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[COORDINATE 0074] Departure from the Pioneer Theocracy

# Snowy_Landscape:


 フェリスによると、今晩はかなり冷えるだろうとのことだった。


 そこで馬車を柱代わりにして、周囲に布を張り、簡易の天幕のようなものを作った。

 筒状の建造物――パイオニアから拝借してきた謎の布を使用した。


 この布は薄手ながら風をよく遮り、熱も逃がしにくいようで、外の冷気を遠ざけてくれた。

 大きめに張った天幕の中へ、ブルーとブラウンも入れてやる。

 二頭とも最初は落ち着かなさそうに鼻を鳴らしていたが、しばらくすると藁の上に大人しく腹をつけた。


 俺たちも三人で毛布にくるまり、寒さを凌ぐように自然と密着して眠った。

 明日は雪が積もっているだろうか。


 楽しみだな。


 温かな太陽が差し込み始め、朝が訪れたことを感じた俺は天幕の外へ出た。

 そうして見た外の景色に、俺は思わず声を上げた。


 俺の視界に入った世界は、真っ白だった。

 すでに雲は流れ去っていて、降り注ぐ陽光に雪が白く輝いていた。


 丘はすうっと白い雪が均等に積もっていて、大森林の方には、雪の上に動物の足跡が見えた。

 その大森林は昨日までの鬱蒼と生い茂る緑ではなく、一面を雪化粧で白く染め上げていた。


 俺たちのいる丘も、ここから覗く大森林も、別の場所のようだ。

 世界樹と川だけが、いつもと変わらない姿でそこにあった。


「凄いぞ! ルナリア! とうっ」

「わあ、真っ白だね」


 俺はとりあえず、雪の上へ全身で飛び込んでみた。

 ぼふっ、という気持ちのいい音を立てて、俺の形に雪が沈む。


「くすくす。もう、風邪引くよ」


 むくりと起き上がった俺は、雪の上を今度は歩いてみた。

 ざくざくと音を立てながら、脚がくるぶしの辺りまで沈み込んだ。


「おお……! 変なの!」


 俺のはしゃぐ声を聞いて、フェリスが天幕から出てきた。

 彼女はぐっと胸を突き出すように背を伸ばしていた。

 青い外套を羽織っていないフェリスの胸元が強調され、その先端には淡い陰影が落ちていた。


 俺がじっと見ているのに気がついて、フェリスは口元に笑みを浮かべた。


「……おはよう。朝から元気なことだ。……朝食の準備をするか」

「あ、手伝うよ」


 ルナリアがフェリスの準備を手伝いに、そちらへ歩み寄っていく。

 雲ひとつない空から降り注ぐ陽光が、ルナリアとフェリスを照らしていた。

 彼女たちのニーハイから伸びる太ももの肌が、雪の上だと妙に生々しく感じた。


 俺はそこから視線を外すと、小さな雪玉を作った。

 初めは手のひらを添えて、ころころ転がしていた雪玉もすぐに大きくなっていった。

 綺麗な球体になるように、転がす面を調整しながら、ひと抱えもある雪玉を二つ作った。


 片方の雪玉を上に乗せて、雪だるまは完成し……てないな。


 なんか違う。


「なんだろう。ああ、そうか。目と鼻がないんだ」


 俺は朝食を作っている彼女たちのところへ、てこてこ歩いていった。


「なあ、目と鼻になるようなものなんかないかな」

「……何の話だ。ああ、雪だるまか。……そこの炭はどうだ」


 おお、確かに。


 まだ起きたばかりなので、金属製の箱には火が焚べられていない。

 そこから、俺はちょうどいい大きさの炭を取り出して雪だるまにくっつけた。


