34話 ゼファーの悲願とリョーコの記憶
過去のビジョンが消え去った神殿に、重苦しい沈黙が落ちる。その静寂を破ったのは、動力炉の残骸の向こう側から響く、静かな足音だった。影の中から現れたゼファーの姿に、アキトは全身の神経を逆立たせた。だが、ゼファーの纏う雰囲気は以前とどこか違っていた。冷徹な覇気だけでなく、永い旅路の果てにたどり着いた者のような、悲愴なまでの静けさが漂っていた。
「見たか、アキト。あれが始まりだ。我らが崇める神が、いかにして愛を失い、狂気に堕ちたかの」
ゼファーの声は穏やかですらあった。彼はアキトの傍らに歩み寄ると、まるで遠い昔を懐かしむように語りかける。
「お前の母、リアーナはな…この都市に咲く『月光花』が好きだった。闇の中でこそ、淡く輝く健気な花だ。彼女もまた、そんな人だった…」
家族の思い出。その言葉に、アキトの決意が揺らぐ。この男は、本当に世界を滅ぼそうとしている悪魔なのか?
「ゾラスは今も、失ったリアーナの魂を求め、苦しみ続けている。私は星の欠片の力で、ゾラスを不完全に復活させ、その意識を掌握する。神の力の奔流の中から、リアーナの魂だけを救い出すのだ」
ゼファーはアキトの肩に手を置いた。その手は、驚くほど温かかった。
「これは破壊ではない。世界のためでもない。ただ、私が妻を取り戻し、お前が母を取り戻すための…我々家族の戦いなのだ。さあ、アキト、私に力を貸せ」
甘美な誘惑だった。母をその手に取り戻せる。その希望に、アキトの心が大きく傾きかけた、その時。
「嘘だ!」
リョーコの悲鳴にも似た叫びが、神殿に木霊した。彼女は血の気の引いた顔で震えながら、ゼファーとアキトの間に割って入る。
「その計画はあまりにも危険すぎる!神の力を人が制御するなど、絶対に不可能!」
「リョーコ…お前なら分かってくれると思っていたが、リアーナの星霊だったお前なら彼女を助けたいと思うだろう」ゼファーの瞳が、初めて冷たい光を宿した。
「そんなはずない、私だから、分かるの!」リョーコは涙を浮かべ、ついに取り戻した記憶からリアーナの言葉を思いおこした。「私は……リアーナの星霊として、アキトを守る為にいるの…そして死んだ者は生き返ったりしない。どれだけわたしたちが望んだとしても。」
彼女の脳裏に、記憶が蘇る。アキトを守る為にリアーナが命を賭したこと、星海の地図を託し異世界へ送ることになったこと。そして彼女は亡くなったこと。
助けられなかった。守れなかった。その罪悪感が、リョーコを今まで縛り付けていたのだ。
「ごめんなさい、アキト……。思い出すまで時間がかかって、ずっと言えなくて…」
リョーコの涙ながらの告白。父の悲痛なまでの悲願。アキトは二人の間で引き裂かれ、激しく混乱した。父の言葉を信じたい。だが、相棒の流す涙が、その苦しみが、嘘だとは到底思えなかった。エルザが、そんなアキトの腕を強く掴む。
「惑わされるな、アキト!お前の目で真実を見ろ!あの男の瞳の奥にあるのは、愛じゃない、執念だ!」
エルザの言葉に、アキトははっと我に返る。ゼファーの瞳の奥底。そこには、世界がどうなろうと構わないという、冷たく独善的な光が揺らめいていた。




