[COORDINATE 0011] Dinner with the Prince
# Royal_Dinner:
俺は前を歩くカタリナさんに続き、豪奢な装飾が施された城内の廊下を進んでいた。
隣を歩くルナリアが、王城の空気に少し飲まれたのか、やや緊張した面持ちで声をかけてくる。
「ねえ、アルス。わたしの格好、変じゃないかな?」
歩きながら、改めてルナリアの姿を見る。
肩を大胆に露出したネイビーブルーのドレス。歩みに合わせて豊かな胸元がふわりと揺れ、普段の戦装束とはまるで別人のようだ。
「変じゃない。すごく似合ってるよ。でも、やっぱりルナリアの腰に剣がないと、ちょっと違和感があるな」
俺の率直な感想に、ルナリアは少し照れたように笑った。
「そうだね。剣がないと、少し落ち着かないかも。…それにしても、アルスは普段通りだね。きみは緊張することなんてあるの?」
「あるよ。さっきの授与式とかな」
授与式で謁見したロドリック国王陛下はすごかった。
ただそこにいるだけで、ビリビリと肌を刺すような“王の圧”がある。圧倒的な存在感だ。
国王陛下ともなると、やはり存在からして俺たちとは違う。
そのことを思い返した瞬間、先導していたカタリナさんが立ち止まり、こちらを振り向いた。
「お二人とも。今回の殿下との会食は、貴公らと殿下、そして護衛である私の四人のみで行う」
はえ? メイドさんとかは同席しないのか?
「え? そうなんですか? じゃあルナリアが給仕だな。宿屋からメイド服持ってくればよかったな」
「あんな服で、王子様にお茶をいれられるわけがないじゃないっ」
ルナリアが顔を赤くして小声で抗議する。
俺の脳裏には、全財産をつぎ込んで誂えた、胸元だけ生地がひどく薄いあのメイド服が鮮明に浮かんでいた。
「冗談だ。あの服は殿下の教育に悪い」
「アルスが買ったんじゃない…」
俺たちのやり取りを聞いていたカタリナさんが、呆れたように、しかしどこか楽しげに言う。
後ろでひとつにまとめた赤みを帯びた長い髪が、ゆるやかに揺れた。
「客人に給仕などさせるわけがないだろう。私がやる」
「そうなんですね。近衛騎士はお茶も淹れられるのか。…あれ? でも、どうしてわざわざ人払いなんてしているんですか?」
俺の素朴な疑問に、カタリナさんは柔らかく笑った。
そして、たどり着いた重厚な扉を低く二度、叩いた。
「余人がいては、殿下が『ユーリ』になれないそうだ」
なるほど、そういうことか。
俺はその言葉に小さく苦笑しつつ、カタリナさんが開け放った扉をくぐった。
重厚なドアが開いた瞬間――。
ふわふわと子供らしい柔らかな黒髪を揺らしながら、弾んだ足取りでユーリが駆け寄ってきた。
「先生! お待ちしてました! 遅いですよ!」
俺の顔を見るなり、ユーリの瞳はぱぁっと明るく輝き、無邪気な声で勢いよく喋りだす。
「お茶は何がいいですか? 紅茶がおすすめです! あ、そうだ。お菓子も自慢のものを揃えてもらったんですよ! ケーキは5種類用意しました! あとは先生がお魚が好きだと聞いたので、魚介のサンドイッチなんかも用意しています! それと…」
息継ぎも忘れたかのような、凄まじい勢いでまくしたてられて俺は完全に圧倒されていた。
…背後でドアを静かに閉めたカタリナさんが、呆れたような声でユーリをたしなめた。
「ユリウス殿下。ご指示の通り、余人は排して私どもだけにいたしましたが…。
それでは本当にただの子供ですよ。少し落ち着いてください」
近衛騎士の冷静なツッコミに、ユーリはハッとして、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「す、すいません。先生に会えたのが嬉しくて、興奮しすぎました」