「やった、完成だ」

「わあ、可愛いね」


 フェリスは長い髪を耳にかけながら、朝食を並べていた。


「……ふふ。そうだな」


 俺の方へ顔を向けて、優しく声をかけた。


「……もう出来るぞ、手を洗ってこい」

「はーい」


 返事をしつつ、俺はもう一度空を見上げた。

 昨晩降り続いた雪が嘘みたいに、今朝は雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。

 空気はきんと冷えているのに、陽光そのものはやわらかくて明るい。


 ふと隣を見ると、肩が触れるような距離にルナリアが立っていた。

 彼女の髪は本当に金糸みたいに輝いていて、雪景色の中ではますます現実味のない美しさだった。


 俺が見ていることに気がついたルナリアは、潤いのある唇に笑みを浮かべて言った。


「雪、見れてよかったね」

「ああ、そうだな。今日には王国に向けて発つんだし、ついてた」


 水桶で手を洗ってから、金属製の箱に薪をくべて火をつけた。

 炎がテーブルをほんのりと温めだした。


 俺たちは席へ腰を下ろし、三人で朝食を取った。

 湯気の立つ温かな食事が、冷えた身体へじわじわと染み渡っていく。


 朝食のスープに口をつけながら、俺は街道のあった方に視線を向けた。

 街道はあのあたりだったろうか。

 平原は、一面真っ白な雪に覆われていて、どこに街道があるかはもう分からない。


 俺は重要な事実に気がついた。


「あれ、これ馬車で進めなくないか」


 フェリスが、食べようとしていたサンドイッチを、皿に戻し平原の方を見やった。


「……失念していた。まずいな」


 俺はスープの器を置いてから、手元のサンドイッチを頬張った。

 きちんと飲み込んでからフェリスへ問いかけた。


「雪って、どれくらいで消えるんだ?」

「……これだけ積もると、溶ける前に次の雪が降る、を繰り返して、春まで消えないかもしれない」


 そうなのか。


 しかし、春までここで足止めされるのは流石に避けたいな。

 どうしたものかと、俺が思案していると、ルナリアが口元を軽く拭ってから明るく言った。


「大丈夫だよ。硝子板の地図で街道に沿ってるかどうかは分かるし、雪はわたしが溶かしながら進めばいいじゃない」

「え? ……ああ、確かにお前なら出来るな。凄いぞ、ルナリア」


 ルナリアは俺に褒められて、にこにこと嬉しそうな表情を浮かべていた。

 フェリスが、茶を淹れるために湯を沸かしながら、静かな声で続けた。


「……いい案だな。なら、早めに積雪地域は離れたほうがいい。私たちはともかく、ブルーとブラウンが歩けなくなる」

「じゃあ、食事を終えたら出立するか。雪だるまとはお別れか」


 昨日のうちに、買い出しはあらかた済ませている。

 俺たちは朝食を終えると、すぐに野営地を撤収し始めた。


 天幕代わりに使っていた布を畳み、荷物をまとめ、馬車へ積み直す。


 俺はイルメナウの街門へ向かって歩き出した。

 後ろではルナリアが、葡萄酒の酒樽をひとつ軽々と担いでついてきた。

 彼女の膂力を目の当たりにした門兵たちは、分かりやすく目を丸くしていた。


 俺は彼らへ礼を言い、酒樽を渡した。

 雪の朝に思いがけず届いた贈り物に、門兵たちは本気で喜んでくれていた。


 そうして最後に、俺たちは三人で大森林と、その遥か先に覗く世界樹へ視線を向けた。

 次にここへ来る時は、春の終わり頃になるだろうか。

 できれば夏には来たくないな、などとぼんやり考えていた。


