嫌か」

「……嫌とは言ってません」

「なら問題ない」


 問題しかない、と言い返したかったのに、顔が熱くてうまく声が出ない。


 そんなセラを見て、ヴィクトルはほんの少しだけ笑った。


「次は何をする」

「決まってます」


 セラは胸を張る。

 頬が熱いままでも、笑うことはできた。


「ベルヴァルト商会を、王都で一番『センスの良い贈り物を選べる商会』にします」

「大きく出たな」

「広報ですから」

「そうか」


 ヴィクトルはうなずいた。


「好きにしろ。お前がやるなら、俺が支える」

「……それ、ずるいです」

「またそれか」

「だって嬉しいので」


 無愛想な若旦那は、また少しだけ目を細めた。




 ベルヴァルト商会は変わり始めている。

 古いだけの老舗ではない。

 誠実さを、正しく輝かせる商会へ。


 そして、セラフィーナ・エルヴェールは今日もまた、埋もれた価値を見つけて、世界に届けていくのだ。



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