5話 星霊
図書館を出ると街の喧騒が心地よく感じられた。魔法が気になっても意識しだした空腹には抗えない。シエルが案内してくれた食堂はテラスのある、僕の世界でいえばカフェテリアといったところだろうか。明るく開放的な空間だった。中庭の緑が見え、穏やかな陽光が差し込んでいる。シエルは慣れた様子で空いているテーブルを見つけ、僕を促した。「ここのランチは結構いけるんだぜ。特に、日替わりのスープがおすすめだ。」
僕はシエルに続いて席に着いた。メニューを見ると、聞いたことのない料理名が並んでいる。シエルにいくつかおすすめを聞きながら、本日のスープと、見たことのない野菜を使ったサンドイッチを注文した。
料理が運ばれてくるまでの間、シエルは退屈そうにしていたが僕は、先ほど読んだ古文書の内容を頭の中で整理していた。星の心臓、三つの王国、そして繰り返される予言。それらは全て、この世界が抱える複雑な背景を示している。
「なあ、アキト。」
突然、シエルが真剣な表情で話しかけてた。「お前、本当にこの世界を救うことができると思うか?」
シエルの問いに少し戸惑った。
「正直、まだ自分でもよく分からないんだ。でもアウレリウスさんや皆がそう言うなら、できる限りのことをしたいと思っている。」
シエルは、少しだけ顔を歪めた。
「予言なんて、当てになるもんじゃないかもしれない。でも、もし本当にお前に力があるなら、俺は喜んで協力するぜ。この王国も、色々と問題を抱えているからな。」
シエルの言葉には、どこか切実な響きがあった。明るく振る舞っている彼の奥にも、この世界の未来に対する不安があるのかもしれない。
「ありがとう、シエル。僕も、まだ何も分からないけれど、君や皆と一緒に、この世界のために頑張りたいと思っている。」
僕の頼りなさ気な言葉を、吹き飛ばすようにシエルはいつもの笑顔を取り戻した。「よし、そうと決まれば、まずは腹ごしらえだ!ここのスープは本当に美味いんだからな!」
二人で、運ばれてきたランチを頬張りながら、他愛もない話で盛り上がった。シエルは、星都の面白い場所や、おすすめの店などを教えてくれた。僕は、自分の故郷の世界の話を少しだけ話した。魔法のない世界に、シエルは驚きと興味を隠せない様子だった。
食事を終えて図書館に戻ると、リサはカウンターで仕事をしているようだった。シルフは、キアナと一緒に、楽しそうに書架の間を飛び回っている。僕はリサに挨拶をし、魔法に関する書架へと向かった。
『属性別魔法』、『魔法詠唱』……様々なタイトルの書物が並ぶ中、片っ端から手に取り、ページをめくった。魔法の原理、詠唱の仕方、そして星霊との繋がり。読めば読むほど、その奥深さに圧倒されるようだった。僕の科学的な思考では理解しきれない概念も多く、時には頭を抱えてしまうこともあった。それでも、僕は必死に書物を読み解き、少しでも多くの知識を吸収しようと努めた。
「そろそろ夕暮れだな、今日はこの辺にしておこうぜ!」
シエルの言葉に窓を見ると夕暮れが近づき、空が茜色に染まり始めていた、僕は図書館を後にした。一日中書物を読んでいたため、目は疲れ、頭は知識でいっぱいだった。王宮の記録官の部屋へと戻ると、アウレリウスとイリスが夕食の準備をしていた。
「やあ、アキト。一日中、勉強ご苦労だったな。とりあえず夕食を用意させてもらったわい。」
アウレリウスは、優しい笑顔で迎えてくれた。テーブルには、温かいスープとパン、そして香ばしい匂いのする肉料理が並べられていた。
「どうだったかな?魔法の勉強は。」
アウレリウスは心配そうな表情で尋ねた。
「はい、色々と興味深いことが書かれていました。ただ、まだ分からないことばかりです。」
僕は、正直に答えた。夕食を取りながら、僕は今日学んだこと、特に魔法の使用について、アウレリウスとイリスに質問した。二人は、それぞれの経験や知識をもとに、丁寧に説明してくれた。星霊との出会いは偶然であり、相性も重要であること。そして、一度契約を結んだ星霊とは、生涯を共にするパートナーとなること。僕は、その言葉一つひとつに、この世界の魔法に対する深い理解と敬意を感じた。
夕食後、自分の部屋へと戻った。記録官の当直室は、質素ながらも清潔で、落ち着いて眠ることができそうだ。ベッドに腰掛け、今日一日を振り返る。初めて触れた魔法の世界、出会った優しい人々、そして、自分が背負うかもしれない大きな運命。様々な思いが頭の中を駆け巡りながら眠い目をこすりながら僕はゆっくりと目を閉じた。
ふと、窓の外に気配を感じて薄く目を開けた。
満月が夜空を明るく照らす中、ベッドのすぐ脇の窓に、いたずらっぽく光る瞳を持つ人影が張り付いていた。それは、まるで夜空の星が集まって形を成したかのような、予測不能な魅力を持っていた。背中には光の羽根が生えているものの、どこか落ち着きがなく、せわしなく動いている。その顔は、自信に満ちた笑みを浮かべているようにも見えるが、どこか所在なさげで、キラキラとした瞳が不思議そうに僕を覗き込んでいた。その瞳の奥には、理由の分からない懐かしさのような光が、一瞬宿った気がした。
(うわっ…!なんだ…あれは…!?)
僕は心臓が跳ね上がるのを感じた。それが何なのかは分からないけど、少しの警戒心が湧き上がってくる。その存在は待ちきれないといった様子で、窓をコンコンと叩いた。
「ねえ、アンタ!起きてるんでしょー?なんか、見たことあるような気がするんだよね!」
その声は、元気いっぱいだが、どこか探るような、迷いを含んだ響きだった。
「えっ…?僕のこと、知ってるんですか?」
僕は戸惑いながらうわずった声を出すと、その存在は首を傾げた。
「うーん、どうかな?ハッキリとは思い出せないんだけど……なんだか、すごく懐かしい感じがするような
…。」
そう言うと、その存在はキャッキャと笑い、背中の光の羽根をバタバタとさせて宙に舞い上がった。そして、手を振りながら、夜空へと消えていった。その飛び去る姿は、まるで光の粒が弾けるようだった。
僕は、あまりの展開にポカンと口を開けていた。疲労感よりも、むしろあの光を放つ存在のことが頭から離れなくなった。今夜はもう眠れそうにない。僕は、興奮と困惑が入り混じった複雑な感情を抱えながら、満月が照らす夜空を見つめ続けた。あの光を放つ存在は、一体何者なのだろうか?