 遥か向こうで、山のようなものが動いているのが見えた。


 この街へ来た初日に見た、異常な大きさの魔物だ。

 そいつは大森林の遥か向こうをゆっくりと移動し、そのまま再び地平線の彼方へ消えていった。


 金糸の髪を揺らしながら、ルナリアがぽつりと呟いた。


「ああ、大地が星だってそういうことなんだね。世界って凄いなあ」

「ん? 何の話だ」


 ルナリアは振り向いて、いつものようににこりと笑った。


「ううん。地平線の話。今度教えてあげるね」

「なんかよくわからないが、そうだな。道中の暇なときにでも教えてくれ。大地が星ってなんだよ」


 俺たちは話しながら馬車へ戻った。

 フェリスが、御者台でルナリアから受け取った硝子板を確認していた。


 金糸の髪をふわりと揺らし、ルナリアが腰の鞘から銀の剣を抜いた。


「じゃあ、始めるね」

「おう。任せた」


 ルナリアは、右手で握る銀の剣に業火を纏う。

 片手で上段へ掲げ、業火の剣をそのまま一気に振り下ろす。


 ずばあっ、と雪原を裂くような音が響いた。

 一直線に奔った炎の剣撃が、街道のあった方へ向かって雪を溶かし、道を穿つ。


 ルナリアの剣が決して自分たちには向かないと理解しているブルーとブラウンは、その業火にも怯むことなく、ゆっくりとその開けた道を歩き始めた。


 俺は馬車の踏み板に足を掛け、御者台へ飛び乗った。

 それから、手綱を握り愛馬たちに合図を送った。


 真っ白な雪の平原を、吐く息を白くしながら、俺たちは進み始めた。

 俺たちは、長い旅を終え、とうとう王国へ帰還する。



# Leon_Wolfgang:


* * *


 パイオニア教国の南西に広がるソプクウ平原で、巨大な魔物と聖騎士が交戦していた。

 降り積もった雪の中、戦いの余波でそこだけが地面をむき出しにしていた。


 巨人族の中でも、飛び抜けた巨躯を誇るサイクロプスが、丸太のような腕を振り上げた。足元に群がる不快な生き物を、叩き潰そうとその拳を振り下ろす。


 そんな前線を、私は指揮官として見据えていた。

 精強な聖騎士団の中でも、我が十三師団はつわもの揃いだと自負している。


 轟音を立てて振り下ろされる魔物の拳が、すでに誰もいない地面を殴りつけた。

 大きく地は陥没し、破砕音が響いた。


 前線の兵士が、サイクロプスの一撃を巧みに誘導していたのだ。

 振り下ろされた腕に鋼の剣が奔った。


 だが、通常の武器では上級魔物の強靭な肌に傷をつけることは難しい。

 あくまで前線の兵士の役目は、足止めと牽制だ。


 戦場を鋭く見据える私のもとへ、周囲を偵察していた兵士が走り寄った。

 その顔には焦りが浮かんでいた。


「レオン閣下! 後方より、サイクロプス二体が接近中!」

「なんだと!? ……くっ。月聖水の残数は何本だ」


 副官が淀みなく答えた。


「はっ、残り五本です」


 私は副官の報告を聞き、思案した。

 街に戻れば、月聖水の補給は出来るだろうが、魔物の群れを掃討するまではここを離れられない。

 三体で終わるとも限らないが、少なくとも現状は対処できる範囲内で助かった。

 だが、この戦いが終わり次第、一度補給のために街へ戻る必要があるな。


 私は、自分の神器である青い槍を握る右手に力を込めた。

 自らの誇りである赤い外套を翻し、副官へ問うた。


「遠距離系魔法部隊は準備できているか」


 陣地の後方から、戦場に響く壮年の男の声が聞こえた。

 声の方へ振り向くと、白髪交じりの髭を綺麗に整えた、馴染みの老戦士が立っていた。


