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スピカ  作者: 白苺
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第六話「逆鱗」

パオニェッロとの生活は穏やかなものでした。パオニェッロは私のことを坊やと呼び、毎日楽しそうにしています。


パオニェッロの仕事が休みの日は、決まって彼女が所有する広い庭園を歩きました。彼女の部屋でボードゲームをしたり、一緒に絵を描いたりすることもありますが、彼女がこの庭園を気に入っているため、ほとんどの時間をここで過ごします。


温室のような広大な空間には、形も色彩も美しい地球では見たことのない植物が咲き乱れていました。


「この子はね、一晩で色が四回変わるのよ。素敵でしょう?」


パオニェッロに手を引かれ植物の話を聞いていると、遠くに桜に似た淡い色をした花を見つけました。


それを見つめていたら、パオニェッロが私の視線に気づき「あれが気になるのね」と言って、そこまで連れていってくれました。


近くでよく観察すると、花弁の形は桜によく似ていました。しかし、それは木ではなく、薔薇の花枝のように棘のある茎に咲いています。


「これは咲いたまま数ヶ月も散らないの。香りもいいのよ」


そう言ってパオニェッロは花びらをそっと撫で、顔を近づけました。私も香りを嗅いでみると、花特有のものではなく、ほのかに甘い砂糖菓子のような匂いがしました。


また、私の食欲があまり無いことから、食卓に並ぶ料理が、肉やサラダといったしっかりしたものから、粥やパン、フルーツなど、食べやすいものへと変わっていきました。


中には異形たちが食べる料理もありましたが、どれも味が美味しいものばかりで、なんとか食べることが出来ています。


パオニェッロは、私が食べられそうな食材を使用人たちに調べさせ、味の濃さや温度にも気を使い、何度もやり直しを命じているようでした。


毎回工夫された食事が出てくるので、少しだけ使用人たちに申し訳なさを感じます。


その日も一口サイズにカットされた様々な果実が並びました。どれも見たことがない鮮やかな色をしていましたが、爽やかな匂いがして、わずかに食欲をそそりました。


「それは地球のリンゴというものに似ているんですって。舌に酸味を感じるの、好きでしょう?」


私が緑色の果実にフォークを刺すと、パオニェッロが嬉しそうに説明しました。食べてみると、確かにりんごの味に似ていて美味しいものでした。


ある時は、壁一面に沢山の絵画が飾られた部屋にも案内されました。


そこには、異形サイズの大きなライフルやハンドガンも壁に掛けられており、パオニェッロはその中から一つを手に取って、私によく見えるように目の前に持ってきました。


「地球に行った時に知ったの。これが可愛くて、作らせたんだけど……坊やはあまり好きじゃないのね」


嬉々として弾をこめるパオニェッロの姿に、私は思わず顔を強張らせました。それに気付いたパオニェッロが、少し残念そうにしていましたが、すぐに銃を置いて部屋を出ました。それ以来、私はその部屋に入っていません。


寝る前になると、パオニェッロはよく、彼女が小さい頃に読んでいたという童話や詩集を私に読み聞かせをしてきました。


「坊やはこの王様のこと、どう思う?」

「……分かりません」

「そう……小さい私はこの王様が嫌だったんだけど、今はちょっと気持ちが分かるの」


そんな風に、物語の登場人物について語りながらページをめくるパオニェッロは、時折、子供をあやすように私の髪に指を通して撫でてきました。


その他にも、広い厨房で一緒に料理をしたり、映画を観たりして日々を過ごしました。


外へ出ることは許されませんでしたが、私が窮屈に感じないよう、廊下や他の部屋へは自由に行き来できるようにしてくれました。


……しかし、ある夜のことです。


ふと目が覚め、喉の渇きを覚えたので、私は廊下に出てキッチンへ向かいました。使用人を呼んで飲み物を持ってきてもらうことも考えましたが、ちょっと飲みたいだけなので、それだけで呼ぶのは気が引けました。


すると突然、ガラスが割れるような音と、映画などでよく聞いた銃声のような音が響いてきました。


開いているドアがあったので、そっと隙間から中を覗くと、あの絵画と銃器が飾られている部屋でした。


その部屋の床に、使用人が一体倒れているのが見えました。


「ミスを繰り返すのは、学習能力がないってことよ。ねぇ、そうでしょ?」


パオニェッロの声が聞こえたかと思えば、彼女がグラスとリボルバーを手にしている姿が見えました。そして、倒れている使用人の腹をヒールで踏みつけて、壁に向かって引き金を引きました。


