2話 鉄の王国からの逃亡者
鉄格子と灰色の空に支配された鉄王国を逃れ、アキトとリョーコが港町ルーンの土を踏んでから、数日が過ぎていた。
石畳の道が続くルーンの港は、朝から晩まで途切れることのない活気に満ち溢れていた。様々な意匠の船がひしめき合い、行き交う人々の言葉も多種多様だ。道沿いには所狭しと露店が並び、見たこともないような珍しい魚介類や、色鮮やかな布、異国の香辛料の匂いがアキトの鼻をくすぐる。
「見て、アキト。キラキラしてる…」
リョーコが、小さな露店で売られている貝殻細工の首飾りに目を輝かせた。長い逃亡生活で笑顔を忘れていたかのような彼女の、久しぶりに見る屈託のない表情に、アキトの心もわずかに和む。
「ああ、綺麗だな。少し見ていこうか」
鉄王国では決して感じることのできなかった自由で開放的な空気が、二人の強張った心を少しずつ解きほぐしていくようだった。
アキトは周囲を警戒しつつも、リョーコが品物に見入っている間、港の様子を観察した。漁船、大型の交易船、そして中には、見るからに荒くれ者たちが乗っていそうな、黒い帆を掲げた海賊船らしき船もいくつか停泊している。その中でも、ひときわ異彩を放つ一隻の船が、アキトの目を引いた。
船体は磨き上げられた漆黒で、船首には巨大な龍の彫刻が施されている。その威圧感は、他のどの船をも圧倒していた。帆には、髑髏と二本の剣を組み合わせた独特の海賊旗が高々と翻っている。
「…すごい船だ」
思わず呟くと、隣で魚を捌いていた屈強な船乗りが、ニヤリと笑って話しかけてきた。
「兄ちゃん、ありゃあ黒龍号さ。この海のならず者の中じゃあ、知らねえ者はモグリよ」
「黒龍号…」
「ああ。船長は『海賊王女』って呼ばれてる女傑でな。燃えるようなオレンジの髪をした、そりゃあもう惚れ惚れするような別嬪さんだが、ひとたび怒らせたら最後、海の藻屑にされちまうって話だ。大胆な航海術と、誰も逆らえねえ強さで、このルーンの海を駆け回ってるのさ」
海賊王女。その言葉の響きに、アキトは言い知れぬ興味を覚えた。
だが、彼らの目的は観光ではない。「潮風のジョーンズ」という人物を探し出し、暁王国へ帰るための手助けを求めること。それが、キールに教えられた唯一の道だった。
しかし、手がかりはなかなか見つからなかった。何人かの船乗りや港湾関係者に尋ねてみても、「ジョーンズねぇ…先代は知ってるが、今のジョーンズはまだ若いと聞く」「最近はあまり港に顔を出していない」といった曖昧な情報ばかりだった。
日が西に傾き始め、歩き疲れた二人は、港を見下ろす小高い丘の上にある小さなカフェで休憩を取ることにした。眼下に広がるルーンの港と、夕日に染まる海を眺めながら、アキトはため息をついた。
「どうしようか、リョーコ…」
リョーコは何も言わず、ただアキトの服の裾をぎゅっと握った。彼女の不安が、アキトにも伝わってくる。




