[COORDINATE 0007] Kidnapped in the Capital
# Boy_named_Yuri:
アルスとルナリアが王都での生活を始めてから、数ヶ月が過ぎた。
午後の日差しが注ぐ下町の屋台街を、一人の少年が歩いている。
年の頃は十代後半。無造作に切り揃えられた明るい茶髪が、穏やかな風に揺れていた。
冒険の際に羽織っている神官の黒いコートは今日はお休みらしく、小綺麗に整えられた白いシャツに黒いズボンという、至って軽装な出で立ちだ。
腰には、どこにでもある量産品の脇差しが一振り、飾り気なく差してある。
――珍しく一人で街歩きを楽しんでいる、アルスだ。
王都の物価は辺境の街フリージアに比べて数段高いが、その分、出回っている品物の質は確かに良い。
特に魚介類は鮮度が命だ。内陸にある王都までこれほど新鮮な状態で運ばれてくるのだから、やはり王都の流通網には上質なものが集まるらしい。
そんなことを考えながら、俺はサンドイッチをもぐもぐと咀嚼しつつ、冒険者ギルドからの帰り道をあえて遠回りして散策していた。
今日は、隣にルナリアがいない。宿の部屋で大人しく待機させている。
昨日の討伐クエスト中に、ルナリアが『いつものヤバい状態』の一歩手前だったらしく、朝起きたら、とても世間様に見せられる状態ではなかったのだ。
今の彼女をうかつに外へ連れ出せば、俺におっぱいを押し付けながら、人目も憚らず「命令して……っ」と熱い吐息を漏らしかねない。
手元のサンドイッチを平らげた後、俺はふと歩みを緩めて考えた。
「あいつ、あの状態じゃ飯も買いに行ってないよな…。なんか買って帰ってやるか」
そう思い立ち、俺は活気あふれる屋台街へと足を踏み入れた。
ルナリアは毎回、俺と同じものを食べたがるが、彼女個人の嗜好で言えば、確か肉が好きだったはずだ。
「確かこの辺に、ルナリアお気に入りの串焼きの屋台があったよな…」
記憶を頼りに、目的の屋台を探して歩く。
そんな折、肉の焼ける香ばしい匂いが漂う目的地らしき屋台から、何やら騒々しい声が聞こえてきた。
「ですから、これなら足りるはずです。なぜだめなんでしょうか」
声の主は、まだ十代前半ほどの男の子だった。
柔らかそうで光沢のある美しい黒髪をふわふわと揺らしながら、身なりの良い、いかにも利発そうな顔立ちの少年が、屋台の店主に必死に詰め寄っている。
対する串焼き屋のおっちゃんは、丸太のように太く逞しい腕を組み、いかにも職人らしい渋い顔で困惑していた。二の腕に彫られたトライバル柄の入れ墨が、妙に凄みがあっていい味を出している。
「あのなあ、坊っちゃん。金貨なんかポンと出されても、うちみたいな屋台にそんな額の釣り銭なんかあるわけねえだろ」
だが、黒髪の少年は尚も食い下がる。
「それは王国法に反します! 取引において、商人である貴方が通貨の種別に制限をかけることは禁止されているはずです!」
あー…なるほど、そういう身分の子ね。
おそらく、貴族の坊っちゃんがお忍びか何かで街に下りてきて、買い物の勝手が分からずに正論を振りかざしているのだろう。
だが、そんな理屈で下町の商人を詰めれば…。
「あぁん!? なんだと! どこの貴族の坊っちゃんか知らねえが、うちの商売に難癖つけようってのか!?」
ほらな。そりゃあそうなるよ。
「い、いえっ。そうではなくて、僕はただ、そのお肉を売っていただきたかっただけで…。」
勢いよく凄まれた黒髪の少年は、びくっと肩をすくめて一歩後ずさる。
俺は特に躊躇することもなく、二人の間へと割って入り、不機嫌そうに顔をしかめるおっちゃんを宥めた。
「おやっさん、まあまあ、落ち着いて。俺もちょうど串焼きを買いたかったところなんです。俺の分と合わせて、三本売ってください」
