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スピカ  作者: 白苺
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第四話「歪んだ夜」

あの日から、私はスピカと夕食後や休日のたびに外へ出かけるようになりました。スピカが研究所に居る間は、私一人でこの近辺を探そうと考えていたのですが、それだと脱走か迷子だと見なされ、警察が来るらしいので、断念しました。


首輪をつけられることは無くなり、私が部屋の掃除をしなくても何も言われません。スマホも返してもらえましたが、やはり圏外なので、使っていません。


放っておくとそのうちバッテリー切れになるのですが、そうなると、スピカが毎回研究所へ持っていき、充電をしてきます。


「使わないから、充電しなくて良い」

「それじゃあ、しばらく貸してくれないか」

「……良いよ」


スマホを大事そうに持って聞いてきたので、特に何も考えず頷いたのですが、それからスピカは、就寝前に写真アプリに入っている動物について質問をしてきたり、漫画の翻訳を頼んでくるようになりました。


「この動物の名前は?昨日の漫画に出てきたタヌキに似ているが、模様と尻尾の長さが違う」

「そうだよ。この子はアライグマ」

「アライグマ?熊なのか?」


スピカはいつも興味津々といった声の調子で聞いてきます。いつもより少し早口で質問をしてくるので、少し幼く見えました。


あの奇妙な検診についても聞いてみました。食事から栄養を取れているか、薬の副作用はないか調べるための健康診断だとスピカは淡々と言っていましたが、ただの健康診断に、あれほど異形たちが注目するのでしょうか……考えると恐ろしくなり、それ以上は聞けませんでした。


今日はスピカが昼から休みを取ったというので、別のフロアを探しに行こうという話になりました。


「船に乗って行く」


スピカについていくと、フロアの端、ガラスの塀に沿って歩いていくと、ATMのような機械の前で立ち止まりました。


スピカが機械のボタンを押していき、しばらくすると、空中に一機の乗り物が飛んできました。車に少し似ていますが、車輪はありません。私達の前に降り立つと、ガラスの塀が一部だけ消えてなくなり、ドアが開きました。


中にはL字のソファーと操作パネルがあるだけで、運転手は居ませんでした。


スピカがパネルを操作すると、乗り物は静かに動き出しました。窓の外を眺めると、車体は空中を滑るように走り、下へ下へと下降していきます。幾重にも重なったフロアが眼下に広がり、その間を異形が行き交っていました。


人間も歩いていたので、彼らの顔を注意深く見ようと目を凝らしてみましたが、船の速度が速くて顔を読み取れません。何故すぐ下や上のフロアにしなかったのか聞こうとすると、先にスピカが話し始めました。


「君達が暮らしていた地球にも、これと似たような船はあった?」

「こんな風に空中を走る船は無かったな。見た目は車に似ているけど、空中じゃなくて道を走るんだ。あと、こんな風に席だけじゃなくて、前には運転手が居るんだよ」

「運転手が?それに、車とは?」


人の顔を追うのを止めて、スピカに向き直ります。私が説明すると、スピカが前に乗り出して質問をしてきます。しかし、私は車の知識をそれほど持っていません。


ずっと投げかけられる質問に答えていきましたが、内部の構造について細かな説明を求められてしまい困っていると、丁度そこで船が目的地に着いたようです。


私たちは、イチョウのような葉を持つ植物が並ぶ広場に降りました。


まるで地球の公園を切り取って、そのまま貼り付けたかのような空間です。太陽のようなあの光がここでも降り注いで大変気持ちが良く、ベンチやちょっと変わった色と形の噴水まであります。


広場の隅に、大きな電子パネルが立っているのが見えました。近づき掲示板のようになっているのでしょうか、まだら模様がある四つ目の異形や、簡単に描かれた星のような頭をした異形の写真が並んでいます。


「これは行方不明者のパネルだ。君の探している人達もここに載るようにしてある」


スピカの言葉に、パネルをマジマジと見つめました。時間経過で変わる仕様らしく、先ほどの写真が消えて、また違う異形の写真に切り替わりました。


とりあえず、この公園に居る人達を調べてから……と、考えていると、スピカが近くの売店へ行こうと触手を伸ばしました。青い屋根が目立つ小さな店です。スピカがそこでパンに似たものを買い、私に差し出してきました。


「同僚の所にいる人間がこれを美味しいと言っていたらしくてね。君たちが口にしても問題ないものだから、食べてごらん」


今はそんなことをしている場合じゃないと言いかけましたが、スピカは私の気持ちを察したように続けます。


「もう昼食の時間だ。それに、息抜きをしないと体に毒だよ」


そう言われて、仕方なく食べることにしました。


見た目は確かに美味しそうですが……少しだけかじると、甘酸っぱい紅茶の香りがふわりと広がりました。母がよく飲んでいたアプリコットティーに似ています。


ふわふわの柔らかな食感で、味はほどよい甘さのスコーンそのもの。久しぶりに食べる、とても美味しいものでした。


近くのベンチに座って、二口目を食べながら周りを見渡します。人々の様子を見ていると、ここには首輪をつけられている人は居ませんでした。


近くのベンチでは、体の輪郭がはっきりと見えない幽霊のような異形と何か話をしてくすりと笑う人も居れば


御伽話に出てくるような、顔がある木に手足が生えた異形が、柔らかそうな毛布で人を包み、そっと歩いている姿も目に入りました。その顔は安らかで、口を開けて眠っています。