「レオン閣下、我らはすでに準備を整えております。あのでかぶつめに、女神リゼット様の神威を見せてやりましょうぞ」

「エッケハルト中隊長か。そうだな。私も出る」


 私は、視線を平原の方へ向けた。

 降り積もる雪の中、遥か向こうより迫りくる二体の青黒い巨人の姿が見えた。

 まだ距離があるにもかかわらず、あまりにも巨大なその身体は、すでに地平に姿を現していた。


 私たちの背後には、教国の民が暮らす街がある。

 女神リゼット様の子である彼ら市民を守り抜くことこそ、聖騎士の本懐だ。


 必ず、勝たねばならぬ。


 私は、エッケハルト中隊長をはじめとした魔法部隊を率い、前線部隊がサイクロプスと交戦するすぐ後方に陣取った。


 サイクロプスの単眼が青白く輝き、魔力が収束するのを感じた。

 その魔法が魔物の願いを叶え、熱線が白い光となって放射された。

 熱線が大地を薙ぐように雪原を焼き、融解した地面がむき出しになった。


 前線の部隊長が、大きな声を上げた。


「総員回避!」


 その声を受けて、隊列を崩しながらも前線の兵士は熱線を回避した。

 隊列を崩した前線の兵士へ向かってサイクロプスが拳を振り上げた。


 それを見た私は、即座に陣地に響き渡る号令を上げた。


「射手隊、総員撃て!」


 雨のように、矢がサイクロプスに降り注ぐ。

 魔物は拳を振り下ろすのを止め、鬱陶しそうにそれを振り払い始めた。

 効いてはいないだろう。

 だが、足止めができればそれでいい。


「月聖水を投擲せよ!」


 魔法の光を帯び、自身の速度を上げた近接系の魔法使いがサイクロプスへ駆けていく。

 左手で神器を握りながら、右手で鋭く小瓶を投げつけた。

 小瓶がサイクロプスに叩きつけられ、女神様の聖水が魔物の肌を焼き、煙が立ち昇った。


 私は青い槍で魔物を指し示し、強く号令を上げた。


「遠距離系魔法部隊、一斉掃射!」


 私は自分の部隊に、共和国式の魔法部隊制を採用していた。

 旧態然とした、貴族である魔法使いを軸として、それに付き従う戦士を壁にするような戦い方では上位種に勝てない。


 魔法の炎や雷が、槍や刃となってサイクロプスへ次々と襲いかかった。

 魔物はその魔法の暴風に晒され、たまらずたたらを踏んだ。


――好機。


 私は自分の神器である、ヴォルフガングの槍を両手で回し、正眼に掲げた。


「我が名は、レオン・ヴォルフガング。八正道を進み、邪を討つ女神の騎士。御身の奇跡よ、我が身を、悪鬼を貫く神槍と化したまえ!」


 女神リゼット様より賜りし魔力が、私自身を雷の槍へと変えていく。

 私はぐっと軸足を踏み込む。

 ばちばちと、私の身体から雷が迸った。


「――ライジング・ディバインスピア!」


 地を蹴ったその瞬間、私は光に限りなく近い速度で奔る槍となった。

 空気を穿ち、真空が発生して轟音が戦場に響いた。

 一筋の紫電が戦場を一直線に奔り抜け、私はサイクロプスを貫いた。


 残心に入った私の赤い外套がひらめいた。


 大きな音を立てて、身体を貫かれたサイクロプスが倒れていく。

 騎士団が勝利に沸き立った。

 口々に私へ喝采を送る声が聞こえてきた。


 私は崩れ落ちるサイクロプスを横目で見つつ、浮足立った全軍に向け号令を発した。


「馬鹿者! まだだ! 隊列を組み直せ! 次が来るぞ!」


 私の号令を聞き、騎士団の面々は口元に不敵な笑みを浮かべながら隊列を組み直し始めた。


(まったく。仕方のない奴らだ)