そう言って銅貨を差し出すと、おっちゃんは訝しげに俺の顔を見て、それから思い出したように眉を上げた。
「んん? ああ、よく見りゃアルスじゃねえか。なんだ、お前一人で外を出歩けるんだな? ……ってか、三本? お前も変なところでお人好しだねえ」
いつもルナリアとべったりくっついて歩いている印象が強すぎるのだろう。
俺は少しイラッとしつつ、すこし不機嫌そうに言った。
「街を出歩くくらい一人でもやってますよ。ったく……」
焼き立ての香ばしい匂いを放つ串焼きを受け取ると、俺はそのうちの一本を、まだ状況が掴めていない様子の男の子へと差し出した。
「え? あ、ありがとうございます。あの……お代を払います!」
少年は慌てて懐を探ろうとするが、俺は自分の分の串焼きをかじりながら、空いた手でそれを軽く制した。
「いらんいらん。子供はこういう時、大人の好意を黙って受け取っておくもんだ」
男の子は少し戸惑うように視線を彷徨わせていたが、串焼きから立ち上る香ばしい匂いと、自身の空腹には勝てなかったらしい。
「……いただきます」
行儀よく一礼してから、小さく口を開けて肉を齧る。途端に、その利発そうな顔がパァッと明るく輝いた。
「おいしいです! ありがとうございます!」
「そうだろう。このおやっさんの串焼きは、王都一だからな。肉の旨味が違う」
俺がウインク交じりにそう言うと、気難しそうだったおやっさんは、視線をそらしながら照れくさそうに鼻の下を擦って笑った。
おやっさんに軽く手を上げて屋台を後にした俺は、なぜかちょこちょこと後ろをついてくる黒髪の少年と共に、王都の石畳を歩いていた。
「お前、一人でこんなところを歩いてたら危ないぞ。護衛とかいないのか?」
「えっと……。今日は少し、一人で街を見てみたくて。貴方は、冒険者の方ですか?」
「ああ、そうだ。俺はこう見えてもすごいんだぞ。未来の勇者様のお供だ」
とりあえず、男の子によくわからない自慢をしながら、それとなく観察する。
珍しい風貌だ。綺麗な黒髪に、黒瞳。この辺りではあまり見たことがない。
着ている服は、上級商人の子息が着ていそうな高級感あるものだ。
だが……。腰に提げている剣は、とんでもない存在感を放っている。……神器では?
神器を帯びた商人は、さすがにかなりレアだろう。
ということは――あれか。商人の子息のふりをしたい、どこぞの貴族の坊っちゃんてとこか?
なるほど、ルナリアの亜種か。じゃあまあ、そんなに気にしないでいいか。
「お前、名前は? 俺はアルスだ」
男の子は少しつっかえながら言う。
「えと、ユーリです!アルスさん!さっきはありがとうございました!」
一生懸命考えたっぽい偽名を聞きながら、考える。
うーん。素直で良い子だし、この子が痛い目に遭うのはかわいそうだな。
「ユーリ、さっきの屋台みたいなときは、あまり正論を振りかざしてもろくなことはないぞ。気をつけろよ」
ユーリは少し納得がいかないかのように口をとがらせていたが、やがて自分で納得したのかきちんと答える。
「…はい。すこし空腹で、冷静でなかったと思います。ご迷惑をおかけしました」
そんな殊勝な態度に、少し安心した。
このぶんなら、余計なトラブルは起きないだろう。
「うんうん。えらいぞ。あとは…街中で金貨をあんなふうに見せちゃ駄目だ。悪いやつが見てたら、誘拐されるぞ」
俺がそんな話をしたからではないだろうが。
大通りから少し外れた、人通りの少ない路地へと差し掛かった時に、事が起こった。
――ふと、周囲の空気が不自然に歪む。
「…ん?」
路地裏の暗がり。積まれた木箱の影から、音もなく5、6人の男たちがヌラリと姿を現した。
擦り切れた革鎧に、鋭い目つき。手には鈍く光る短剣や棍棒が握られている。
足さばきや、俺たちの退路を塞ぐような立ち位置からして、ただのチンピラじゃない。
(……屋台からつけられていたのか?)