マンモスに似た異形が老人の手を握って、一緒にゆっくり歩いている姿も見かけました。


私たちが居るフロアでは、誰もが首輪をつけられて、ほとんどが暗い表情をしています。中には気楽そうにしている人も居ましたが、最近は見ていません。


久しぶりに感じるのんびりとした空気に、息を深く吸いました。すると、向こうの方からこちらへ走ってくる子供が見えて、私はハッとしました。


全ての人間がここに居るのなら、当然子供だって居ます。あの子も私と同じように誰かを探しているのか、人の顔を見ては走るのを繰り返しています。


その時、子供が転びました。擦りむいてしまったようで、座って傷口を見ています。


駆け寄ろうと立ち上がると、スピカがその子の元へ飛んでいきました。


そして、全身がふわふわの毛で覆われて、長い耳のようなものを4つ垂らした、つぶらな瞳の異形も、短い足を忙しなく動かしながら子供に駆け寄りました。


私が呆然として見ていると、ふわふわの異形がバッグから取り出したものをスピカが確認し、傷口に吹きかけました。どうやら消毒液のようです。続けて、ふわふわの異形……ふわふわが絆創膏のようなものを貼ると、子供は走り出しました。


それをふわふわが懸命に追いかけて、子供に抱きつきますが、ふわふわの短い腕をすり抜けて走り続けます。


スピカがふわふわに何か話しかけているようですが、ふわふわは子供のことが気になるようです。しかし、何か思いついたようにスピカに集中し、その後小さなパネルを出現させると、何かを打ち込み始めました。


「すまない、離れてしまって」

「いいよ」


スピカが戻ってきて、私の隣に座ります。


「あれは最近、さっきの子と暮らし始めたらしい。外に出たがるからここに連れてきたようだ。あの子も誰かを探しているんだろうね。あの子を知る人に届くよう、掲示板に写真を載せるよう勧めたよ」

「そう、か……」


複雑な気持ちが胸をよぎります。その瞬間、スピカの前にパネルが出てきて、さっきのふわふわが持っていた消毒液に似た物が映し出されました。


「君が転んだ時のことを考えていなかった。用意しておかないと」

「いや、転ばないから大丈夫だよ」

「そんなのわからないだろう。ああ、そうだ。さっきの消毒液は人間にも大丈夫だったが、他の製品は合わないかもしれない。それも探してみんなに注意喚起を…」


スピカの声が途切れました。


次から次へと製品を見ては何やらメモを取っているスピカの姿と、このフロアの異形と人間の関係を見て、ここに皆が居てくれたら良いのにと、願ってしまいました。


「……君の家族は必ず見つける。勿論、友人も」


静かに、スピカが呟きました。スピカを見るとこちらを頭を向けているようでしたが、またすぐに作業に戻りました。


その後はフロアを歩き回りまわり、聞き込みをしました。だんだん異形と人間の姿が少なくなってきて、スピカももう遅い時間だと言うので、今日のところは引き上げることになりました。


元のフロアに戻り、私たちの部屋まで歩いていると、開いているドアが目に入りました。何気なく中を覗いた瞬間、足が止まりました。


悪趣味なただの人形だとはじめは思いました。


溢れんばかりの脂肪が床に雪崩れて、亀裂の入った皮膚から肉が覗いています。手足がないので、形が三角のスライムのような体です。長く垂れた胸とわずかに残る長い頭髪から、おそらく女性です。

首が無いのか顔が鎖骨に埋まっており、濁った目が飛び出しています。風船のように膨らんだその目の中で、小さなカエルが浮かんでいました。


吐き気に襲われて口を覆うと、私の頭上から鋭く金属をひっかくような大きな音が響きました。


耳を塞いで見上げると、スピカからその音が発せられているのが分かります。


ぴょんと濁った目から、カエルが飛び出して、私よりも大きくなったかと思うと、ドアが閉まりました……


あのカエルは、研究所に居た異形です。


力が抜けてその場に膝をつくと、スピカが私を抱えて部屋まで運んでくれました。


「あれは何だ?お前達がああしたのか?なんのために?……お前も、私をああするのか?皆を探すのも、あの為に?」


テレパシーではなく、そのまま口にしてスピカに問いかけました。これではスピカに伝わりませんが、そんなことを考える余裕はありません。


「違う」私の頭の中を覗いたのか、それとも察したのかは分かりませんが、スピカの声が強く頭の中に響きました。


「気をしっかり持て。私は絶対にあんなことはしない。君のことは友人だと思っている。信じられないだろうが、言っておく。私は君の味方だ」


スピカを見ました。顔も表情も無い無機質な頭ですが、不思議と嘘を言っているようには見えません。しかし、本当に信じて良いのか分かりません。


昼間見たあの公園が歪んでいきます。私はただ、彼らに会いたい一心で探していましたが、見つけたら、何か恐ろしいことが起きるのではないかと思えて来ました。

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