 ほとんどの騎士が私より年上なせいか、少し舐められている気がする。

 エッケハルト曰く、愛情らしいが私は嘘くさいと思っていた。


 私は陣地の中へ移動しながら、迫りくる二体の巨人へ目を向けた。


 大森林の魔物の活性化は、日を追うごとに激しくなっていた。

 そのせいで、多くの聖騎士団が大森林付近の街の防衛へ駆り出されている。

 その影響は、こうした辺境の街における人員不足として現れ始めていた。


 本当は、私は女神様をお救いしに世界樹へ行きたい。

 そのために、賢者の迷宮へ挑む必要があるのならば、そうしたい。


 だが、私にはあの迷宮へ至る力がないことは分かっている。

 なにより、私は聖騎士であり十三騎聖だ。

 私が女神様より賜りし力は、人々を守るために使うべきものだ。


 私の部隊は、数の足りぬ聖騎士団の穴を埋めるようにあちこちの街へ移動していた。

 皆、一切の文句を言うことなく、どこまでも私に従ってくれていた。

 この赤い外套と、配下の皆が私の誇りだ。


 ……賢者の迷宮か。

 ふと、私はあの茶色い髪の少年を思い出した。


 アルス殿は、共和国の賢者の迷宮を踏破した素晴らしい戦士らしい。

 そんな身でありながら、市民のためにその武勇を惜しげなく使っていた。

 私と年の近い、あの少年は本物の英雄なのだろう。


 勇者候補の件は残念だった。


 ヴァルター殿によると、女神教の洗礼を突っぱねたのだそうだ。

 優れた聖騎士であるヴァルター殿だが、俗物的すぎるきらいがある。

 きっと、金や名誉をちらつかせるような勧誘をしたに違いない。

 それでは、あの英雄のような少年は反発するに決まっている。


 私は、彼と剣を並べて世界樹を目指してみたかった、と思いながら、サイクロプスたちの姿に視線を向けていた。


 だが、突然、まだ遠方にいたサイクロプスたちがまとめて吹き飛んだ。

 その巨体からは想像もできないような勢いで吹き飛ばされたサイクロプスたちは、後方から現れた青黒い魔物が握る巨大な棍棒により、二体とも頭蓋を叩き割られた。


 サイクロプスを数度の殴打で絶命させた巨大な魔物が、こちらを見て口元に歪な笑みを浮かべた。


 サイクロプス以上の巨躯に、青黒い肌。


 同じ単眼だが、その瞳は磨かれた鉱石のような硬質さを放っていた。

 そして……額に伸びた一本の鋭い角。


「……ギガンテス」


 私は、その魔物を前にしばし呆然と固まってしまった。

 ギガンテスは、大森林に生息する巨人族の上位種だ。

 強力な土魔法を操り、その強靭な膂力と組み合わさった力は魔族にも匹敵するという。


 一度だけ、私は戦ったことがあった。

 私の魔法はその肌をわずかに傷つけたのみで、あの場に教皇猊下がいなければそのまま死んでいただろう。


 ギガンテスが一歩踏み出すごとに、大地が揺れていた。

 その鉱石のような目には小さな弱者を殺すことへの期待が満ちていた。


 私は、槍を握る手に力を込めた。


 我が名はレオン・ヴォルフガング。

 女神リゼット様に仕える高潔なる十三騎聖だ。


 どんな強敵であろうと、後ろにいる市民に手を触れさせてなるものか。


「戦うぞ。決してここを抜かせてはならない。ここが、我らの死地だ」

「はっ。各員、隊列の立て直しを急げ!」


 今の平原は雪で覆われている。

 こちらから仕掛けるのではなく、やつがここまで来たところで戦闘を始めるべきだ。

 月聖水さえ当てることが出来れば、私の命と引き換えにしてでも倒してみせる。


 だが、その巨人は雪原で脚を止めた。

 こちらを嘲笑うかのように、犬歯の並ぶ口を大きく開いた。


「I, a nameless one who tramples all and levels the earth, manifest the fangs of the land that devour and crush the fools who defile the ground.」


