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20話 追走

翌朝、宿の朝食を取りながら、キールは静かに口を開いた。「昨日の話で、改めて思い知った。俺は、このまま逃げ続けるわけにはいかない」

僕は、キールの真剣な眼差しに、言葉を失った。

「俺の汚名を晴らし、ゼファーからペンダントを取り戻さなければならない。そのためには、俺はあの砦へ行くしかない」キールの声には、強い決意が宿っていた。

僕は、キールに心から感謝の気持ちを伝えた。「キールさん、ここまで僕たちを守ってくれて、本当にありがとうございました。キールさんがいなかったら、今の僕はいなかったと思います」

リョーコも、無言でキールに頭を下げた。その瞳には、ほんの少しだけ寂しそうな光が宿っているように見えた。

キールは、僕の言葉に小さく頷いた。「お前は強くなったな、アキト。初めて会った頃の、頼りない青年とは違う。リョーコも、その光はますます強くなっている。二人なら、きっと海の王国へ辿り着けるだろう」

多くを語らないキールだったが、その言葉には、僕たちの成長を認めてくれている温かい気持ちが込められていた。

「いつか、また会えるだろう」キールは、最後にそう言い残し、静かに立ち上がった。彼の背中は、どこか寂しげでありながらも、決意に満ち溢れていた。

キールは、別れ際に、僕に一枚の簡素な地図と、一人の船乗りの名前を教えてくれた。「海の王国へ行くなら、このルートを通れ。そして、港町ルーンにいる『潮風のジョーンズ』という船乗りを訪ねるといい。腕も確かで、信頼できる男だ。ただ…口は悪いがな」キールは、そう言って少しだけ笑った。ジョーンズという名前から、屈強な海の男を想像した。

僕とリョーコは、宿の前までキールを見送った。朝日に照らされたキールの背中は、力強く、そしてどこか遠くへ行ってしまうように見えた。

キールが街の喧騒の中に姿を消した直後だった。背後から、鋭い視線を感じた。振り返ると、そこに立っていたのは、一人の若い女性だった。漆黒の武道着に身を包み、鍛え上げられた体躯からは、並々ならぬ武術の腕前が窺えた。朝日に映える赤い髪が印象的だが、その瞳には、冷たい憎しみが宿っていた。その構えには、見覚えがあった。キールと同じ、疾風狼牙拳の構えだ。

「キール…父上は、どこへ行った?」彼女の声は、低く、そして怒りに震えていた。

「カーラ…師匠は…」

キールは返答に困っているようだ。

「貴様、父上と一緒だったな!」カーラは、鋭い眼光でキールを睨みつけた。

「父上は、どこへ行ったのかと聞いている!」彼女の両の拳は、今にも動き出しそうな緊張感を帯びていた。

「アキト、リョーコ、行け」

振り返ると、キールはカーラの前に立ちはだかっていた。その表情は、先ほどの穏やかなものとは打って変わり、厳しく、そして覚悟を決めたようだった。「カーラ、お前とはここで話すことがある」

カーラは、信じられないといった表情でキールを見つめた。「父上…!」

「お前はまだ、真実を知らない」キールは、低い声で言った。「お前たちには時間がないだろう。アキト、リョーコ、早くここを離れるんだ!」

キールの言葉に、僕はハッとした。これが、キールが僕たちを逃がすための時間稼ぎなのだ。今しかない。

僕は、リョーコと共に、人混みの中に駆け出した。「行こう、リョーコ!」

背後からは、キールとカーラの言い争う声が聞こえてくる。カーラの怒りと悲しみが入り混じった叫び声。そして、キールの低い、しかし強い声。

僕たちは、キールが教えてくれた地図を頼りに、大通りから裏通りへと入り込み、ひたすら走り続けた。振り返ることはできなかった。キールが、僕たちを逃がすために、娘と対峙してくれているのだ。その覚悟を無駄にするわけにはいかない。

どれくらい走っただろうか。息が上がり、足も痛くなってきたが、それでも僕はリョーコと走り続けた。ようやく人影がまばらになったところで、僕たちは足を止めた。

「キールは…」リョーコが、不安そうな表情で呟いた。

「大丈夫だ」僕は、自分に言い聞かせるように言った。「キールさんは、きっと大丈夫だ。僕たちを逃がすために、あれだけの覚悟を見せてくれたんだから」

しかし、心の中には、キールに対する深い感謝と、別れの寂しさが押し寄せてきていた。共に旅をし、多くの困難を乗り越えてきた仲間との別れは、想像以上に辛いものだった。

それでも、僕たちは立ち止まっているわけにはいかない。キールが教えてくれた、海の王国への道を進まなければならない。僕たちは、再び歩き始めた。キールとの別れを胸に、そして、いつかまた再会できることを信じて。僕たちの旅は、まだ始まったばかりなのだから。


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