[COORDINATE 0088] Sage’s Labyrinth ver. Celestia 2
# Sage’s_Labyrinth_2nd_Floor_1:
青い岩壁をくり抜いて作られた階段は硬質で、革靴が金属を踏んでいるような音を立てる。
やがて見えてきた鉄の戸をくぐり、俺たちは地下二階へと足を踏み入れた。
俺は、まず足元に穴がないことを確かめる。
しっかりとした地面があることを確認したあと、周囲を見渡した。
先ほどまでと同じく、天井まで光は届かず、壁面はうっすらと魔法の光で照らされていた。
だが、はっきりとした違いがあった。
壁面から生える水晶の密度が増しているのだ。
その半透明の結晶が、青白い灯りを返している。
フェリスが、水晶をこんこんと叩き、しゃがみ込んで床へ左手を添えた。
探索のために床へ手をつくフェリスの姿勢が、いつもと違う気がする。
普段はもっと前傾姿勢で、張り付いたワンピースの布地に下着の線が浮いていたはずだ。
俺は、フェリスのお尻には詳しいのだ。
そんなくだらないことを考えながら、彼女の腰のあたりを見つめていると、フェリスが立ち上がった。
振り向いたフェリスと俺の視線が交差した。
俺がどこを見ていたのか理解したフェリスは、少し冷ややかな表情を浮かべた。
「……行くぞ」
「おう」
フェリスは通路へ向き直り、小さく息を吐くと進み始める。
ルナリアが、後ろでくすくす笑っているのが分かった。
ユーリはそんなことにはまったく気づかず、目を輝かせながら俺の隣を歩いていた。
彼の腰に佩いた黄金の剣が、水晶と同じように魔法の光を返して輝いていた。
しばらく通路を進むと、フェリスが手で俺たちを制止した。
彼女は長い耳をぴくりと動かすと、すっと地面へ左手をついて気配を探り、立ち上がった。
振り向いた彼女が、こちらへ歩み寄る。
青い迷宮の中で、彼女が水色の髪を流す姿はとても幻想的だった。
「……この先に魔物の群れだ。手前にいるのは、五体。その奥にも群れがいる」
俺はフェリスに頷くと、星切の柄に添えていた左手を、ユーリにかざした。
「分かった。ユーリ、速度向上だ」
「はい、先生」
淡い光がユーリを包み込み、彼の速度を上昇させると、粒子となって消えていく。
支援魔法を受け取った彼は、少し前へ進んで通路の奥に視線を向け、耳に手を当てた。
真っ直ぐに赤い瞳をこちらへ向けるルナリアと、きゅっと口元を引き結ぶフェリスへ、俺は両腕を伸ばした。
彼女たちへ支援魔法を流し込みながら、俺は視線を水晶へ向け、口を開いた。
「二人にも支援魔法をかけるから、三人で先行して早めに倒してくれ。俺もすぐに追いかける」
彼女たちは、刺激に肩を震わせながら、揃って嫌そうな表情を浮かべた。
「あぁ……んっ。えぇ、きみを一人に……ぃっ、きみを一人にするのは嫌だなあ」
「……んくっ。……ぁんっ。……な、なぜだ」
俺は水晶から視線を外し、甘い吐息を混じらせながら話す二人へ顔を向けた。
「さっき、橋が崩れ始める直前に、水晶が光っていた気がする。この、水晶が増えているのも嫌な感じだ」
ルナリアが俺の言葉に、こてんと小首をかしげた。
フェリスは、ちゃんと耳を塞いでいるか確認するように、ユーリの背中を見ていた。
俺は考えをまとめながら、口を開いた。
「ええと、結晶が光るたびに何かが起こるんだろう。けど、重要なのはそこじゃなくて……何て言えばいいかな。そうだ、攻略時間に制限があるんじゃないかと思うんだ。ありそうだろ? どうだ、今回は、ルナリアより俺のほうが先に気がついたぞ」
俺は最後だけ少し自慢げに言った。
それから視線を通路の奥へ向け、話を続けた。
「階層ごとの時間制限。それが力の試練ってことじゃないか? さっきは橋が落ちた。さすがにこの地面が抜けるとは思いたくないが、天井でも落ちてくるとか」
「ええ! じゃあ、いざとなったらわたしが支えるね!」
赤い瞳を天井へ向けたルナリアは、眉根に力を込め、決意を浮かべていた。
俺は苦笑しながら、そんな彼女に視線を向けた。
「そしたら、生き埋めになるだけだ。まあ、安全な範囲でいいから、急いで突破しよう。違っていても損はない」
フェリスは眉を上げ、薄く笑みを浮かべた。
「……ん。やるじゃないか、さすがアルスだ」
ルナリアとフェリスが、前方へ向き直った。
「こういう所も格好良いよね」
「……そうだな。尻を見ると考えが捗るのかもしれない」
そういうからかい方はやめろよ。
普通、あんなの見ちゃうだろ。
ルナリアがユーリの背を軽く叩いて告げた。
「ユーリ君、いくよ」
