チワ☆ハラ
よろしくお願いします。
朝、目を開けると、好奇心に目を輝かせたチワワのように瞳をくりくりとさせた彼女が、ベッドに半分埋もれた俺の顔を覗き込んでいた。
「おはよ〜。ねぇねぇねぇ、今日って何の日か知ってる〜?」
上機嫌な彼女の声は、まるで鈴を転がすような軽やかさで、俺の耳から入って頭と心臓を刺激する。
「あー……特に何もなかったような……日?」
彼女がベッドに登ったからスプリングが揺れて目が覚めたのか。
寝ぼけながら答えると、彼女はムッとしたように頬を膨らませた。
「不正解でーす。今日は、わたくし千和が初めて大地くんに手作りクッキーをあげた記念日です〜」
それって中々ハードル高くないか?!
寝起きに高難易度クイズを出してくるとは。
「覚えてて欲しかったなぁ……」
しかし、見る間に彼女の表情が寂しそうに曇っていく。
ああ、これはまずい。
「お、おぼえてる。覚えてる、もちろん! あのクッキー、めっちゃ美味しかったよな!」
慌てて起き上がりフォローすると、千和はぱっと笑顔を取り戻した。
泣いたカラスが……いや、違うな。しょぼくれていたチワワが高速で復帰するアレだ。
「ほんと? じゃあ、今日も作るね。でも、今回は特別にハート型にするから。絶対食べないで飾っておいてね!」
その無邪気な笑顔と、絶対に無理な要求に、俺は心の中で叫ぶ。
――可愛すぎる。
――これはもう、チワハラだ。
昼下がり、リビングで緑の女王のミルクコーヒーを飲みながら仕事のメールをチェックしていると、彼女がキッチンから飛び出してきた。
「ねぇねぇねぇ、ちょっと見て見て!」
彼女の手には、先ほど話していたハート型のクッキーが。
しかも、なぜかそのクッキーには俺の名前がチョコペンでぎこちなく書かれている。
これは、ヘタカワと言うやつか?
「えっと……これ、俺の名前?」
「うん。でーちくん専用クッキー! でも、食べたらダメだからね! 冷蔵庫に飾っておいて、毎日眺めてね!」
彼女は胸を張って言うが、テンション上がりすぎて俺の名前が呼べてない。でーちじゃなくて大地だ。でも、その笑顔があまりにも眩しくて、舌が回ってないことなど問題ないと目を逸らす。
「いや、でも……クッキーって食べ物だし……」
「えっ、食べちゃうの? 私の愛情を……食べちゃうの?」
彼女の瞳がみるみる潤み始める。
――やばい、泣きそう。
「わ、わかった! 食べない! 絶対食べない!」
俺が慌てて言うと、彼女はまたぱっと笑顔に戻った。
「やったー! じゃあ、冷蔵庫の目立つところに置いといてね!」
その無邪気さに、頭を抱える。
――可愛すぎる。
――これはもう、チワハラだ。
夜、ソファで一緒に映画を見ていると、千和が突然肩に頭を乗せてきた。
「ねぇ、この映画の主人公、めっちゃカッコいいよね。でもさ……」
彼女は少し照れくさそうに俺の顔を覗き込む。
「大地くんの方が、もっとカッコいいよ?」
その一言に、俺の心臓は止まりそうになった。
「えっ、はっ、なっ……ってか、あ、ありがとう……」
狼狽える俺に、彼女はさらに追い打ちをかける。
「でもね、カッコいいからって他の子にモテたらダメだよ。私、チワワみたいに吠えちゃうからね!」
彼女はそう言って、両手を口元に当てて「ワン!」と鳴き真似をした。
――可愛すぎる。
――これはもう、チワハラだ。
彼女との日常は、まるでチワワにじゃれつかれているようなものだ。
無邪気で、愛らしく、……そして時折、ハラスメント級に心を揺さぶられる。
今日もまた、彼女の笑顔に悶絶しながら思う。
――このチワハラ、耐えられる自信がない。
でも、この幸せな苦しみから逃れたいとも思わないのだ。
お時間いただき有難うございました。
某動画共有アプリ見ていたらチワワの可愛さを紹介する動画が流れてきて勢いで書きました。
こんな日もある。