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[COORDINATE 0001] Boy Meets Girl


 ある日、天を突く大樹の下で、銀色の髪をした美しい少女が言った。


「魂は座標なんです。命は、星空の彼方からそこへ舞い降りる奇跡ですよ」



# End_of_Infinity:


* * *


 無数の星が煌めく、とても綺麗で寂しい、そんな深い闇の中。


 理想の少女が、そこにいた。


 青い瞳が、俺の心の奥底まで捉えて離さない。

 星の光を透かしてきらめく銀色の髪は、足元まで流れ、星空に揺蕩っていた。


 美しさそのものを体現した相貌は、まるで女神のようだ。

 それほどの存在なのに、なぜか俺は酷く懐かしいと思ってしまった。


「お兄ちゃん、世界樹を目指して」


 今にも泣き出しそうな表情で、少女は言った。


* * *


「リゼット!」


 俺は、無意識に叫んで飛び起きた。


 意識がまだ覚醒しきらないまま、視線を上げた。

 見慣れた安宿の部屋が目に入ってくる。


 強い郷愁を感じて、俺は自分の胸を押さえた。

 寝起きだからだろう、どうしようもなく喉が渇いていた。


「わっ! びっくりした。おはよう、アルス。……寝ぼけちゃってるの? もうお昼前だよ」


 声のした方へ顔を向けると、目鼻立ちの整った美しい少女が俺を見つめていた。


 窓から差し込む陽光が、毛先のウェーブがかった金糸の髪をきらきらと照らしている。

 彼女の長い睫毛に縁取られた赤い瞳は、煌めく宝石のようだ。

 そんな彼女を見て、俺のざわついていた気持ちがすっと落ち着くのを感じる。


「おはよう、ルナリア」


――彼女はルナリア・アストライア。


 二人しかいないこのパーティーの相棒だ。


 彼女は自分の愛剣の整備をしていたようだった。

 その銀色の剣を鞘へしまうと、立ち上がり、棚の器から木製の杯へ水を注いだ。


 ルナリアのその動作に合わせて、セミロングの髪が肩からさらりとこぼれ落ちた。

 彼女の胸の豊かなふくらみが、水を注ぐために伸ばした腕に押されて、むにゅりと窮屈そうに形を変える。

 薄手の濃紺のバトルドレスは、胸元がぱつんと張り詰めていて輪郭を隠せていない。


 彼女は、ぷるんと潤った唇を開いて俺に声をかけた。


「はい、どうぞ。アルス、すごい汗だよ。変な夢でも見たの? 女神様の名前なんて叫んじゃって」

「ありがとう。……変な夢、かな? 星空の中で可愛い女の子とデートしてた」


 俺はルナリアから木杯を受け取って一気に飲み干した。

 ルナリアはくすりと笑って、親愛を宿した赤い瞳で俺を見つめる。


「あはは。能天気だねえ。……きみは養成学校の頃から全然変わらないね」


 ルナリアは、俺の寝ているベッドの端に腰掛けた。

 すぐ側にいる彼女の石鹸の匂いが、俺の鼻腔をくすぐる。


 ……なんで、こいつはこんなに無防備なんだ。


 俺の視線を引き寄せる彼女の胸から、目を逸らす。

 それから、さっき見ていた夢の内容を改めて考えた。


(そうか……、あの女の子は女神様か)


 リゼット様は、世界樹にいるとされる女神様だ。

 彼女は世界中に祝福を与え、人々を守り続けてくれているらしい。


 気軽にデートするような相手ではない。


「女神様とデートするためには、世界樹に行かなきゃだね。次の目的地はそうする?」

「二人だけで、大森林を越えて? いくらお前が強くても無理だ」


 魔族や上位魔物が跋扈する『大森林』は、人類を拒絶する危険な場所だ。


 大昔は魔物も少なく、熱心な巡礼者などが訪れていたらしい。

 だが、今の大森林は魔物で溢れかえり、魔王が世界樹を占拠しているとの噂まである。その恐ろしさから、魔界とも呼ばれるほどだ。


 女神リゼット様がいるという『世界樹』は、そんな大森林の奥地にある。

 とても俺のような普通の冒険者が行ける所ではない。


 だというのに、あの星空の少女は、俺に世界樹を目指せと言っていた気がする。


(……これはあれか? あのおっぱいの大きい女神様が、俺を勇者として見出したか?)