俺は咄嗟に少年をかばいながら、自分に強化魔法をかけ、刀の柄に手をかける。
いくら俺が近接戦闘は弱いと言っても、それは魔物相手の話だ。そのへんの悪漢に遅れは取らない。
この数ならギリギリ勝てるか……? そう観察しているときだった。
「動くな」
いつのまにかそこにいた黒尽くめの男が持つ、冷たい刃が男の子の喉にピタリと当てられていた。
くそ、気配が完全に感じられなかった……。隠密のプロか。まったく気が付かなかった。
少年は完全に背後から捕まっており、口元を分厚い布で塞がれていた。甘ったるい薬品の匂いが漂う。
睡眠薬か何かが染み込んでいるらしい。少年の身体が、一瞬でだらりと力なく崩れ落ちた。
「ユーリ!」
俺が声を上げた直後、俺の顔にも背後から同じ布が強く押し当てられた。
強烈な薬品の匂いが肺を満たす。
くっそ……。なんとか解毒魔法をかけようとするが、魔物の毒と違い、人間に使うために作った薬品は、あまりに強烈だった。
一瞬、魔法が発動しかけるが、一歩間に合わない。
(ルナリア……ごめんな、飯……遅く、なるわ……)
遠のく意識の中で、俺の視界は急速に暗転し――そのまま、完全に深い闇へと沈んでいった。
# Escape_from_the_Dungeon:
薄暗い地下室の廊下。鉄格子が開けられ、俺とユーリは乱暴に放り投げられた。
冷たい目をした先ほどの誘拐犯のうち、一番ガタイのいい男が、ガシャンと無機質な音を立てて鍵をかけ、去っていく。
俺の刀も、ユーリの腰にあった剣も取り上げられてしまった…。まあ、身ぐるみ剥がされて素っ裸にされなかっただけマシか。
「いたっ……うぅ……」
隣で、ユーリが痛みに顔を歪め、腕を押さえている。放り投げられた拍子に骨折でもしていたら大変だ。
俺は魔法行使がバレないよう、こっそりとユーリに回復魔法をかけた。
ついでに、自分の身体にもかけておく。相手は子供だし…まあ大丈夫だろう。
ユーリは一瞬、不思議そうに瞬きをした後、自分の身体をあちこち見回した。
「あ、あれ? 痛くない…」
「さすが男の子だ。あれくらいはへっちゃらなんだな」
俺が適当に持ち上げると、ユーリは狐につままれたような顔のまま首を傾げる。
「え? いえ、へっちゃらで済むような怪我ではなかったような…」
「突然誘拐されたんだ。パニックになって、大怪我をしたと勘違いしてもおかしくないさ。ほら、ちょっと見てやる」
俺は適当に言い繕いながら、怪我の確認をするフリをして完治させておく。
それにしても、痛みや恐怖に強い子だ。このくらいの年頃なら、誘拐されたと分かった時点で泣き叫んでいてもおかしくないのに。
「…ありがとうございます、アルスさん。大丈夫そうです」
俺は人心地つき、感心しながら口を開く。
「ユーリは小さいのにすごいな。誘拐されたってのに落ち着いてる。大したもんだ」
「小さくはありませんっ」
譲れない部分だったのか、頬をぷくっと膨らませて即座に否定する。
その後、少し逡巡してから、真剣な顔で続けた。
「僕は……商家の一人息子なんです。なので、こういったトラブルへの対処も教育されています。それに、身代金目当てならともかく、僕の身体を傷つけるようなことはないと思います。採算が合わないはずですから」
さっき放り込まれた時、結構な怪我をしていたと思うんだが…。
まあ、ユーリなりに「命の心配はない」と分析して、心を落ち着かせているのだろう。
「そうなのか。すごいデカい商家なんだな」
「え!? あ、はい。王都一かもしれません!」
さっきユーリが持っていた、やたらと存在感を放つ『神器』らしき武器を思い浮かべる。
…絶対、商家じゃない。