「あ、もういいのですか? 分かりました!」
柔らかな黒髪を揺らして応じたユーリに、ルナリアは微笑んだ。
それから、ルナリアは凄まじい速度で駆け出した。
彼女の金糸の髪がふわりと持ち上がり、きらきらと光を零す。
圧倒的な速度で奔るルナリアの背が、みるみる小さくなっていく。
一拍の後、ユーリがその背を追いかけ始めた。
フェリスはちらりと瑠璃色の瞳をこちらに向けたあと、前方を向いて地を蹴った。
風を切り奔る彼女は、あっという間にユーリを追い抜いた。
俺も自分に支援魔法をかけて速度を上げ、彼女たちを追いかける。
(俺も急がないとな。自分で言っておいてなんだけど、後付けの適当な感じがいかにも当たってそうだ)
三人の駆ける速度はとんでもなく、俺はあっという間に置いていかれた。
それでも、戦い始めれば移動速度は落ちる。
ようやく追いついた俺の耳に、激しい戦闘音が届き始めた。
暗がりの中から、赤い炎が描く剣閃が見えた。
ゴーレムのような風体の土の精霊が、業火に照らし出されては、見えた瞬間に吹き飛んでいく。
ルナリアが無視して進んだ火の精霊を、緑の剣閃が切り刻む。
魔物を葬ったフェリスの鮮やかな青い外套が、ばさりと翻った。
残る一体の火の精霊を、ユーリが相手取っている。
気のせいだろうか。上の階で相手をした精霊より、少し大きく見える。
フェリスは俺が追いついたことに気づくと、ふわりと跳躍し、俺のそばへ着地した。
ユーリの戦いを見ながら、彼女が口を開く。
「……アルス、この先は大部屋だ。どうする?」
俺がフェリスの言葉に答えようと、口を開きかけた時だった。
――周囲の水晶が青い光を発した。
迷宮に流れる微弱な魔力を、俺たちは常に感じている。
普段はあまり気にすることのないそれが、急に濃度を増した。
ユーリが相手取っていた人の形をした火の精霊が、突如膨れ上がった。
魔物は、ただ大きくなっただけではなく、まるで支援魔法を受けたかのように速度と攻撃力を増していた。
急に跳ね上がった魔物の戦闘力にユーリの対応が遅れ、彼の小さな身体を火炎の爪が抉った。
彼は左腕に傷を負いながらも、動きを止めることなく、円を描くように黄金の剣を振るう。
鋭く奔った斬撃が火の精霊を両断した。
俺はユーリに駆け寄り、回復魔法をかけた。
「ユーリ、大丈夫か!」
「あ、先生。ありがとうございます。少し、対応が遅れました」
ユーリの傷が癒されていくのを見て、俺は安堵し、ため息をついた。
フェリスは薄く笑みを浮かべて口を開いた。
「……いや、少年。今のはいい動きだった」
「自分が怪我するより、心臓に悪いな。なあ、フェリス。この階は多分……」
フェリスが左の短剣も引き抜き、双手に短剣を握ると、進行方向を見やった。
「……ああ。水晶が光るごとに、魔物が強化されるようだ。アルス、指示を」
「言わなくても分かってるだろ。ルナリアみたいなことを言うなよ。全員で急いで突破……いや、違う。そうじゃないな」
通路の奥では、ルナリアの業火の剣が、暗闇の中で彼女自身を照らし出している。
奥の大部屋では、こちらの戦いに気がついた魔物が動き出しているのが、うっすらと見える。
ルナリアは、俺の指示があるまでそれを足止めするつもりだろう。
俺は考えをまとめると、全員に指示を出した。
「ルナリア! こっちへ戻ってこい! フェリス、ユーリ、お前たちで大部屋の魔物を止めてくれ」
フェリスは、俺の言葉を受けて短剣を握り直した。
「……ん。分かった。行くぞ、少年」
「はい! 任せてください。フェリスさん、少し案があるんですが……」
フェリスとユーリが地を蹴って駆けていく。
入れ替わるようにして、ルナリアがこちらへ戻ってきた。
「お待たせ、アルス」
ルナリアは、普段通り、すべてを委ねるような赤い瞳で俺を見つめていた。
彼女が俺の剣でありたいというなら、それを振るう俺には責任がある。
炎に照らされた彼女の美しい相貌を見ながら、俺はそう思い、彼女に作戦を伝えた。
# Sage’s_Labyrinth_2nd_Floor_2:
魔物との戦いの困難さは、相手や状況で千差万別だ。
けど、俺は戦いの難しさは、大別すると二種類しかないと思っている。
魔王戦のように最強個体と戦うか、レオの村のように押し寄せる大群と戦うかだ。
ルナリアは強いが、その腕が届く範囲には限りがある。
大群を相手にするなら、全員に上手く支援魔法を届けなければいけない。
だが、ここは迷宮で、通路はひとつだけだった。
俺は目的を意識し、精神を絞り込み始めた。
――キンッ!
