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[COORDINATE 0090] Sage’s Labyrinth ver. Celestia 4

# Sage’s_Labyrinth_3rd_Floor_3:


 急激な温度の上昇に、俺の身体が悲鳴を上げた。

 体中の水分が、ぐんぐんと抜けていく気がする。

 ふらつき、膝をつきそうになるのを、歯を食いしばってなんとか堪えた。


 激しい熱波に集中をかき乱され、星空の彼方への道筋が細くなるのを感じた。


(くそ、分断が最悪だと思っていたが、それよりもっと上があった。……皆は大丈夫か)


 狭まり始めた視界に、ルナリアの姿が映る。

 彼女の剣速は、もはや俺の目では捉えることができないほどだった。

 轟音を響かせながら、イフリートと打ち合っている。


 フェリスは双手に握る短剣で、強化された火の精霊を一振りごとに打ち倒している。

 絶え間なく、緑と紫の剣閃が鋭く奔っていた。


 彼女たちの動きに陰りはない。


 ユーリは熱波の影響を若干受けているように見えた。

 まだ幼く身体の小さな彼は、魔法を使えるほどの集中を維持できないようだ。

 だがそれでも、彼の振るう黄金の剣は、迫る魔物を屠り続けていた。


 いきなり限界が近いのは、俺だけのようだ。

 喉が焼け付くように痛い。

 内臓も怪しい気がする。


 だが、魔法は同時に二つ使えない。

 今ローディングを止めて自分を癒やせば、パーティーは壊滅だ。


 皆が平気なら、大丈夫だ。

 俺が我慢するだけで勝てる。


[ System : Universal_Truth_Loading... 65%... 75%... 80% ]


 だが、生命の危機に引きずられ、意識を絞りきれない。

 まずい……星空の彼方へ手を伸ばす速度が落ちている。


 再び、水晶から赤い光が放たれた。

 焦る俺を嘲笑うかのような光が、熱波の勢いをさらに強めた。


 熱波に蝕まれ、俺の視界が暗く狭まっていく。

 筋肉が弛緩し、たまらず俺は両膝をついてしまう。


 激しい頭痛を堪えながら、それでも顔を上げ、気力だけでなんとか集中を持続させる。

 だが、星空の向こうへ繋がる道が、どんどん狭まっていく。

 俺は、途切れそうになる道筋を、なんとか繋ぎ止めるだけで精一杯だった。


 ルナリアの赤い瞳がこちらへ向いた。

 彼女の美しい相貌に焦燥が宿る。


 それまで流れるようだったルナリアの剣閃が、乱れた。

 イフリートの火炎の鈎爪が、彼女の華奢な身体に奔る。

 身を躱してなんとか回避したルナリアだが、その身体からわずかに鮮血が迸った。


 落ち着け、ルナリア。

 俺は平気だ。


 だが、心の中の声を、俺は外へ発することができなかった。

 ちかちかと、視野が明滅し始めた。


 イフリートが、獰猛な笑みを浮かべたように見えた。

 火炎の魔人が両腕を掲げ、獰猛な竜のようなあぎとを開き、重厚で力強い声を迷宮に響かせる。


「I, a nameless bearer of the Trial of Strength, clad in primordial flame, master of hellfire, manifest the falling star of scorching heat.」


 未知の力が渦を巻くように、火炎の魔人へ収束していく。


 これほど適切に大魔法を使う魔物は初めてだな、と思った。

 まずい……。

 意識が、白く染まり始めた。


 イフリートが大魔法を完成させる。


「Scorching Star Fallen from the Heavens !!」


 膨大な魔力がイフリートから立ち昇り、迷宮の中であることを無視するように、天空に巨大な隕石が出現した。

 地獄の業火を纏う、巨大な岩石。

 その異常な質量がゆっくりと降り始める。


 流れるようだった汗が止まり、俺の視線が迷宮の床に向いた。

 ふっと、眠りつきそうになる。

 消失しかけた意識を、気力で繋ぎ止める。


 俺は、なんとか顔を上げた。

 ルナリアがすべてを無視して、俺のもとへ駆け寄ろうとしているのが見えた。


 彼女の金糸の髪が揺れ、綺麗な唇が動いているのは見えるが、俺の耳には音が届かない。


「……っ! ……!!」


 俺の思考は輪郭を失い始め、言葉を組み立てるのが難しくなり始めていた。


 駄目だ。ルナリア、こっちじゃない。

 それでは、負けてしまう。


 ……違う、あいつが駄目なんじゃない。


 あいつの使い方を、決めるのは俺だ。

 俺が弱いから駄目なんだ。


 俺の意識は混濁し、足元はあやふやだ。

 すでに熱さは感じず、俺はただ使命感だけで顔を上げていた。


 真っ白に染まった景色の中、金色の髪の少女だけが、やけに綺麗に見えた。


(……俺は何をしていたんだったか)