貴族のドラ息子が家宝を持ち出して家出でもしているのか? いや、そんな不良っぽい感じの子じゃないけどな。
うーん…。どっちにしても、俺が巻き添えなのは間違いなさそうだし、俺の命は全然安全じゃない。
そもそも、ユーリの考えも少し甘い。危険がないわけがない。
「よし、ユーリ。脱出計画を練るぞ」
俺の提案に、ユーリはびっくりしてこちらを見る。
「脱出ですか? でも、どうやって…」
「まず、ユーリの得意なことを教えてくれ」
急な質問に、少し悩みながら答える。
「僕は…兄上たちと違って、あまり武力に自信はありません…。あっ、でも知恵には自信があります!」
――開始数分で、一人っ子設定はどこかへ消えたらしいユーリに、俺はおもしろいやつだなと思いながら答える。
「おっ、ユーリも文官タイプか。気が合うな。俺も知恵には自信があるが、武力はからっきしでな」
俺の言葉に、ユーリは少し楽しくなってきたのか、強張っていた表情を緩めて笑顔を見せた。
「アルスさんが武力に劣るとは、僕には見えません」
「ありがとう。まあ、それはいい。さっきのチンピラどもの顔を思い出してみろ」
ユーリは少し考える。
「あいつらが、俺たちより賢そうに見えたか?」
「いえ。全然そうは思えませんでした」
「だろう? 俺たちは喧嘩は弱いが、頭はそれなりにいいはずだ。――知恵で脱出するぞ」
* * *
そもそも、本来の誘拐対象であるユーリと、ただのおまけである俺を同じ牢に入れている時点で、こいつらのずさんさが窺える。
ユーリを人質にとった、あの黒ずくめの男だけは油断ならないが…。
いくつか思いつく脱出方法の中から、リスクが俺に集中しそうなものを選ぶ。
* * *
「おらー! くそガキがー! 有り金よこせやー!」
「うわっ! やめてください! 暴力反対!」
俺たちのレベルの低い大根芝居が、薄暗い地下牢に響き渡る。
どうせユーリはまだ子供だ。魔法の気配までは気づくまいと、俺はこっそり補助魔法をいくつか展開しておく。
神器なしで魔法を使っているとバレると面倒だが、まあ大丈夫だろう。
ついでに壁を思いきり蹴り飛ばし、音の演出も加えた。
「おらー、ぶっころすぞー!」
「うわっ! やめてください! 暴力反対!」
俺のほうが演技が上手いな…などと場違いなことを考えていると、上から階段を駆け下りてくる足音が聞こえた。
「この野郎! 商品に手を出すんじゃねえ!」
立っている俺の影でうずくまるユーリを、俺が一方的に蹴っていると勘違いした見張りが、慌てて牢の鍵を開けて中に入ってくる。
――その瞬間、振り向きざまに顎を思いきり殴りつけ、一撃で気絶させる。
崩れ落ちた男が腰に下げていた剣を奪い、俺とユーリは素早く牢を抜け出す。
代わりに男を中へ放り込み、鍵をかけた。
「ア、アルスさん、すごいです! こんなに簡単にいくなんて…」
目を輝かせるユーリに、俺は少し調子に乗る。
「はっはっは。そうだろう? 喧嘩ってのは、自分の得意な状況をいかに相手に押し付けるかだ。俺のことを先生と呼んでもいいぞ」
ユーリは興奮気味に顔を紅潮させ、コクコクと何度も頷く。
(紅顔の美少年ってこういうのか…? いや、違うか)
「はい! アルス先生! この後はどうしますか? 上にいる奴らも全員ぶっ飛ばすんですか?」
意外とノリのいいユーリに、俺は真面目なトーンで返す。
「お前は一旦ここで待っていろ。上までは一本道だ。この先で待機していれば危険はないはずだ。いいか、俺が呼ぶまで絶対に上に来るな」
ユーリは不安そうな瞳で答える。
「で、でも、僕も一緒に行ったほうが…。上に五人はいましたよ?」
「お前が来てもどうにもならん。また人質にされて足を引っ張るだけだ。大人しくしておけ」
突き放すような言葉に、ユーリは悔しそうに俯きながら頷いた。