「ルナリア、もしかしたら俺は伝説の勇者かもしれない。回復魔法と支援魔法しか使えない、神官系勇者の誕生だ」


 もちろん、俺は冗談で言ったつもりだった。


 けれど、ルナリアは俺の言葉を笑わなかった。

 真っ直ぐな屈託のない笑顔を浮かべ、俺の目を正面から見つめ返す。


「きみなら、勇者でも英雄でもなんにでもなれるよ。そしたら、わたしは勇者パーティーの魔法剣士だね」


 俺を捉えるルナリアの赤い瞳は、親愛と慈愛を宿している。

 その奥底に確かに存在する、どろどろとした熱は、今の彼女からは感じられない。


 にこやかな笑顔は、美しい少女のものでしかなかった。


「でも……まずは明日のご飯代を稼がないと。今日は依頼を受けるんでしょ?」


 そう口にしたルナリアは、立ち上がる。


 腰に佩いた、清廉な意匠が施された銀の直剣が、彼女の動きに合わせてかちゃりと小さな金属音を鳴らした。


「そうだな。蓄えも少なくなってきた」


 俺も軽口を叩くのをやめ、出かける支度を始める。

 黒の神官服を外套のように肩に流し、腰帯へ日本刀を差した。

 神官服の長い裾の切れ目から、鞘を後ろへ通した。


「ルナリアの食費は通常の三倍だからな。いっぱい稼がないと」


 未来の勇者パーティーも今はしがないB級冒険者だ。生きていくために、まずは日銭を稼がないといけない。


「ちょっとやめてよ。そこまでじゃないよ! きみが少食なだけだよ!」


 軽口を叩き合いながら宿を出る俺たちを、春の太陽が照らす。

 その眩い陽光に俺は目を細めた。



# Lunaria_Astraea:


 俺とルナリアは、革靴の音を立てながら中央通りを歩いていた。

 街の喧騒を感じながら、二人で冒険者ギルドへ向かう。


 ルナリアが無防備に身体を寄せ、赤い瞳で俺のことを見つめてくる。

 彼女の華奢な腕が触れ、石鹸の甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


「アルス、どんな依頼を受けるの? きみが指差した場所なら、わたしはどこへだって切り込んでいくからね」


 ルナリアの、俺に対する距離感は独特だ。

 えっちな誘惑をするわけではないし、異性として好意を伝えてくるわけでもない。

 ただ、ひたすら近い。


(昔は、警戒していたもんだが。こいつは無意識なんだよなあ)


 数年の付き合いで、ルナリアに他意がないことが分かっている。

 そもそも、ルナリアは柔らかくていい匂いなので、俺にとっては嬉しいだけだ。


 なので、俺はときおり触れる彼女の身体を特に気にせず、普通に答えた。


「頼りにしてるよ。迷宮探索以外にしよう。こないだはきつかった。やっぱり、迷宮は探索技能が必須だな」


 ルナリアはころころ笑いながら俺に答えた。


「あはは、確かにね。罠のせいで、迷子になっちゃったもん。じゃあ、護衛か討伐だね」

「そうだな」


 俺は頭の後ろで手を組みながら、ルナリアの横顔へ視線を向けた。


 肩より少し長いくらいの金糸の髪は、俺と同じ石鹸を使っているはずなのに、信じられないくらい艶やかだ。

 星を宿す赤い瞳は、深紅の宝石を溶かして澄ませたように、きらきらと輝いている。

 目鼻立ちは神がかり的に整っていて、なめらかな白い肌は、健康的な美しさを感じさせた。


 さらに、俺は視線を下へ落とす。


 華奢な身体の一部だけが、とても豊満だ。柔らかな胸元のふくらみが、上下に揺れて存在感を主張していた。

 下着をつけていないせいか、薄手の濃紺のバトルドレス越しに、身体の起伏まで生々しく伝わってくる。


「護衛仕事は駄目だ。俺たちには向いてないと思うよ。討伐がいいな。一気に稼げるやつ」


(護衛なんか受けたら、隊を組んだ男に俺が刺されるわ)


 女ならルナリアが刺されるだろう。……いや、こいつに短剣なんか刺さらないが。


 ルナリアが、こてんと小首をかしげた。

 金糸の髪がふわりと揺れた。


「なんで? うーん、でもアルスがそう言うなら、護衛はやめておこうか。理由はよくわからないけど、きみが向いてないって言うなら、きっとそうなんだろうしね」


 春風が、さあっと吹いた。


 ルナリアのウェーブがかった金糸の髪が、ふわりと流れた。

 彼女はそれを白く華奢な手で押さえながら、楽しげな笑みを浮かべた。


「討伐ならギルドで一番強そうなやつを探そうよ。一気に稼いで、夜はおいしいもの食べよう? きみが後ろで支えてくれるなら、わたし、どんな魔物相手でも負ける気がしないんだ」


 ルナリアはそう言って、赤い瞳を俺へ向けたまま、誇らしげに胸を張った。

 その動作のせいで、濃紺の布地がぱつんと張り、胸元の大きく柔らかな曲線がくっきりと浮き上がる。


 俺はちらちらとそれを見ながら、ふと思った。こいつの食事量はあそこへ消えているんだな。


「今日中に宿代と、お前の三倍の食費を稼ぎ出すぞ」

「だから、三倍じゃないってば!」


 美しい相棒とじゃれ合うように雑談しながら歩く。


 しばらくして、冒険者ギルドへたどり着いた。


 古ぼけた石造りの大きな建物には、立派な木製の看板が掲げられている。

 看板だけは奮発したらしい。

 木材はかなり高価なのだ。


――冒険者ギルド、フリージア支部。


 日々の糧を戦いと冒険で稼ぐ、戦士たちが集う場所。

 俺とルナリアは気負うことなく、慣れた足取りでその扉をくぐった。


* * *


 わたしは、これからの冒険を想像して、少しだけ瞳を輝かせる。


 きみの指示なら間違いない。

 きみが指差す敵を、わたしがなぎ倒す。


 きみとなら、どんな冒険だって必ず成功するって本気で思ってる。


――そしていつか。


 きみの言葉で、わたし自身を縛り付けてほしい。


 貞操も、自分の価値も、命の使い道すらも、すべてをアルスに委ねてしまいたい。

 そんな自分の魂の声を感じていた。


 けれど、その熱を表に出さない程度の理性は、まだわたしの中に残っていた。

 だからわたしは、何も知らない少女のように微笑んだ。


* * *



# COORDINATE 0001 END

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