8話 訓練
契約の光が収まり、僕の手の甲には星屑の紋章が輝いていた。目の前の星霊――リョーコは、どこか得意げに胸を張るように光を強めた。
「記憶喪失の光属性、ですか…」
ルーナは改めてリョーコを観察し、その光の質を見極めるように呟いた。
「非常に珍しく、そして強力な属性です。古来より、光は闇を払う聖なる力とされてきました。しかし、記憶がないとなると…力の制御は難しいでしょうね」
「へえ、光属性!そりゃすげえや!」シエルは目を輝かせた。「闇属性のとかには効果てきめんってやつだろ?なあ、ルーナ!」
「ええ。ですが、まずは基礎からです」
ルーナはきっぱりと言い、僕とリョーコに向き直った。
「アキト君、リョーコ。早速ですが、訓練を開始します。まずは、リョーコの光の力を感じ、それを引き出す練習から」
ルーナの指示に従い、僕は意識を集中し、リョーコとの繋がりを感じようとした。手の甲の紋章がじんわりと温かくなる。
「リョーコ、いけるか?」
「まあ、アンタのためなら、やってやれないこともないけど!」リョーコは少し生意気な口調で応じると、ふわりと光を放った。
「まずは、光の球を作りなさい。手のひらに収まるくらいの大きさで」
ルーナが指示を出す。
僕はリョーコに念を送る。
「リョーコ、光の球を…」
リョーコの光が強まる。しかし、それは安定せず、いきなりバスケットボールほどの大きさになったかと思えば、次の瞬間にはビー玉くらいに小さくなって点滅した。
「わわっ!ちょ、ちょっと!アンタがちゃんとイメージしないからでしょ!」
リョーコが文句を言う。
「ご、ごめん!」
「アキト君、もっと星霊との意識を同調させなさい!リョーコ、力を無理に出そうとせず、アキト君の声とイメージに集中して!」
ルーナの厳しい声が飛ぶ。
シエルは隣で
「おーおー、息が合わねえなあ!シルフ、手伝ってやれ!」
と囃し立てる。シルフが応援のつもりか、くるくると風を送ると、リョーコの光の球が風に煽られてあちこちに飛び回り、壁に当たってパチンと弾けた。
「きゃっ!」「うわっ!」
僕とリョーコは思わず声を上げる。
「シエル!邪魔をしない!」
ルーナに一喝され、シエルとシルフはシュンとなる。
その後も、光の矢を放つ練習では明後日の方向に飛んでいったり、光の壁を作る練習では一瞬で消えてしまったりと、前途多難な訓練が続いた。リョーコは記憶がないせいか、力のコントロールが極端に苦手なようだ。そして、契約したばかりの僕との連携もまだまだぎこちない。それでも、何度も失敗を繰り返すうちに、ほんの少しずつだが、僕のイメージとリョーコの光が噛み合う瞬間が増えていった。
夕暮れが近づき、訓練所の窓から茜色の光が差し込む頃、僕もリョーコもヘトヘトになっていた。リョーコの光も、心なしか少し弱くなっている。
「…初日にしては、まあ、及第点といったところでしょうか」
ルーナは腕を組み、少しだけ表情を和らげた。
「連携も力の制御も、課題は山積みです。ですが、光属性の潜在能力は計り知れない。明日からも、基礎訓練を続けますよ。」
「は、はい!ありがとうございました!」
僕は息を切らしながら頭を下げた。リョーコも、疲れた様子ながら、ぺこりとお辞儀をするように光を揺らした。
シエルとシルフに別れを告げ、僕とリョーコは記録官の部屋へと戻った。扉を開けると、温かいシチューの匂いが鼻をくすぐった。アウレリウスとイリスが、それぞれの相棒星霊と共に、僕たちの帰りを待っていてくれた。
「おお、アキト、どうやら星霊と契約出来たようだのう?どんな星霊と契約したんじゃ?」
アウレリウスが優しい笑顔で迎えてくれる。隣では、炎の星霊イグニスが興味津々といった様子でパチパチと火花を散らしている。
僕は先程までの経緯を彼に話した。
「なんと…光属性の星霊。わしが知っているものの中でも1人しか見たことがない。やはり君が予言の子であることは間違いなさそうじゃ。」
アウレリウスは満足そうに頷いている。
「古の英雄アストラルも、光を操る力を持っていたという。何かの縁やもしれんな」
イグニスは、リョーコにもっと近づきたそうに、アウレリウスの周りをそわそわと飛び回っている。
「まあ、光属性は治癒や浄化の力にも長けていると聞きますわ」
イリスが言うと、アクアが同意するようにリョーコに向かって小さな水滴を飛ばした。リョーコは一瞬驚いたが、その水滴に触れると、少し光が元気になったように見えた。
「へ、へえ…そんな力もあるんだ…」
リョーコは少し戸惑いながらも、どこか嬉しそうだ。みんなの温かい雰囲気に、少しずつ警戒心が解けているようだった。僕の隣で、リョーコは安心したように、穏やかな光を放っていた。
賑やかな夕食が終わり、僕は自分の寝室へと戻った。リョーコも一緒についてくる。昼間の喧騒が嘘のように、部屋は静まり返っていた。
「ふぅ…疲れたね、リョーコ」
僕はベッドに腰掛けながら言った。
「うん…でも、アンタと一緒の訓練、ちょっとだけ…楽しかったかも」
リョーコは、素直じゃない言い方で呟いた。
「そっか」
僕は微笑んだ。
リョーコは、僕の周りをふわりと漂いながら、ぽつりと言った。
「ねえ、アキト…時々、なんか思い出しそうになるんだ。すごく眩しい光とか…キラキラした星がたくさんある場所とか…あと、誰かの優しい声が聞こえるような…でも、それが何なのか、全然分からない…」
その光は、心なしか寂しげに揺らめいていた。
「大丈夫だよ」
僕は、リョーコに向かって優しく語りかけた。
「今は分からなくても、焦る必要はないよ。これから、僕と一緒に少しずつ思い出していけばいい。僕がずっと、そばにいるから」
僕の言葉に、リョーコは黙って、ただ僕のすぐそばに寄り添うように近づいてきた。そして、その淡い光で、僕の手をそっと包み込むように輝いた。温かくて、優しい光だった。
僕はベッドに横になり、深い安堵感に包まれた。隣では、リョーコが枕元で静かに、守るように光っている。記憶喪失の相棒。これからどんな未来が待っているのかは分からないけれど、今はただ、この温かい光と共にいられることが嬉しかった。様々な思いが頭の中を巡りながらも、心地よい疲労感と共に、僕はゆっくりと眠りに落ちていった。