 全身が弛緩し始めた俺はその場に倒れかける。

 走り寄った、金色の髪の少女が抱きとめた。


 そうだ。洞窟に取り残された彼女を助けようとして、落ちた気がする。

 結局、俺はこの子に助けられてしまった。

 格好悪いな。


 少女の赤い瞳から大粒の涙が零れ落ちていた。

 

 その涙を止めたくて、俺は彼女の名前を呼んだ。


「……ルナ。いつか、一緒に冒険しような」


 その少女が赤い瞳を見開いた。


「アルス!!」


 少女の赤い瞳に宿る星が、煌々と輝きを放った。

 俺がぎりぎりで繋ぎ止めていた、星空の向こうへ至る道筋。

 そのすぐそばを、何かが彼女の魂に向かって突き抜けていったような気がした。


[ System : Lunaria Reason_Gauge -?? / Undefined ]


 赤い瞳の少女が、俺を抱きとめたまま剣を掲げた。


「あああああ!! わたしは、わたしは火炎の竜! ふざけるな、炎ども! 業火を統べるのはわたしだ! わたしに従え!」


 燃え盛る業火と、それが巻き起こす熱波。

 絶えず揺らめいていた炎。その煉獄の在り方を、少女が強引にねじ曲げる。


 ――少女が炎を支配した。


 俺たちを焼き尽くそうとしていた熱波が掻き消えた。

 いや、消えたのではない。

 すべての炎が少女に従い、彼女の周囲へ収束していた。


 ルナの炎は、決して俺を焼くことはない。

 抱きかかえられた俺が感じているのは、彼女の胸の柔らかさと、汗の甘い匂いだけだった。


 ルナの身体がいきなり成長したなあ、と俺は思った。

 その瞬間、途切れそうになっていた道筋が一気に広がった。


[ System : Universal_Truth_Load 100% Reached ]