俺の想いに呼応して、鋭い音が意識を掠め、周囲の音が遠ざかりだした。
神威の光が、木漏れ日のように俺を照らす。
厳かな讃美歌が、静かに聞こえ始めた。
[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]
ローディングに入った俺を、ルナリアが赤い瞳でじっと見つめている。
その宝石のように輝く瞳には、俺の指示で戦うことへの悦びが宿っていた。
戦いでかいた汗で、彼女の濃紺のバトルドレスはじっとりと濡れ、胸元に張り付いていた。
俺は引き寄せられる視線をそこから外し、通路の先の戦いに目を向けた。
大部屋の入口では、ユーリを守るようにフェリスが前に出て戦っていた。
中へ踏み込めば、大量の魔物が押し寄せてしまう。
だが、彼女は上手く通路と部屋の境界を使って、数を絞っているようだ。
すぐに、黄金の剣を頭上に掲げたユーリが、黄金の光を放ち始めた。
それを確認したフェリスが地を蹴り、押し寄せる炎や雷の魔法を避けながら後退した。
ユーリが、フェリスと前後を入れ替わるようにして前に立つ。
彼が握る黄金の剣は、長大な光の剣と化していた。
振り抜かれたその王者の剣が、近くにいた精霊をすべて両断した。
(なるほど。フェリスが時間を稼いでユーリの魔法で一撃か。あれなら、思っていたより時間が稼げるな)
[ System : Universal_Truth_Loading... 40%... 50%... 60% ]
だが、俺がローディングに入ってから数度目になる光を、水晶が放つ。
魔物へ供給される魔力が増大し、大部屋から感じる圧が高まる。
ルナリアが刺激を受け止める時間を考えると、そろそろ限界だ。
[ System : Universal_Truth_Load 70% Reached ]
神威の光は強さを増し、俺の周囲が白く明るく照らされていた。
荘厳な讃美歌が、迷宮に響く。
俺は左腕をルナリアに伸ばした。
ルナリアはその腕に、そっと手を添え、にっこりとした笑みを浮かべた。
「ねえ、アルス。いつまでも、一緒に冒険しようね。約束――」
空気を読めない俺は、彼女の言葉を待たずに支援魔法をかけてしまった。
淡い光が彼女を包み込み、七段階位の支援魔法による強烈な刺激が、彼女の身体を駆け抜けた。
「んあ! ……あぁ! や、やぁ……ぁん!」
潤いのある彼女の唇から、熱い吐息が漏れた。
華奢な身体が震え、その細身に見合わない大きな胸元が弾むように揺れた。
汗を吸って張り付いた薄手の布は、彼女の身体の輪郭を隠し切れず、胸の先端まで浮かび上がらせていた。
「……んっ、あぁん! も、もうまだ話の途中ぅ……もうっ、わざとじゃない!?」
ルナリアの潤んだ赤い瞳には、珍しく不満が滲んでいた。
俺は彼女の言っている意味が分からず、少し戸惑いつつ答えた。
「い、いや、わざとじゃないぞ。普段は、支援魔法の前に話をしたりしないだろ。それに、ずっと一緒に冒険するのは当たり前だ。お前は俺の剣なんだろ」
「むぅ。それならいいけど。最近、フェリスちゃんと話していて気がついたんだけど、アルスってわざと雰囲気壊すよねっ」
それだけ言うとルナリアは、少し艶を帯びていた表情を引き締めた。
小さく息を吐いてから、薄く笑みを浮かべて言った。
「まあ、しょうがないか。アルスだもんね。よし、じゃあわたしの格好いいところ見ててよ」
「お前は、いつでも格好いい」
ルナリアは目元を細めると、くるりと振り返り、通路の先へ向き直った。
フェリスが双手の短剣を振るいながら声を上げた。
「……おい! 早くしろ! ルナリア、私たちの限界が分かってるからといって、ぎりぎりまでいちゃついているんじゃない!」
「そ、そういうつもりじゃないよ! ごめん、今行くよ!」