「……わかりました。…先生」
このとき俺はまだ気づいていなかったが、ユーリには恐ろしいほどの『人誑し』の才能があった。
そのせいか、俺は無意識に万全を期そうとしており、結果的に言い逃れの効かない『ローディング』まで使う判断を選んでいた。
決して俺が子供に甘いわけではない……多分。
俺は意識を深く絞り込む。
俺の集中のトリガーは『目的の明確化』だ。
ルナリアのように剣を正眼に構えるような動作ではない。ただ純粋な心の在り方が、俺の魂を宇宙の膜へと接続する。
――世界が、沈黙した。
湿った地下牢に厳かな空気が満ちる。
どこからともなく、声なき讃歌が降りる。
それは旋律というより、天上の呼吸だった。
淡い光が差す。
神威に満ちたそれが俺の輪郭をなぞり、静かに満ちていく。
荘厳な淡い光が、俺の身体からわずかに溢れ出した。
[ System : Universal_Truth_Load ...10% ...20% ...30% ]
[ System : Universal_Truth_Load 40% Reached ]
俺は自身に強化魔法を展開する。属性は速度上昇。
ユーリを振り返ることなく、薄暗い廊下を抜け、一気に階段を駆け上がった。
光は遅れて消えた。
俺のいなくなった空間には、僅かな神威の残滓と、静謐な空気が残されていた。
――静寂。
「……神様みたいだ」
残された地下牢の前で、ユーリは一人、呆然と呟いた。
# Battle_of_the_Men:
階段を二段飛ばしで駆け上がる。脳内で状況をシミュレート。
あの黒ずくめは途中で離脱した。奴だけは空気が違った。雇われのプロ。
だが、いくらプロでも雇い主の拠点でハイド(隠密)は使わないはずだ。
地下へ連行される前、敵は六人。
地下で一人処理。変化がなければ、上にいるのは五人。
――いける。
ドガアァツ!!
ドアを蹴破り、室内の情報を瞬時に整理。
手前のテーブルに二人。奥のバーカウンターに二人。
一人足りない。
部屋の隅、死角を作る衝立。あそこにいると仮定して動く。
部屋に飛び込むなり、地下で奪ったなまくら剣を下段に構える。
洗練など欠片もない我流。だが、支援魔法の速度バフがそれを強引な暴力へと昇華させる。
「おらあッ!」
手前の一人に肉薄。下から斬り上げ、同時にがら空きの腹へ前蹴り。
男が血を吐いて吹き飛ぶ。
――戦闘不能1。
隣のモヒカンは丸腰。慌てて背を向けた。
その無防備な後頭部に、すれ違いざまに剣の柄を叩きつける。
――戦闘不能2。
(刀より鈍器のほうが向いてるか? ……かっこ悪いし嫌だな)
思考を切り捨てる。手にした剣を、衝立へ向けて全力で投擲。
ドォォン!と衝立が砕け、陰から最後の一人が転がり出た。
――いた。全員把握。
視界の端、乱雑に置かれた没収品。
駆け寄り、愛用の日本刀を拾い上げる。鯉口を切り、抜き放つ。
薄暗い部屋で、刃文がギラリと美しく光る。
――やっぱ、これだぜ。
奇襲でパニックになっていた残り三人が、ようやく武器を構える。遅い。
強化された脚力で駆け抜ける。
衝立の裏の男との距離を一瞬でゼロに。反応される前に、胴体を全力で斬りつける。
血飛沫をあげてよろめいた男の首根っこを掴む。
そのままの勢いで、カウンターの二人へその体を投げつけてやろうとして…。
(ルナリアみたいな、人体投擲は無理だ)
瞬時に諦め、壁へ顔面を思い切り叩きつける。
――戦闘不能3。
残る二人。
短剣の小柄な男と、長剣の入れ墨男が激昂する。
「なめやがってぇ! ぶっ殺してやる!」
「くらえやああッ!」
会話はしない。無視だ。真っ直ぐ突っ込む。
小柄な男の短剣を――あえて、避けない。