 俺は、最後まで意識を飛ばさなかった自分を褒めてやりたかった。

 そして、俺を支えているルナを抱きしめたいと思った。


 だが、俺が今手を伸ばすべきなのは、彼女の細い腰ではない。


 両腕をイフリートへ向ける。

 言葉を紡ぐ。


「神性結界」


 すうっと、神の光が落ちた。


 世界のすべては、星空の彼方に描かれている。

 この光は、本当はそこへ落ちているのかも知れない。


 ただそこに在る光が、偽りの魔法をすべて消し去っていく。

 迫る隕石を消滅させ、魔人を覆う炎は消え去り、少女が従えた業火だけが存在を許された。


 少女を包み込む炎が、彼女の金色の髪を揺らしていた。

 彼女は魔人を一瞥することなく、赤い瞳をじっと俺に向けていた。

 俺を気遣うように抱きとめたまま動かない少女から、俺はそっと身を離し、自分の脚で立ち上がった。


 俺は口元に笑みを浮かべ、彼女に告げた。

 少女が目元を細めて応えた。


「行け、ルナ」

「……うん」


 少女が立ち上がる。


 彼女に付き従う業火が、銀の剣へ集い、紅蓮の剣が赫く燃え盛った。

 少女が地を蹴り、炎を失ったイフリートへ突進した。


 鉄のように硬質な迷宮の床が、少女の踏み込みで罅割れ、円形に陥没する。

 くるりと身を捻りながら、彼女は中空へ舞い上がり、紅蓮の剣を上段へ掲げた。


 火炎の魔人が何かを呟いた。


「......Victory is yours, Flame Dragon.」


 少女を覆う火炎が赤く光り輝く。

 この世界で最も美しいだろう剣閃が、真っ直ぐに奔り、イフリートを両断した。


 耳がやられ、俺は音が聞こえなくなっているようだ。


 業火の剣が魔人を斬り、光り輝く赤い剣閃が、水晶の迷宮に縦の裂け目を作り出す。

 俺は、ただその様子を見ていた。


 軽やかに着地した少女が、赤い瞳で愛おしそうに俺を捉え、唇を開いた。

 けど、もったいないことに、今の俺はそれを聞き取れない。


 俺は、ふらつく身体をなんとか抑え込む。

 自分に回復魔法をかけ、動ける程度まで治癒した。


 それから、膝をついて肩で息をしている黒髪の少年に回復魔法を流し込む。


 水色の髪を揺らす美しい少女が、俺に走り寄り、縋り付くようにして何ごとか言っている。

 だが、今の俺にはよく聞こえなかった。


 俺は自分の耳を治すべきだろうに、無意識のうちに、先に水色の少女を癒した。


 そこまで動いたところで、俺はぶっ倒れた。


 ……そっかあ。


 初めて知ったけど、回復魔法は失った水分を戻せないんだなあ。


 などと考えながら、俺は気を失った。



# An_Unfamiliar_Ceiling:


 目が覚めると、鈍く光を返す平らな天井が視界に入った。

 素材はまるで分からず、同じ大きさの四角形が整然と並んでいる。

 その間に走る継ぎ目は、気味が悪いほどまっすぐだ。


(……でもまあ、三回目ともなると驚きも少ないな)


