第四帖「縹色の決意」
「縹色」は、古くから日本人に愛されてきた、深く、純粋な青。藍染めの中では中くらいの濃さを指し、空の色とも、深い海の色ともつかない、どこか凛とした潔さを感じさせる色です。
数日降り続いた雨が嘘のように上がり、湖畔には洗いたての青空が広がりました。
濡れた柳の葉が陽光を弾き、湖面は空の色をそのまま映して、どこまでも深い青に染まっています。
そんな眩しい昼下がりにやってきたのは、真っ白なシャツを腕まくりした、一人の若い船大工の男でした。
「藍さん、僕に『濁りのない青』をください。新しい船の進水式で、帆の先に結ぶリボンを染めてほしいんです」
彼は、師匠から受け継いだ古い造船所を一人で切り盛りし、ようやく自分の設計した初めての小舟を完成させたばかりでした。けれど、その表情には喜びだけでなく、荒波へ漕ぎ出すことへの、隠しきれない不安が混ざっていました。
「僕の作る船が、本当に誰かを守り、どこかへ運ぶことができるのか。この青い湖を見ていると、自分の小ささに足がすくみそうになるんです」
藍さんはにっこり笑って、窓から見える湖の最も深い場所を指差しました。
「あそこの色をご覧ください。あれが縹色です。薄くも濃くもない、藍本来の強さを持った色。この色は、迷いを取り払い、進むべき道を指し示す『指針』の色とも言われているのですよ」
藍さんは、工房の奥から最高級の絹の帯状の布を取り出し、何度も何度も藍の瓶に浸しました。
空気に触れるたびに、布は魔法のように、緑から鮮やかな青へと変わっていきます。染め上がった縹色のリボンは、太陽の下で見ると、まるで湖の水をそのまま切り取ったかのように、透き通った強さを放っていました。
彼がその布を手に取ると、耳元で「帆を張れ」という風の声が聞こえた気がしました。同時に、彼の心の中にあった「自分への疑い」という濁りが、この青によって濾過されていくような不思議な感覚に包まれました。
「なんて、真っ直ぐな青だ……」
「縹色は、古来より多くの人が身につけてきた、信頼の色でもあります。この色が、あなたの船と、あなたの腕を信じてくれますよ。きっと、大丈夫です」
青年は、縹色のリボンを大切そうに握りしめ、力強く頷きました。
「はい。この色と一緒に、僕も、僕の船も、新しい世界へ踏み出してみます」
彼が去ったあと、湖には一艘の小さな舟が浮かんでいました。
マストの先で、縹色のリボンが誇らしげに風をはらみ、キラキラと輝く波を切って進んでいきます。
藍さんはその光景を眩しそうに眺めながら、自分自身の指先に残った藍の色をそっと見つめました。
「迷いがあるからこそ、青はこんなにも深く、美しく染まるのですね」
さらさらと湖畔を渡る風が夏の色を帯び、軒先の暖簾を揺らしました。
縹色
特徴: 純粋な藍染めの色。平安時代には官位を表す色としても用いられた、格式高くも親しみのある青。
象徴: 誠実、決意、清廉、広い世界への希望。




