神をむさぼる
恋人の銀千代が、また苦虫を噛み潰したような顔をしていたので、私は銀千代のご機嫌を取るかのごとく自ら銀千代の膝の上に赴き、どうしたの?ととびっきりの猫撫で声で尋ねた。
銀千代の顎をくすぐって、スキンシップも忘れない。
銀千代は美人だけど情緒が意味不明なので、怒らせないに越したことはないのである。
「小春さぁ、仕事辞めてくんね?」
「え?何突然」
「突然だけど突然じゃねえんだよな」
銀千代は、はぁとでっかいため息をついた。こっちもでっかいため息をつきたいくらい突然言われたので、なんだこいつと銀千代を観察した。
「前から思ってたけど、職場の人間と連絡取んのやめろよ」
「職場の人と仲良いのに越したことはないでしょ。やだよ」
「じゃあ仕事辞めろ」
「銀千代は極論しか言わないー」
そう言いつつも、私の心はウキウキしていた。
正直、仕事なんかに未練はない。
銀千代が私のことを扶養に入れてくれて、生活を保障してくれるのであれば私は今すぐ退職願の書き方を検索するだろう。
でも、友達と連絡取るのを制限されるのはやだな。
銀千代はこういうとこが面倒くさい。
「仕事辞めてもいいけど、私たぶんニートの才能あるから、家事とかなんもしないよ」
「メシくらい作れや」
「自分の分は作るけど……銀千代のはつくらないかも。いつ帰ってくるかわからないでしょ」
正論を言ったら、銀千代は黙った。
自由業をしているらしい銀千代は、帰宅時間に決まりはない。私が寝ようとした頃に帰宅することもあれば、私が寝静まってから帰宅することもあるようなのだ。先に寝てても文句を言わない銀千代は、こういうところだけはやさしい。
なんだかんだで私は銀千代に愛されていると思うし、優しくしてもらっていると感じる。だから、銀千代が仕事を辞めて欲しいなら、私はもろ手を上げて喜んで仕事を辞める気概を持っている。けれど、私の持つニートの才能が開花するのを私は一応恐れているのだ。
だって、銀千代に捨てられたら、困るし。
「銀千代が、ちゃんと何時にかえるよって毎日連絡してくれるなら、作れる日は作るよ」
「めんどくせえ」
かくいう私も、銀千代のことはちゃんと好きなので、譲歩案を出す。
しかし、銀千代はたったそれだけの連絡がめんどくさいようなのだ。
「あーあ、毎日銀千代とLINEしたいなー。ラブラブLINEしたい」
「めんど。無理だわ」
「仕事辞めて家に引きこもって友達とも連絡取らずに銀千代だけの世界に生きるからお願い」
「んー」
私の提案は、存外銀千代の琴線に触れたようだった。
私を抱きしめながら銀千代は暫しの間黙考する。そんな銀千代に抱きしめられながら、私は晴れてニートになれるきっかけをただ待っていた。
「いや、お前絶対友達とは連絡取りたがるだろ。嘘つくな嘘」
「バレたかあ」
アハハと笑って私は銀千代の鼻先に自分の鼻先をくっつけた。
銀千代は少し不機嫌そうな顔をしたままだ。
「でもね、銀千代といつだって連絡とりたいのはほんとだよ。銀千代のこと大好きだからいつでも存在を感じてたいよ」
「フーン」
ちょっとだけ、銀千代の不機嫌さが取れた。何とも言えない微笑が端正な顔に戻ってくる。
「小春は俺のこと大好きだもんな」
「うん、うん。大好きだよ。銀千代も私のこと大好きでしょ」
「別に」
「嘘つくな嘘」
銀千代がさっき言ったセリフをそっくりそのままお返ししながら私は笑った。
「ね、ね、銀千代。ほんとに仕事辞めていいの?」
「いいぞ。辞めろ辞めろ」
「仕事辞めても私のこと捨てない?ニートでもいい?」
「ニートは無理。せめて専業主婦になれや」
「んー。それ私と結婚してくれるってこと?」
「前も言ったろ。小春がそうしてえなら、いいよ」
私のニートの才能が花開くことはなさそうだが、そのかわり専業主婦としての才能が開花するかもしれない。
そう思いながら、銀千代の唇に、とびっきりの愛情を込めてキスをした。