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[COORDINATE 0013] The Journey Begins

# A_Brief_Farewell:


城門外の街道沿いは、一時的に完全封鎖されている。

行商人や旅人が行き交うはずの巨大な西門の前に、近衛騎士団が隙間なく整然と立ち並び、堅牢な人壁を築いていた。


その封鎖線の内側。

明るい茶色の髪を無造作に整えた冒険者風の十代後半の少年に、艶やかな黒髪を持つ高貴な身なりの少年が顔を押し付け、泣きじゃくりながらしがみついている。


泣いている少年は、この国の第三王子である。その姿を街道に晒さぬため、西門は封鎖されていた。


「ううぅ。先生…。早く戻ってきてくださいね」


しゃくりあげる声とともに、俺の神官服を握りしめるユーリの小さな手にぎゅっと力がこもる。

俺は、腰にしがみつくその華奢な背中を片手で優しく抱きしめ、ポンポンと軽く叩いてやりながら言った。


「もう泣くなよ、ユーリ。ちゃんと戻ってくるから」


俺のすぐ後ろでは、ルナリアが手綱を握って立っていた。

彼女の背後には、こぢんまりとしていながら造りの堅牢な馬車が、新品の艶を残したまま控えていた。

ルナリアは、ユーリに気を使ってか、珍しく俺と距離を置き、しんみりとした柔らかな表情で見守っていた。


しばらく俺の服で涙を拭わせてやっていると、見守っていたカタリナさんが静かに声を掛けてきた。


「王子殿下、そろそろお時間です。アルス殿に、お渡ししたいものがあったのではないですか?」


その声に、ユーリはハッとして顔を上げた。

まだ目尻は赤く濡れているが、ハンカチで涙をこすり、気丈に振る舞おうと背筋を伸ばす。


「そうでした」


少し離れたところで待機していた近衛騎士が歩み寄り、恭しく一つの細長い包みを差し出した。

ユーリはそれを受け取ると、両手で大切に抱えるようにして俺の前に立つ。


「先生、これを。勲章や褒章は、あくまで国王陛下からのものでした。

これは、僕個人からのお礼です! きちんと僕自身の歳費から購入しました!」


別れを惜しむ教え子からの、彼自身からの贈り物。俺は心から感謝の言葉を口にした。


「ありがとう、ユーリ」


彼の手から、そのずっしりとした重みを受け取る。

包みの中にあったのは、一振りの日本刀だった。脇差よりわずかに長いその刀は、静謐な存在感を放っている。


「銘刀『星切』。王都随一の名工が拵えた刀です。先生の武器が、この前の戦闘でボロボロになっていたと思いまして」


改めて刀を見る。

漆黒の鞘に収まっていて尚、中から研ぎ澄まされた刃の冷たい威圧感と、只物ではない凄みが手のひらを通して伝わってくる。

俺には過分な業物だ。手にするだけで、自然と心が引き締まる。


「ありがとう、ユーリ。大切に使うよ」


俺は両手で刀を掲げるようにして持ち、ユーリに深く頭を下げて礼を言った。

そして、羽織っている黒い神官服の裾を少しめくり、内側に巻かれた帯へ、刃の反りが上を向くように日本刀をスッと差し込む。


腰に馴染む確かな重さと、帯を締める感触。

俺は刀の柄に軽く手を添え、胸を張ってユーリを見下ろした。


「どうだ? 似合ってるか?」


「はい! 先生、とってもかっこいいです!」


ユーリは、少し鼻声のまま、それでも今日一番の満面の笑みを浮かべて強く頷いた。

俺はその笑顔を目に焼き付け、彼に背を向ける。


「じゃあ、またな。色々とありがとう。お土産を楽しみにしててくれ」


振り返らずに数歩進む。背後で、ユーリの気配が小さくなる。


馬車の傍らでは、ルナリアが静かに手綱を握ったまま待っている。

新品の艶を残すこぢんまりとした馬車が、陽を受けて鈍く光っていた。


俺は御者台の縁に手を掛け、踏み板に足をかけた。

一瞬だけ城門へ視線を向け、それから迷いなく身体を引き上げる。


革の軋む音とともに腰を落ち着ける。


「行こう、ルナリア」


馬車は静かに動き出した。



# Elysium_Wolf_Ambush:


――王都を出立してから、いくつかの村や街を経由し、路銀を稼ぎながら旅を続けていた。


その道中、俺たちはエリシウム平原の街道で、大規模な魔物の群れに襲われる。


「ルナリア! その集団はお前に任せる。蹴散らせ!」


俺は背後の馬と馬車を庇うように立ち塞がり、星切を抜き放つ。

星切は、その存在感ある鋼の刀身に陽光を反射してきらめく。


周囲を取り囲んでいるのは、蒼く光る双眸を持つ巨大な狼たち。地を這うような低い唸り声を上げ、平原一帯に生息するという、エリシウムウルフだ。


手近な一体の大きな狼が、低い姿勢からバネのように跳躍して飛びかかってくる。

俺は冷静にその巨体へ向けて刃を切り上げる……が、浅い。

狼は空中で身をよじって致命傷を避け、距離を取った。鼻先に滲んだ血を舐め、蒼い目でこちらを睨みつけたまま、低い唸り声を上げ続けている。


でかい。魔物は下級であっても、その辺のチンピラとは根本的に違う。――当然のことを、改めて再認識する。


「わかった! アルスは絶対に無理しないでよっ!」


俺の指示で群れの中心部へ突っ込んだルナリアは、火炎を纏う銀色の剣を軽やかに振るっていた。