ドスッ。
左脇腹に熱い鉄が突き刺さる。激痛。痛い。
ルナリアに後で舐めてもらおう。
ルナリアの顔を思い出して、痛みを誤魔化しながら踏み込む。
入れ墨男の長剣を紙一重で躱し、回転の勢いで刀を横薙ぎに一閃。
ザシュッ!と肉を裂く音。入れ墨男が鮮血を散らして沈む。
(思ったより深く入っちゃったな…ヤッちゃったか? まあ生きてたら後で回復してやる)
――戦闘不能4。
仲間が斬られ、腰が引けた短剣の男。
鳩尾に前蹴りを叩き込む。「ごふっ」とくの字になった背中へ、刀の峰を振り下ろす。
――戦闘不能5。
全滅確認。その場へ座り込む。
「あぁあぁー……怖かったぁ。くっそ、痛え……。久しぶりに大怪我した……」
左脇腹。洒落にならない深度の短剣。
「……っ、ぐおおおおお! 俺は男の子だ、我慢だ俺! 痛ってええええ!」
意を決して引き抜く。ごぽりと血が溢れた。
傷口を押さえ、即座に回復魔法を展開。
じんわりと熱が広がり、痛みが引く。内臓がこぼれ落ちる最悪の事態はギリギリで回避できた。
ハァハァ…。これで一安心か。…そうだ、ユーリを呼ばないと。
立ち上がり、ぐっと背伸びをする。
さて…。ユーリの剣を回収して地下へ向かうか。チンピラの回復は後だな。
――制圧を完了し、痛みから解放された俺が油断していたその時。
キィン!
頭の芯を突き刺す鋭い耳鳴り。
一瞬、銀色の光が世界を覆った。
銀色の光が世界を覆う。奇妙な既視感が脳裏をかすめた。
――いや違う、気を抜くな、俺。こういうタイミングは…。
振り返ると、紫電を放つ短剣を持った男が、まさに刺突を放とうとする瞬間だった。
俺は咄嗟に横へと全力で跳び退き、勢いを殺しきれずに無様に床を転がる。
「……ッ!」
さっきまで俺が立っていた場所。そこには、禍々しい紫色の短剣が深々と床板に突き立てられていた。刃の表面には、バチバチと紫電が走っている。
その短剣を手にした黒ずくめの男が、冷たい瞳で這いつくばる俺を見下ろしていた。
フードを下ろしたその顔は全面が異様な入れ墨で覆われている。……なかなかにチャーミングな野郎だ。
「……何だ、貴様は。今のを避けただと? どうやって牢から脱出した」
床に伸びたチンピラたちへと視線を走らせ、黒ずくめの男が舌打ちする。
「チッ……大方、そこの下っ端どもを出し抜いたか。あんな三下連中を使うからこうなる。俺の仕事をどうしてくれる」
俺は全身に冷や汗をかきながら素早く立ち上がり、刀を下段に構える。
くそっ、下の階で派手にやりすぎたせいで、こいつ最初からハイドを使いながら入ってきやがったな……。礼儀のないやつめ。
なんとか時間を稼がないと……。
「取引先が倒産したんなら、今回の売り上げはすっぱり諦めろよ」
俺の軽口に、黒ずくめの男は小馬鹿にするように少し口の端を歪めた。
おもむろに短剣を逆手に持ち直すと、腕ごと身体の後ろへと下げる。
「――我が名は、グラディオ・サンダール。紫電を纏い、闇を従え、死を帯びる者。天雷よ、我が身を裂き、位相を外せ」
直後、バチィッ!と激しい紫電の残滓だけをその場に残し、黒ずくめの姿が完全に空間から消え去った。
「あああ、もう! 神器かよ! なんでチンピラの雇われが神器なんて持ってるんだ!」
理不尽な透明化魔法。
音で気配を探る……? いや駄目だ。ルナリアじゃあるまいし、俺にそんな野生動物みたいな真似ができるわけがない。
俺は即座に不可視の防御結界を全方位に展開し、刀を下げて全身の力を抜いた。
直後、右後ろの空間が不自然に揺らめく。
俺の背後を、不可視の紫電の刃が音もなく突き抜けてきた。だが、「死角から来るだろう」と予測して結界を厚くしていた俺は、ギリギリで防御しきる。
ギィンッ!!