何度も何度も間髪入れず撃ち、銃声が響きます。弾がなくなれば補充して、また撃ち始めます。


「誰にも盗らせない」


「前のようにはさせない」


「あの子の目を思い出すの、思い出すのっ、思い出すのよッ」


いくつもの銃声と、ドスっと鈍い音……その混乱から逃れるように私は走ってその場を離れ、自室に飛び込みました。


翌朝、何事もなかったかのようにパオニェッロは部屋に入ってきました。


「おはよう、坊や。今日はお休みのはずだったんだけど、急な仕事が入ったの。ごめんなさい。でも今夜は、坊やの好きな話を読んであげるわ」


その声は、昨夜の銃声の主とは思えないほど優しいものでした。それからと言うもの、あの使用人の姿を見ていません。


いつ私に矛先が向くのか分からず、不安な日々が続きました。そして、年に二度の健康診断の日がついにやって来ました。


部屋のドアが開けられ、使用人が一礼し、いつものように丁寧に着替えさせられ、柔らかいガウンを羽織らされます。


彼女たちに運ばれて部屋の外へ出て、長い廊下を渡り、船に乗り、見覚えのある研究所の診察室へやってきました。


その中に、スピカが居ました。


「……やあ、少し痩せたね」


久しぶりに聞く低く落ち着いた声に、私の体が少しだけ軽くなりました。


「座ってくれ。血液を取る」


指示されるままベッドに腰掛け、腕を差し出します。


「今日はスピカしか居ないんだな」


血液を採取され、次にレントゲンを。


「皆今日は忙しいらしい……うん、なにも問題はないね。パオニェッロに、酷いことはされてはいないか?」


モニターを見ながら何気なく言われて、一瞬言葉に詰まります。しかし、すぐに「良くしてもらっている」と答えました。


「料理は美味しいし、部屋も広くて綺麗だよ。使用人達も優しいから、言う事なしかな」

「それは結構だ」


私は何故だか、スピカに心配をかけさせたくないと思い、パオニェッロ達の良いところを口にしました。あのリボルバーと倒れた使用人の記憶を、意識的に遠ざけて。


するとスピカが、机の上から薄い冊子を一つ取り出して私に渡してきました。


表紙には日本語で「ことばあそび」と書かれており、表紙は古びていて、少しざらついていました。


「最近、店に並び始めたんだ。漫画が無いのは残念だよ。君に読んでもらおうと思ったのに……また何かあったら、買ってくるよ」

「ありがとう……」


冊子を見て涙ぐむ私の肩に触手を置いて、スピカは静かにそう言ってくれました。


その日から、私は少しずつ食欲を取り戻していきました。パオニェッロの裏の顔から目を逸らし、彼女の愛情を受け取りました。就寝前のお話も気軽に聞けるようになったと思います。


パオニェッロも元気になってくれて嬉しいと喜び、少しずつ順調に行っているように思えましたが、今日はいつもと空気が違いました。


仕事が遅くなったのか、パオニェッロが中々部屋に来ません。先に食堂で待っていようかと思っていると、廊下から何かが荒々しくぶつかる音が響いてきました。


ドアに目を向けると、その音と共に使用人たちの足音が慌ただしく走っていくのが聞こえます。こんなことは初めてです。


ガチャリとドアノブが回って、静かにドアが開きました。


そこに立っていたのはパオニェッロでしたが、彼女のドレスに黒い染みが広がっており、顔や腕にまでそれが飛び散っていました。


「ただいま、坊や」


いつもの穏やかな声が私に微笑みます。


「ちょっと汚れちゃったの……これからお風呂に入るんだけど、坊やも一緒にどうかと思って」


そう言って伸ばされる手を、私は反射的に避けてしまいました。


パオニェッロの手が止まりました。沈黙が続きましたが、やがてパオニェッロが口を開きました。


「……どうして、逃げるの?」


あまりにもか細く悲しい声に私はハッとして「パオニェッロ様」と声をかけると、次の瞬間、彼女の大きな手が私の首を掴みました。


「私がこんなに、こんなに、あなたのことを考えているのに」


ギリギリと締め付けられて息ができず、首が鋭く痛みます。逃れようと指を掴みましたが、爪が虚しく彼女の肌を引っ掻くだけで、びくともしません。


いつの間にか持ち上がっていた体が床に叩きつけられます。全身に痛みが走りますが、それよりも、私を見下ろすパオニェッロの顔のグロテスクさに、恐怖を煽ります。


「あなたの食べられるものを探してっ」


「あなたが退屈しないように本を読んであげてっ」


「あなたの健康のために庭を歩いてっ!」


何度も踏みつけられ、尖った靴先で腹や胸を蹴られます。体を丸めることしか出来ませんでしたが、痛みからか、途中で腕が言う事を聞かなくなりました。


「なのに、避けるの? あなたも私が嫌いなのッ?」


目の前に迫ってきたヒールの先が私の肩を突き刺さったところで、視界が暗くなっていき、私は意識を手放しました。


「あ……ああっ! 坊やっ、私の坊やッ!」


最後に聞いたのは、パオニェッロの叫びでした。


………

……


重い瞼を開けると、目に飛び込んできたのは眩しい光でした。


全身が宙に浮いているようなふわふわとした浮遊感の中、ぼんやりとしていると、スピカの無機質な顔が現れて、光を遮りました。


「目が覚めたか、痛みは?」


痛み……それを聞いてパオニェッロにされたことを思い出してきましたが、痛みはありません。それを言うと、スピカは安堵したようなため息を吐きました。


「生きていて良かった、奇跡だよ。これから手術をするから、眠っていてくれ」

「手術?」

「すまない、こんなことになってしまって。しかし、君を生かすにはこれしか方法が無い。まだ人間の内臓や肉を作る技術は我々には無いんだ」

「何を言って……?」


スピカが何を言っているのか理解できず、眠気を押し殺して聞き返すと、彼は私の体を改造すると、捲し立てるように言いました。


「君の体はもう使い物にならない。このままだと命が持たないから、新しい体を急いで用意した。今のかなり小さい姿にはなるが、安心して欲しい。必ず成功させる」


スピカの言葉に、私は必死に首を横に振りました。


「嫌だ、人間じゃなくなるなら、このまま死にたい」

「何を言うんだ。君の家族を一人見つけたんだよ。君は生きて会うんだ」

「そんなことするな。頼むから……君なら、分かるだろ」


眠気の波に抗えず、私はまた意識を手放しました。


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