後方から死角を狙って跳躍した狼がいたが、彼女が振り向きざまに放った炎の槍に空中で貫かれ、一瞬で消し炭へと変わる。


彼女の燃え盛る剣が、踊るように滑らかな赤い円を描く。

周囲を取り囲もうとした狼たちが、その一振りですべて両断され、吹き飛ばされていく。

少しウェーブのかかった金色の髪が太陽の光を反射して美しく輝いていた。


ひと際大きく、毛並みのいい狼とその取り巻きが、ルナリアを警戒するかのように唸りながら距離を保ち、隙を窺っている。


あれが、群れのボスだな。


ルナリアはボスの集団に視線を固定し、右手に剣を握ったまま水平に走る。

距離を保ちながら空いた左手をボスの集団へ向けた。


「――ファイアブラスト!」


彼女の掌から放たれた圧縮された業火が、狼の集団の中央に着弾する。

炎の塊が地面に叩きつけられる轟音が響き、熱波が俺のいる場所まで届く。

逃げ遅れた数匹が一瞬にして炭化して崩れ落ちた。


ルナリアは立ち止まることなく、そのまま炎の立ち上る集団へ躊躇なく走り込む。


「あっちは余裕そうだな。…俺はこっちに集中するか」


こいつらは素早い。俺ではいずれ躱しきれなくなる。

俺は距離を取りつつ、自分に防御属性の支援魔法をかける。

僅かに体が白く発光し、内側から生命力が溢れ出すような熱と高揚感を感じた。


こちらでは数体の狼が俺を扇状に囲み、そのうち二体が連携して一気に距離を詰めてきた。

俺を狩ってボスに合流するつもりだな。


最初の一体が大きく跳躍し、牙を剥き出しにして飛びかかる。

突撃を半身で躱し、すれ違いざまに横薙ぎに斬りつける。


肉を断つ手応えとともに、その狼は絶命して地に伏した。星切、すごい。

だが、刀を振り抜き、体勢が崩れた瞬間、残りの一匹が喉笛めがけて飛びかかってくる。


「くっ…!」


振り抜いた勢いで地面を転がり、致命傷を避ける。

しかし狼は連続して追い討ちをかけてくる。体重を乗せた噛みつきが左腕に食い込み、布が裂けた。熱い血と、骨が軋む激痛が脳を焼く。


[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 / Phase Overheat Reached ]


少し離れた場所から、ルナリアの炎がさらに強まったのを感じる。


俺は痛みを堪え、左腕に食らいついた狼の眉間を刀の柄で思い切り殴りつけ、強引に引き剥がして距離を取る。

負傷して動きが鈍ったのを理解した残りの狼が、一斉に飛びかかろうと筋肉を収縮させた。


…だが、俺は慌てない。

少し前に、ボス狼の凄絶な断末魔が聞こえていたからだ。


「――ファイアランス!!」


俺に飛びかかろうとしていた二体の狼を、魔法の槍が薙ぎ払うように貫通し、瞬時に肉片へと変えた。


逆光の中、陽光を受けて輝くルナリアが、右手で剣を握り、駆け寄ってくる。


その瞬間、彼女の目と交差する。星を内包した宝石のような赤い瞳孔が、俺の姿を捉え、一瞬だけ柔らかさを湛え、やがて冷徹な剣士の視線へと変わる。


ルナリアは両手で剣を握り直し、水平に構え直し、残りの狼たちへ無言で突っ込んでいった。


炎の赤い剣閃が、左から右へ一閃する。

彼女は回転し、跳び、今度は剣閃が上から下へ走り抜ける。炎がわずかに遅れて追いかけた。


幾つもの狼の断末魔が響くと、辺りには再び平原の静けさが戻った。


ふう、片付いたか……。

馬が無事で良かった。唸り声が聞こえた瞬間、すぐに防御結界を張っておいたのは正解だった。

回復魔法があればすぐ治せるとはいえ、狼に噛まれたりしたら可哀想だしな。


それにしても、大規模な群れだった。

後で毛皮と牙をドロップ品として回収しておかないとな。


自分の左腕に回復魔法をかけ、傷口が塞がるのを確かめながら、興奮して嘶く馬の首筋を撫でてなだめていると、

背後から、ふわりと甘い石鹸の匂いが近づいてきた。


「ルナリア、よくやった。ドロップ品を集めよう」


剣を収めたはずの彼女へ視線を向ける。

だが、そこにいたルナリアは、いつもの凛とした魔法剣士ではなかった。


「……うんっ。……ねえ、……きみ。怪我は、ない?」


甘ったるく、焦点の定まらない声。

彼女は歩幅を測り損ねたかのように、無防備な距離まで踏み込む。


「……あれ、腕……怪我しちゃったの? 血の匂いがする……」


赤い瞳は、左腕の袖口に張り付いた血に釘付けだ。


「ごめんね……。痛かったでしょ? 怖かったでしょ?」


指が微かに触れるたび、彼女の喉を震わせる呼吸が深まる。

薄い生地の下で、豊かな胸が質量を伴って上下するのを間近に感じる。


「あとで、わたしが綺麗に……舐めて…癒やしてあげる……ね」


圧倒的な暴力で戦場を制した魔法剣士は、少し理性を削られていた。

蕩けた瞳で俺を見つめる彼女。――今日中に次の街まで辿り着けるかどうかは俺次第だ。


[ System : Lunaria Reason_Gauge 30 / Phase Overheat Active ]



# COORDINATE 0013 END

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