こほん、とわざとらしく咳払いをして姿勢を正すものの、その顔には隠しきれない笑みが浮かんでいる。
「先生、今日はよろしくお願いします! …あ、そちらの方がルナリアさんですか?」
ユーリの視線が、俺の斜め後ろにぴったりと張り付いているルナリアへと向いた。
「…こんなにお綺麗な方が、冒険者をやってらっしゃるんですか?」
純粋な感嘆の声を漏らすユーリに、俺は苦笑しながら答える。
「落ち着けユーリ。ゆっくり喋ってくれ。…そうだ、こいつが俺たちの勇者、ルナリアだ。こう見えて、めちゃくちゃ強いぞ」
俺が紹介すると、ルナリアはドレスの裾を優雅につまみ、淑やかに礼をとった。
「勇者じゃないよ…。もう」
俺への身内向けの文句を小さくこぼした後、彼女はユーリへ向き直り、凛とした声で挨拶をする。
「お初にお目にかかります、ユリウス殿下。
アルスとパーティーを組んでいる、ルナリア・アストライアです。以後お見知りおきを…」
ユーリは、彼女の洗練された所作に少し照れたように微笑みながら答えた。
「はい、よろしくお願いします。ここは内輪の席ですから、もう少し砕けていただいて大丈夫ですよ」
ユーリは、彼女が名乗った家名にすぐに反応した。
「先生はおっしゃってませんでしたけど…アストライアということは、アストライア伯爵家の縁者の方なんですか?」
びくり、と。
瞬間、ルナリアの肩が跳ね、その背筋が不自然なほどピンと伸びた。
「い、いえ、違います。しがない商家の娘です。そのような、立派な家柄ではありません」
ルナリアは必死に作った引きつり気味の笑顔を貼り付け、少し早口でそう言い切った。
俺はユーリに席へ案内してくれと手で促しながら、彼にこっそりと耳打ちする。
「なんかこいつ、俺に貴族だってバレたくないみたいなんだよ。
察してやってくれ。…お前も街で、商家の息子のふりをしてたんだから気持ちはわかるだろ?」
俺の言葉に、ユーリは合点がいったようにポンと手を打ち、すぐに表情を切り替えた。
「そうでしたか。ルナリアさん、失礼しました。…商家の方でしたら、貴族のような礼儀は気にしないでください。
なので、これからはルナリアさんも僕のこともユーリと呼んでくださいね!」
「えと、王子をですか? わたしもですか…。え、えと、ユーリ様」
困惑するルナリアに、ユーリはさらに畳み掛ける。
こいつ、子供のくせに結構な策士だな…。
「様はいりません。 ここにいる僕は先生の教え子のユーリです。 呼び捨てでお願いします」
「ええぇぇぇ。さすがに王子様を呼び捨ては…。では、ユーリさん、では…」
「駄目です!」
「……じゃあ、ユーリ君で」
ルナリアの提案に、ユーリは少し悩む素振りを見せたが、やがて妥協したように頷いた。
「わかりました。ではそれでお願いします。さあさあ、先生もルナリアさんもこちらへどうぞ!」
俺たちのこの無礼極まりないやりとりを、壁際に立つカタリナさんは表情ひとつ変えず、完全に聞こえないふりをしてやり過ごしていた。
この人は、絶対に将来出世するだろうなと、俺は心から思った。
# A_Royal_Secret:
「それでだな。両方は避けきれないと思ったから、短剣のほうはわざと体で受けて、致命傷になる剣だけを避けたんだ」
「先生は勇敢ですね。僕ならそんな無茶な方法、思いつきもしないですよ」
「…ねえ、アルス。もしかしてきみは、わたしがいない時、いつもそんな戦い方をしてるの?」
あの誘拐事件で、ユーリが見ていなかった部分の顛末を自慢交じりに話していた。
魔法の件はユーリが箝口令を敷いてくれているので、事後処理に関わったカタリナさんを含め、近衛騎士団の限られた数人だけが、
俺の魔法のことを知っているらしい。だから、この密室では気にせずに全部話すことができた。