俺のやわな防御技術を、結界魔法が強引にカバーし、紫電の短剣を弾き返した。
「貴様……。本当になに者だ。今のは魔法だろう。神器も持たずに無詠唱の結界など、聞いたこともない……」
弾かれた黒ずくめの男が姿を現し、警戒を強める。
俺の得体の知れなさが、完全に黒ずくめの本気を引き出させてしまったらしい。
「防御魔法か……。それもかなりの硬度だ。油断できんな」
再び、黒ずくめが身を沈めて詠唱を開始する。
「――我が名は、グラディオ・サンダール。紫電を纏い、闇を従え、死を帯びる者。天雷よ、我が身に宿り、我を稲妻とせよ!」
直後、黒ずくめの身体が膨大な魔力とまばゆい雷光に包まれる。
自らを雷そのものへと変えた黒ずくめの男の突進が、俺の強固な防御結界をいとも容易くぶち抜き、俺の身体に直撃した。
「があああっ!!」
内臓ごと焼き焦がされるような激痛。
不可避の光速攻撃をまともに食らい、俺の身体は紙くずのように吹き飛ばされて壁に激突した。
傍らに置いてあったユーリの剣が、カラン……と虚しい音を立てて床を転がる。
「げほっ……がはっ……。……ごはっ……」
くそっ、雷化とか無茶苦茶すぎるだろ……。人類もけっこう凄い魔法が使えるじゃないか……。
ほぼ即死クラスのダメージで意識が飛びかけながらも、俺は必死に動く。即死しない限り、俺は死なない。
致命傷を負った箇所から、悟られないよう隠密裏に回復魔法をかける。こいつは俺の回復魔法には気がついていない。こんなデタラメな魔法、見たことがないからだろう。
……しかし、痛い。死ぬほど痛い。
帰ったら絶対、ルナリアにこの傷跡をペロペロさせる。あいつ、どうせ今頃宿でごろごろ寝てるだろ絶対……。くそ、痛すぎて思考が……。
「しぶといな…。相当な手練れの戦士か。だがもう、その傷では立ち上がるのが精一杯だろう。今、楽にしてやる」
黒ずくめが、俺へ向かってゆっくりと歩み寄ってくる。その足取りには一分の油断もない。だが、諦めたら死ぬだけだ…。
意識をなんとか繋ぎ止め、俺は、ローディングを開始する。
[ System : Universal_Truth_Load ...10% ...20% ...30% ]
…駄目だ。さっき防御結界を見せている。こいつは早い。発動前にやられる…。
これは出し抜けない。真っ向勝負では絶対に勝てない。
――その時。まだ幼いソプラノボイスが、破壊された部屋の中に響き渡った。
「先生!! 僕の、僕の剣をこっちに投げてください!!」
ば、ばかやろう!
俺の意識が一瞬で覚醒する。
ユーリのやつ、上の階で鳴り響く稲光と雷音を心配して、言いつけを破って上がってきやがったな!
声を聞いた黒ずくめの男が、瀕死の俺から、階段の入り口に立つユーリへと視線を切り替える。
ど、どうする。剣を投げることは可能だ。たぶんユーリは、神器を受け取って、自分の魔法でなんとかしようって腹なんだろう。
だが、ユーリに俺が剣を投げる前に、黒ずくめの男の雷化魔法であいつが死ぬ。
どうする、どうする。ローディングは…、40%まではいっている…。
だが、こいつは油断しない。防御結界は貫通してくるかもしれないし、そもそもユーリと距離がある。防御結界が届かない。
俺が速度上昇のバフをかけて壁になるか? いや無理だ。階位を上げたところで人間が、雷の速度に追いつけるわけがない。
「――我が名は、グラディオ・サンダール……」
黒ずくめの男がユーリへ向けて詠唱を始める。
詠唱を止めるために斬りかかることもできない。俺の速度上昇効果はもう切れているし、今の俺の素の剣技じゃ軽くいなされて終わりだ。
「紫電を纏い、闇を従え、死を帯びる者……」
防御魔法、結界、回復。全部駄目だ。俺の魔法で今こいつを止められるものは…。
(……そうだっ!!)
