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12話 鉄の国


冷たい鉄の感触が、アキトの頬に押し付けられた。意識が朦朧とする中、最後に見たのは、黒曜石のように鈍く光る鎧だった。気が付くと、アキトは荒れた街道を馬車に揺られていた。両手は固く縛られ、足は擦れて痛む。息をするたびに砂埃が喉を締め付け、背中には兵士の容赦ない足蹴りが加えられる。

隣では、捕獲用の頑丈な檻に入れられたリョーコが、不安げに青白い光を点滅させていた。アキトは声をかけようとしたが、喉は乾ききって音にならなかった。ただ、リョーコに向かって小さく頷くのが精一杯だった。

周囲を取り囲むのは、無表情な鉄王国の兵士たちだ。彼らの鎧は隙間なく全身を覆い、顔は無機質な鉄の面で隠されている。言葉を発する者はおらず、聞こえるのは兵士たちの足音と、鎧の当たる音そして時折、リョーコの檻が揺れる音だけだった。

街道の両脇には、切り立った岩肌がそびえ立ち、陰鬱な景色がどこまでも続いていた。暁王国の豊かな緑や、温かい陽の光は、もはや遠い記憶の中のものだった。鉄王国の支配するこの地は、まるで色が抜け落ちたように無機質で、重苦しい空気が漂っている。

どれほどの時間が経っただろうか。疲労と喉の渇きで、アキトの意識は何度も途切れそうになった。その度に、兵士たちの粗暴な扱いや、リョーコの弱々しい光が、彼を現実に引き戻した。

やがて、前方に巨大な影が現れた。それは、黒々とした岩山を削り出したような、巨大な建造物だった。無数の鋭い稜線が空に向かって伸び、壁面には小さな窓が規則的に並んでいる。まるで巨大な鉄の塊が、大地に根を張っているかのようだった。鉄王国の前哨基地、「黒曜の砦」が、その威容を現したのだ。

砦に近づくにつれて、周囲の空気はさらに張り詰めていった。壁の上には、武装した兵士たちが等間隔に配置され、鋭い視線を周囲に走らせている。砦の入り口には、巨大な鉄製の門が閉じられており、その前には屈強な衛兵が仁王立ちしていた。

アキトは、まるで獲物を引き渡すかのように、砦の門の前で兵士たちによって地面に放り出された。体中に痛みが走り、咳き込むアキトを見下ろす兵士たちの目は、冷酷そのものだった。

重々しい音を立てて鉄門が開かれ、アキトは引きずられるように砦の中へと連れ込まれた。外の荒涼とした景色とは対照的に、砦の中は騒然としていた。鍛冶場のハンマーの音、兵士たちの怒号、そして何よりも、聞いたことのない異質な機械音があちこちから聞こえてくる。空気は油と鉄の匂いが混じり合い、喉の奥にまとわりつくようだった。

兵士たちは、まるで家畜を扱うかのように、アキトとリョーコの檻を別々の方向に引きずっていった。アキトは、最後にリョーコの心配そうな光を一瞬だけ捉えたが、すぐに視界は遮られた。

薄暗い通路を引きずられ、冷たい石造りの牢獄に押し込まれる。背後で鉄格子の扉が重い音を立てて閉じられ、アキトは一人、暗闇の中に残された。窓のない牢獄の中は、外の喧騒が遠くに聞こえるだけで、静寂が支配していた。

しばらくして、ガチャリという音と共に牢獄の扉が開いた。重い足音と共に現れたのは、鉄王国の兵士、ボルグだ。彼は手に持った松明の光をアキトに向け、鋭い眼光で彼を射抜いた。

「ふん、おとなしいもんだな予言の子よ」ボルグの声は低く、牢獄の中に響いた。「抵抗する力もなさそうだ」

アキトは縛られたまま、ボルグを睨みつけた。「俺は予言の子なんかじゃない!ただの旅人だ!」

ボルグは鼻で笑った。「旅人だと?そんな嘘が通用するとでも?お前の連れていた光る生き物を見れば、ただの旅ではないことは一目瞭然だ」彼は檻の方をちらりと見た。「あれは…珍しい星霊だな。暁の王国でも、あれほどの力を持つ星霊はそう多くはないだろう」

「リョーコに手を出すな!」アキトは必死に叫んだが、声は掠れていた。

ボルグは興味なさそうに肩をすくめた。「心配するな。あれは首領様のお目当てだ。丁重に扱われるだろうよ。お前もな、素直に協力すれば、無駄な苦痛は味わずに済む」

ボルグはアキトに近づき、その顔を覗き込んだ。「お前の中に眠る力、そして『星の心臓の欠片』の在処を教えろ。そうすれば、命だけは助けてもらえるだろう」

アキトは唾を吐き捨てた。「お前たちに協力するくらいなら、死んだ方がマシだ!」

ボルグの顔から笑みが消えた。「そうか。ならば、お前のその強情さを、じっくりとへし折ってやるとしよう」そう言うと、ボルグは松明を牢獄の壁に立てかけ、扉の方へ歩き出した。「せいぜい、今のうちに覚悟しておけ」

ボルグが去り、再び牢獄は暗闇に包まれた。アキトは、ボルグの言葉に言いようのない不安を感じていた。彼のやり方は、冷酷で容赦がないようだ。

どれほどの時間が経っただろうか。今度は、牢獄の扉が静かに開いた。足音もなく現れたのは、銀髪の青年カイルだった。彼は静かに牢獄の中に入ると、アキトの前に立った。

「大丈夫か?」カイルの声は、ボルグとは対照的に、穏やかだった。

アキトは警戒しながらカイルを見つめた。「お前は…あの時、俺たちを捕らえた…」

「ああ」カイルは頷いた。「ボルグの命令だ。逆らうことはできないさ」

「じゃあ、何をしに来たんだ?」アキトはカイルの言葉を信じることができなかった。

カイルは少しだけ視線を彷徨わせた。「お前に、少し話しておきたいことがある」

「話すことなどない!」アキトは声を荒げた。「お前たちのせいで、俺たちはこんな目に…」

「分かっている」カイルはアキトの言葉を遮った。

アキトは訝しんだ。「何が言いたいんだ?」

カイルは低い声で続けた。「俺には俺の目的があるってことさ、奴らとは違う目的がな。その為にはお前が必要なんだ」

アキトは言葉を失った。カイルの言葉には、偽りがないように感じられた。

カイルは懐から、小さな磨かれた石を取り出した。「これは…微力だが、魔力を遮断する効果がある。この砦には、強力な魔力感知の結界が張られている。これがあれば、一時的に感知を逃れることができるかもしれない」

アキトは戸惑いながらも、その石を受け取った。「なぜ、俺にこんなことを?」

カイルはかすかに微笑んだ。彼はアキトの目を見つめて、何かを言おうとしたがカイルはそれ以上何も言わず、静かに牢獄を後にした。再び一人になったアキトは、手の中の小さな石を握りしめた。敵であるはずのカイルの言葉と行動は、アキトの心を大きく揺さぶっていた。鉄王国の支配は絶対的なものだと思っていたが、その内部にも、異なる考えを持つ者がいるのかもしれない。希望の光。その言葉が、アキトの胸にわずかな温かさを灯した。しかし、それはまだ、暗闇の中で揺らめく小さな火種に過ぎなかった。



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