ルナリアはそう答えると、迷宮の床を踏みしめて突進した。
鉄のように硬質な青い床に、彼女の踏み込みで罅が走り、円形に陥没した。
輝く金糸の髪を翻し、業火の剣を右手で握り、ルナリアが奔った。
ユーリが光の剣を振るい、入口に集まっていた魔物を薙ぎ払った。
ぽっかりと開いた隙間へ、ルナリアが飛び込んだ。
俺はフェリスとユーリのそばへ駆け寄った。
「二人ともよく耐えた。さすがだ」
フェリスの呼吸に乱れはなかったが、長い水色の髪が頬に張り付いていた。
彼女は、透き通るように美しい髪を整えるように細い指で払った。
左手の薬指にはまった指輪のサファイアが、光を返す。
ユーリは肩で息をしていた。
「こ、これくらい余裕ですよ。まだ、ゆっくりしていてもよかったくらいです」
フェリスは髪を流すように頭を振り、目元を細めてユーリに視線を向けた。
「……はぁ。……まったく。アルスもよく言うが、そういう強がり方は、男特有だな」
二人へ回復魔法をかけながら、大部屋の中に視線を向けた。
想像していたよりも広かったその部屋の中には、様々な属性の精霊系の魔物がいた。
そしてそのすべてが、初めに見たものより、数倍は大きな姿に変化していた。
炎の精霊が轟音と共に放つ魔法の槍は、すでに槍というより柱のようだった。
風の精霊と雷の精霊が放つ魔法が、空気を切り裂き幾重にも降り注いでいた。
俺がかけた支援魔法は、魔法攻撃力向上。
ルナリアが握る銀の剣を覆う炎は、支援魔法を受け、煌々と輝く紅蓮の炎と化していた。
彼女は白いスカートを花のように翻し、舞い踊る。
赤い剣閃が流れるように、理不尽な軌道を描き、巨大な精霊を一刀で斬り伏せていく。
魔物の魔法が次々と彼女へ迫るが、そのすべてを紅蓮の剣が打ち払う。
ルナリアを取り囲むように集まった魔物を、赤い円が上下に分断した。
再び、水晶が光を放つ。
奥に残っていた魔物たちが、さらに巨大化し、地面を踏み荒らしながらルナリアへ迫った。
彼女は、だんっ、と大きな破砕音を立てて跳び上がった。
くるくると中空で回転した彼女は、その魔物たちへ左手を伸ばした。
「――ファイアブラスト!」
彼女の放つ魔法は、業火というより、燃え盛る竜の息吹のようで、直撃した精霊を焼き尽くしていく。
ルナリアの純白のスカートがその炎の余波に煽られ、艶やかな太ももを露わにし、その奥の下着まで覗き始めた。
俺はユーリの目を塞いだ。
決して独占欲ではない。
教育のためだ。
俺はルナリアの尻を覆う下着を見つつ、スカートが下りたのを確認して、ユーリの顔から手を離した。
彼は少しおかしそうにして、俺を見ていた。
着地したルナリアは最後に、紅蓮の剣を横薙ぎに払った。
ずがあっという斬撃音とともに振るわれた剣は、最後の魔物を斬り裂き、鉄のように硬い迷宮の壁に亀裂を奔らせた。
七段階位の支援魔法を受け、大幅に魔法攻撃力が上がっているとはいえ、凄まじい強さだ。
ルナリアは、あっという間に大部屋の上級魔物を一掃した。
静寂の訪れた迷宮に、ルナリアが着地する音が響いた。
俺は腕を組みながら口を開いた。
「なんか、また強くなってる」
「……際限がないな。まあ、今回の強くなった理由は分かるが」
ユーリが好奇心を浮かべた顔で、フェリスに問いかけた。
「そ、そうなのですか。どうすればあれほど強くなれるんでしょう」
その言葉を聞いて、俺も知りたいと思い、フェリスに視線を向けた。
眉を上げたフェリスが言った。
「……ん。そうだな、あの近衛騎士に優しくしてやればいい」
「へ?」
俺とユーリは、意味が分からず、同じように首をかしげた。
それを見たフェリスは、口元に意地悪そうな笑みを浮かべていた。
しばらくして、大部屋の奥にあった鉄の戸が、ぎぎっと開く音が聞こえた。
# COORDINATE 0088 END