「ユーリ、目を閉じろ!!」
「は、はい! 先生!」
迷宮や野営で周囲を照らす支援魔法、『明かりを灯す魔法』。
俺はその階位を強引に四段階引き上げ、致死の詠唱を紡ぐ黒ずくめの男の眼の前に、凄まじい光度を持った閃光弾として顕現させた。
「ぐっ、がぁッ!?」
暗闇に慣れていた黒ずくめの男の網膜が強烈に焼かれ、詠唱が強制的に中断される。雷を纏いかけていた男の身体が大きくふらついた。
「目を開けろユーリ! 受け取れッ!」
俺は痛む身体に鞭打ち、床に転がっていたユーリの剣を全力で放り投げる。
「わかりました! 先生! 後は僕に任せてください!!」
俺の投げた剣は少し狙いが逸れ、高めの軌道を描いてくるくると飛んでいく。
だがユーリは軽やかな跳躍で宙を舞い、空中で鞘をしっかりと掴み取って見事に着地した。
「見ててくださいよ、先生! 僕もけっこう、すごいんですよ!」
俺の図太さに影響されたのか、不敵に笑うユーリが勢いよく剣を抜き放つ。
鞘から現れたのは、見事な装飾が施された荘厳な黄金の剣。圧倒的な王威が、その小さな身体から爆発的に溢れ出した。
ユーリの柔らかな黒い髪が揺らめく。
ユーリは黄金の剣を片手で天高く掲げ、威風堂々たる姿勢で猛る。
「――余の名はユリウス・アーサー・セレスティア。王の中の王。天は余に従い、地は余に跪く!」
(セレスティア……王家の名!? ユーリ、お前、王族かよ……!)
「全てを断絶する光として顕現せよ! エクスカリバー!!」
直後、ユーリの全身から星を砕くような光の奔流が溢れ出した。
「はぁぁぁぁぁッ!!!!」
巨大な光の剣と化した黄金の刃を、ユーリは力任せに横薙ぎに振り抜く。
「こ、この程度…っ。ぐ……。なんだこの威力は…っ。――ぐあああああっ!?」
全てを飲み込む極光が、かろうじて防御態勢に入っていた黒ずくめの男を、そんな抵抗など意に介さぬまま彼方へ吹き飛ばす。
その勢いは止まらず、石造りの隠れ家の上半分を丸ごと消し炭にし、天へと巻き上げた。
先ほどの俺の照明魔法などとは次元が違う。
王都を王光で染め上げる閃光が炸裂し――やがて、静寂が戻った。
* * *
遠くから、慌ただしい喧騒が近づいてくる。
そりゃそうだろう。
王都のど真ん中で、空が光り輝き、屋根の消し飛んだ建物が姿をさらしているのだ。
警らの騎士たちがすっ飛んでくるのも時間の問題だ。
気絶したチンピラどもと黒ずくめを縄で縛り上げ、死なない程度に回復魔法をかけてやる。
その後、俺とユーリは崩れ残った壁に背を預け、疲れ切ってへたり込んでいた。
…それにしても、今日は人類の変態魔法を二つも見てしまった。
ていうか、『全てを断絶する光の魔法』って、本当に人類に使えるやつがいたんだな…。過去の俺に教えてやりたい。
「先生…。全然、知恵で脱出になりませんでしたね」
「そうだなぁ。最初はそこそこ知的だったんだけどな」
俺が苦笑交じりに答えると、ユーリは無邪気に笑った。
「ははは。…先生、僕かっこよかったですか? いつか僕も、勇者パーティーに入れてくださいね」
その真っ直ぐな瞳に、俺は少し楽しくなってきて適当に返す。
「お前なら戦士枠で入れてやってもいいぞ。でも、王族が勇者パーティーなんかに入れるのか?」
「……僕は商人の一人息子です。王族ではありません」
最近の商人の一人息子は、この国の第三王子と同じ名前で、あんな魔法まで使えるらしい。
屋根のない建物の向こうには、星空が広がっていた。
いつの間にか、もう夜だ。
吹き飛んだ屋根の先では、先ほどの閃光が嘘のように静かな夜空が戻っている。
美しい満月の姿をしたアズールが蒼く輝き、若き王子と神官を、ただ静かに照らしていた。
# COORDINATE 0006 END