俺としても、あの時はかなり頑張った戦いだったので、誰かに心置きなく喋りたかったのだ。
俺の背後に立つカタリナさんも、得心がいったのか、静かに聞き入っている。
「まあ、そんな感じでグラディオの魔法で絶体絶命、いよいよこれはもうどうしようもない! と思った時に颯爽と現れたのが、我らがユリウス王子だ」
俺が大げさに持ち上げると、ユーリは少し誇らしそうに胸を張る。
「おお、かっこいい王子ですね! …でも、あの時は焦りましたよ。
雷の轟音が聞こえたので思わず階段を駆け上がったら、先生の胴体が半分ちぎれかけてましたからね。」
「……やっぱり、常にわたしが見張っていないとだね。……わたしが、きちんとしないと。……わたしのお小遣いで、鉄格子のついた牢屋とか作れるかな」
ふふ、俺たちの稼ぎは俺が管理している。
お前のお小遣い程度では牢屋は買えない。
ユーリは楽しそうに、壁際に控えるカタリナさんへと話を振る。
「どうですカタリナ、先生はすごいでしょう! 勇気あふれるお方です」
カタリナさんは壁際に控えたままだったが、主君から直接同意を求められたため、姿勢を正して真摯に答えた。
「そうですね。自身の能力の限界を正確に把握したうえで、魔法に頼り切るのではなく、ひとつの道具として使いこなす知性。
そして、自ら死線に飛び込む勇気。予想以上でした。我々近衛騎士団も、見習わなければならない精神です」
凛とした美人騎士に真っ向からべた褒めされ、俺は思わず照れて顔が上気してしまう。
ふと脇を見ると、ルナリアがカタリナさんをひどく警戒した目で見ている。
なんでこいつは、カタリナさんを相手にすると威嚇する猫になるんだ。
今にも「シャーッ」とか鳴きそう。
ユーリは、ルナリアのそんな態度を、まったく気に留めていないらしく、無邪気に問いかけた。
「そういえば、ルナリアさんは、先生とパーティーを組んで長いのですか?」
ルナリアは、王子殿下に真正面から話を振られ、わずかに肩を揺らした。
張り詰めていた空気を、ふっと息とともに吐き出す。
ひとつ瞬きをして、少し懐かしむような穏やかな声で返答した。
「ええとね、パーティーは冒険者養成学校の途中から組んでたかな。うん、たぶん今のユーリ君と同じ年くらいだったと思うよ」
ああ、懐かしいな。
養成学校の三年目からは、ほとんどの実技や座学をこいつと一緒にやっていたっけ。
「実際には、今のユーリよりもう少し上の年齢だったかな」
俺が横からそう補足すると、ユーリはぱぁっと目を輝かせた。
「先生たちの、その頃のお話が聞きたいです!」
王子の純粋なリクエストに、ルナリアは待ってましたとばかりに、花が咲いたような笑みを浮かべる。
自分の大好きなものを、誰にも遠慮することなく自慢できる喜びが溢れていた。
「えへへ、任せて! わたし、アルスとの冒険は一番最初からぜんぶ、しーっかり完璧に覚えてるからね!」
ルナリアは話し始めた。
――それからしばらく、彼女の語りは止まらなかった。
気がつけば、ユーリは身を乗り出し、すっかり話に引き込まれている。
「それでね。アルスがわたしに言ったんだよ。『ルナリア、心配するな。俺に任せておけ。お前の全てを預け、俺のために剣を振るえ』って」
「先生は育成学校のころから、ありあまる知性で困難を解決していたのですね!」
「そうなんだよ。本当にすごいよね。それでね、わたしが判断を間違えて魔物にやられそうになったときも、アルスがすっと前に出てきてこう言ったんだ。『俺が時間を稼ぐ。ルナリアには傷一つ、つけさせはしない』って…。あの背中、すごく格好良かったなぁ」
「知性だけでなく、大事な仲間を守る勇気まで…。僕と同い年でもう、そんな精神を持っていらっしゃったんですね…」
目を輝かせるユーリに、ルナリアは嬉々として語り続ける。