 人類には理解できない言語を、ギガンテスが紡ぎ始めた。

 それに呼応するように凄まじい魔力がギガンテスに収束していく。


 私は即座に部隊へ号令を発した。


「大魔法による先制攻撃が来る! 散れ!」


 ギガンテスが大地を踏み抜き、轟音が響いた。


「Earthquake That Devours All !!」


 魔物の大魔法が発動し、強大な魔力が私たちの足元の地面を揺るがし始めた。


「くそっ、地震魔法だ! 地割れに呑み込まれるな。いいか、落ちて死ぬなど許さん!」


 私たちを呑み込もうと、無数の地割れが大地を奔った。

 飛ぶように地を蹴りながら私は大地の牙を回避する。


 隊列などもう機能していなかった。

 それでも、精鋭である我が部隊はなんとか、地を割る大魔法を乗り切っていた。

 数人が軽症を負っているが、動けないほどの負傷を負ったものはいないようだった。


 だが、地は抉れてそびえ立ち、兵士たちの隊列は寸断された。

 捲れ上がった大地は、私たちにとっては巨大な壁だが、ギガンテスからしてみれば丁度いい鳥かごだった。


 ギガンテスは移動範囲が極端に狭まった私たちを見て、醜悪な笑みを浮かべた。

 魔物の単眼が光を発し始める。

 魔物は、逃げ道の塞がれた私たちへ向けて、魔法の熱線を放つつもりだ。


 私は、指揮官としては失格な号令を発した。


「私が魔法で時間を稼ぐ! 総員退避せよ!」


 私はヴォルフガングの槍を握る右手に力を込めた。

 槍を正眼に構え、魔法を紡ぐ構えを取った。


 私の槍は届かないだろう。

 そして、皆を守れる保証もない。

 間違いないのは、熱線に焼かれて私が死ぬことだけ。


 だが、それでも。

 最期まで、私は聖騎士として生きる。


 私が覚悟を決め、魔法を詠唱しようとしたその瞬間だった。


――赤い流星が、地平の向こうから凄まじい速度で飛翔し、ギガンテスの頭蓋を撃ち抜いた。


 それは金糸の髪を靡かせた美しい少女だった。

 凄まじい勢いで、ギガンテスの頭を蹴り抜いたその少女は、反動を利用して魔物の頭上へ跳躍した。

 彼女の髪が光を返しながら翻る様子は、戦場の女神だった。


 その少女の左手がすっと伸び、ギガンテスを捉えた。


「――ファイアブラスト!」


 激しく燃え盛る業火がギガンテスを覆った。

 その火炎の魔法は、魔物を怯ませただけで傷を負わせてはいない。

 しかし、ギガンテスの立っていた地面の雪が全て吹き飛び、土がむき出しになっていた。


 彼女の魔法は、踏みしめる地面を作るために放たれたのだ。

 くるりと身を捻りながら、金糸の髪の少女はそこへ着地した。


 大地を踏みしめた彼女の剣は、赤い業火を纏っていた。

 彼女はその業火の剣を、両手で握り上段へ掲げた。


 真っ直ぐに振り下ろす業火の剣が、赤い剣閃を一直線に奔らせる。

 ギガンテスの左腕が斬り飛ばされ、白い雪原へ飛んでいき、あたりを赤く染めた。


 少女が強く踏み込んだ地面が円形に陥没した。

 業火の剣を左に引き絞り、その力を乗せて右へ振り抜いた。


 轟っという斬撃音とともにギガンテスは胴から両断され、鮮血が舞った。


 ずるりと、ギガンテスの分断された身体がずれていく。

 やがて、巨大な死骸が地に落ちる轟音が響いた。


 彼女は残心のあと、乱れた金糸の髪を直すように首を振った。

 陽光を受けてきらきらと輝くウェーブがかった美しい髪が、ふわりと後ろへ流れた。


 戦場には、静寂が訪れていた。

 突然の出来事に、全員が言葉を失っていた。


 それはそうだ。


 絶体絶命の窮地に女神が現れて、強大な魔物を一太刀で打ち倒したのだ。いや、二太刀か?


 私は混乱して意味不明なことを考えていた。


 その少女は再び、赤い光を纏って空へ飛び上がるとこちらに顔を向けて声を上げた。


「怪我をした人はいますか!」

「……はっ。す、少し待ってくれ」


 私は、彼女になんとか答えると、部隊長に被害状況を確認した。

 奇跡的に重症者はいないようだった。


 私は少女へ視線を戻し声を上げた。


「重篤な怪我人はいない! 助力に感謝する! 貴公の名を教えてくれないか!」

「わたしの名前は秘密です! ではお気をつけて!」


 金糸の髪の少女は、にこりと笑ってそう言うと、来た方向へ再び飛翔して戻っていった。

 私たちは飛び去っていく少女を、ただ呆然と眺めていた。


* * *


 俺たちはルナリアが作った雪の街道の上で、彼女の帰りを待っていた。

 魔物の咆哮が聞こえたので、彼女に見に行ってもらっていたのだ。


 やがて、赤い光を纏い飛翔したルナリアが戻ってきた。


 ルナリアは中空で魔法を解除し、御者台に座る俺の隣に、ふわりと着地した。

 肩が触れるような距離に座る彼女が、甘えるように身体を寄せてきた。

 彼女の胸が俺の腕に、隙間なく押し付けられて、むにゅっと形を変えた。


 今回、除雪役をしているせいで、隣になかなか座れないから鬱憤が溜まっているのかもしれない。


「おかえり、ルナリア。大丈夫だったか」

「えへへ。うん、全然余裕だったよ!」


 彼女の汗と身体の匂いが混じった甘い香りを感じながら、俺は愛馬に出発の合図を送った。

 ごとごとと馬車が、雪原の中に露出した街道を進み始めた。


 現在いるのはソプクウ平原。

 この先の山脈を越えれば、懐かしのスプートニク高原に差し掛かる。


 いよいよ王国領だ。



# COORDINATE 0074 END

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