 そう口に出そうとしたが、喉に激痛が走るだけで声が出ない。

 一瞬焦ったが、そういえば回復魔法が完全ではなかったことを思い出した。

 俺はすぐに傷ついた身体を隅々まで治癒する。


 痛みが完全に引いた俺は、むくりと上体を起こした。

 俺が目を覚ましたことに気がついたルナリアが声を上げた。


「アルス! アルス! ……よかったよぉ。ぐすっ」

「ああ、ルナリア、もう大丈夫だ。……泣くなよ」


 俺の胸板に、頭を擦り付けるようにして泣きじゃくるルナリアの髪を撫でた。

 彼女の金糸の髪は、さらさらとして絹のような手触りだ。

 密着する彼女の胸が、むにゅりと俺の下腹部に押し付けられているが、そんなことを口に出来る雰囲気ではなかった。


 俺の右袖が引かれる感触がした。


 そちらへ顔を向けると、ルナリアに遠慮して我慢していたのだろうフェリスが、俺の右袖を掴んでいた。

 彼女は瑠璃色の瞳を潤ませ、目尻に少し涙を溜めていた。


「……心配、した」

「フェリスも身体に問題ないか? もう一度、回復魔法をかけとくか。途中でぶっ倒れたよな俺」


 俺の声を聞いて我慢できなくなったのか、フェリスが右肩に縋り付いた。

 丁度いいので、右腕に意識を集中し、回復魔法を彼女へ流し込んだ。


 顔を上げると、柔らかな黒髪に明かりを返したユーリが、笑みを浮かべていた。


「気がついてよかったです、先生。それにしても、最後に奥義を決めて勝利するなんて、先生はやっぱり格好良いですね」


「おう、ユーリも無事でよかったよ。ん、奥義? そうだっけ? あー、なんか最後に神聖結界を使ったような気はするな」


 ルナリアは、最後までたった一人でイフリートと打ち合っていた。

 だが、なぜか彼女はかすり傷しかない。

 それでも、念のためルナリアへも回復魔法をかけておく。


「ユーリ、あんまり最後のことを覚えてないんだ。お前にも一応、きちんと回復魔法をかけておきたい。こっちに寄ってくれ」

「そうなのですか? あ、はい。分かりました」


 彼女たちに遠慮していたのだろうユーリが、ベッドの横へ歩み寄った。

 右腕にはフェリスがしがみついている。

 左側にはルナリアがいるが、ほぼ俺の上に乗っているので、ユーリはその横へ立った。


 俺はユーリに回復魔法をかけるために、左腕を伸ばそうとした。


 そこで、何かに引っかかった。

 俺の左腕から、謎の透明な管が伸びていた。

 管の先は針のようになっており、それが俺の皮膚に刺さっていた。


「なんだこれ、怖!」


 俺は、その管をぶちっと引き抜いた。

 管の先がつながっていた、謎の液体入りの容器を吊るす鉄の棒が、かたかたと揺れた。


 なんだろう、あの透明の布みたいな容器。

 漁で使えそうだな。


 ユーリが、俺が管を引き抜いたのを見て口を開いた。

「あ、先生それは――」


 針を引き抜いた左腕から血が流れ出したが、すぐに魔法で傷を塞ぎ、ユーリへ左腕を伸ばして回復魔法を念入りにかけた。


「ん? どうしたユーリ。よし、お前の回復も完璧だ。これで一安心だな」

「勇者アルス、それを引き抜くな。それは君を治療するために刺していたものである。……まあ、意識が戻ったなら君には不要か。事前に聞いてはいたが、信じがたい魔法だ」


 顔を上げると、戸の横に見慣れた男性が立っていた。

 短く切り揃えられた白い髪は、薄く青みがかっている。


 目を覆う特徴的な黒い眼帯。

 長い漆黒のローブが、相変わらず全身を覆っていた。


「うおっ、びっくりした。なんだ、案内人か。久しぶり……じゃないのか。はじめまして」

「はじめまして、勇者アルス。力の試練の突破、見事である」


 どうでもいいが、ルナリアが少しずつ身体を押し付けながら、甘い吐息を漏らし始めていた。

 フェリスはさっきから俺の右腕を、浅緑のワンピースの胸元の柔らかな膨らみに挟み込んでいる。


 俺は小さく息を吐いて、彼女たちに言った。


「お前ら、ちょっと離れなさい。ユーリもいるんだぞ」

「僕は王族なのでその辺は気にしませんが。あ、いえ商人の息子でした」


 ユーリの設定はもはやぐちゃぐちゃだ。


 抱きつくのを渋々止めた二人は、俺の両袖を握ることで妥協したようだった。

 まあ、それならいいか。


 俺は彼女たちの様子に苦笑し、表情を正して案内人へ顔を向けた。


「なんの話だったか。……ああ、そうそう。案内人、ここは今までの中でも最悪の迷宮だったぞ。なあ、賢者マクスウェルってもう亡くなってるんだよな?」


「そうだ。存命の賢者はいない」


 ジークフリートは、もう賢者ではないということだろうな。

 案内人の言葉を受けて、俺は口を開いた。


「そうか。もし生きてたら、ぶっ飛ばしてやりたいところだったんだけど」


 晴れてすべての賢者の迷宮を踏破したわけだが、攻略の難度に差がありすぎる。

 こんな迷宮を突破できる冒険者なんて、これから数百年は現れないだろう。

 賢者マクスウェルは間違いなく頭の良い馬鹿だと思った。


 俺たちが踏破できたのは奇跡だぞ……あれ?

 そういえば、主との戦いは最後どうなったんだっけ。

 左袖を引っ張るルナリアへ顔を向ける。


「そういや、ルナリア。結局、俺たちはどうやって勝ったんだ? なんかいつの間にか神聖結界を発動してて、気がついたらここにいたんだけど」


「え!? アルス、覚えてないの!?」


 ルナリアは赤い瞳を見開いて、これまで見たことがないほど狼狽えていた。


「わたしのこと、なんて呼んだかも?」

「お前を? お前はルナリアだろ。何言ってんだ。俺はそこまで頭をやられていたのか。危なかったなあ」


 赤い瞳に一瞬涙を浮かべ、口を尖らせたルナリアは、みるみる不機嫌になった。

 珍しいことに、俺がどう宥めても、なかなか頬を緩めてくれなかった。


 苦笑したフェリスは握っていた俺の袖を離すと、ルナリアを引っ張って部屋の端へ連れていき、何ごとか伝えていた。


「……まあ、だから、あいつの記憶の奥底には残ってるんだろう。それも浪漫があっていいじゃないか」

「でも、思い出してくれたと思ったのに……。ねえ、ちょっと炙ったら記憶が戻るかな?」


 止めろよ。

 何のことか分からないが、危険だけは理解した。


 俺たちの様子を見ていた案内人が口を開いた。


「君たちは、部屋の使い方を理解していると聞いた。体調を整え終わったら、奥へ来るといい。ユリウス・アーサー・セレスティア。君は別室にするのだったな。ついて来い。部屋の使い方について、諸々を伝えよう」


「はい。では、先生。ゆっくり休んでくださいね。あ、そうだ。一晩寝ますよね?」


 俺はルナリアとフェリスから視線を外して、ユーリに向き直った。


「そうだな。さすがに疲れた。にしても、お前も一緒にこの部屋で寝ればいいのに」


「嫌ですよ。先生と二人なら嬉しいですけど。邪魔をしたら、お二人に嫌われますからね。では、先に起きたほうが通路で待っていましょう」


 なんと気遣いのできる子どもだろうか。


 まるで、貴公子のような振る舞いだ。

 いや、だからユーリは王子なんだって。

 最近、よく忘れる。


 しばらく、ルナリアとフェリスは話を続けていたが、決着がついたようだった。


「そうだね。炙ったら嫌われちゃうもんね。でも、気持ちがおさまらないよっ。一晩中いじめちゃうんだから」

「……ん。それでいこう。任せろ。私は補助に回る。お前が主力だ」


 主との戦いと同じようでいて、意味はまったく違うことを、フェリスは言っていた。


 ルナリアがこちらへ向けた赤い瞳は、宝石のように綺麗で、それでいてどろどろとした熱を宿していた。



# COORDINATE 0090 END

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