その口から語られるのは、今のユーリと同じ年頃でありながら、戦場を駆け巡り、知性と勇気にあふれ、常に冷静沈着な完璧超人だ。
……アルスさんって人は凄いね。
俺は鱈らしき白身魚のフライが挟まったサンドイッチを、もぐもぐと咀嚼しながら二人の弾むような会話を聞いていた。
王城の厨房で作られただけあって、魚のふっくらとした身もタルタルソースの酸味も完璧だ。
…そうだ。サンドイッチの美味さに気を取られていた。
忘れないうちに本題を聞いておかないと。
二人の話が途切れるタイミングを待つ。
ユーリが少し興奮して話しすぎて疲れたのか、紅茶を飲み小休止している。
「なあ、ユーリ。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「どうしました? 何でも聞いてください!」
俺はどう話したものかと少し迷う。最初から話すべきか。
「笑われるかもしれないけど…少し前から俺、女神リゼット様の夢を見るんだよ」
口に出してみると、我ながら恥ずかしくなる。言ってることは「女神様のお告げがある」と変わりない。
そう思ってちらっとユーリの顔を見ると、彼は笑うことはせず、真剣な目つきになっていた。
「先生が、女神様の夢を、ですか……? 笑いません。続けてください」
ユーリのその真摯な態度に、俺は少し安堵して言葉を続ける。
自分が定期的に女神リゼット様の夢を見ること。
夢の中で女神様に『世界樹を目指せ』と言われていること。
回数があまりにも多く、放っておけなくなったこと。
手がかりを求めて王立図書館を目指していたこと。
「でも、正直図書館にある書籍じゃ、なにも進展しなくてさ。
かなりの量を読み漁ったんだが、今のところ完全に手詰まりなんだ」
俺の言葉を聞き終えると、ユーリは俺から視線を外し、手元のカップの水面をじっと見つめた。
そして再び視線を俺に戻すと、子供らしい笑顔でにっこり笑った。
「先生、やっぱり勇者様なんじゃないですか?」
「うんうん。アルスなら、勇者でもおかしくないよね」
隣でルナリアが、我が意を得たりとばかりに力強く頷いている。
俺は苦笑し、両手をひらひらと振った。
「よせよせ。まあ勇者云々はどうでもいいんだ。
何か打開策になる情報を、王族であるユーリが知っていないかと思ってさ」
俺の問いに、ユーリは少しだけ思案するように顎に手を当てる。
「茶化したわけではありませんよ。……うーん、世界樹へ至る道、ですか。神話の本はどれくらい読まれましたか?」
「ああ、魔王が出てくるポピュラーなやつと、あとは古文書を何冊か。
月に関する表現が多かったかな。でも、具体的な場所や道のりを示すような意義のある情報はなかった」
俺の答えを聞いたユーリは、壁際に立つカタリナの方に少し視線を向け、…再び俺へと向き直る。
「王家には、代々秘密裏に伝わっている神話があります。おそらく、王立図書館の本より、ずっと史実に近いものです。」
ユーリの声が、一段低くなった。
「まず、これをお話しします。……カタリナ、人影はありませんね?」
水を向けられたカタリナさんが、ほんの少しだけ渋い顔をしながら答える。
「はい。通路の奥にて別の近衛が歩哨に立っており、二重に警戒しております。
……あの、殿下。この部屋にいる以上、私にも聞こえるのですが」
しかし、ユーリは真っ直ぐな瞳でカタリナさんを見つめ返す。
「僕はカタリナを信用しています。ですので問題ありません」
カタリナさんはユーリの真っ直ぐな目を見て、口から出かけていた言葉を飲み込んだ。
ユーリ、多分カタリナさんは巻き込まれたくないだけだぞ。
内心で謝罪しつつ、神話の続きを促すようにユーリへ向き直った。
# COORDINATE 0011 END




