きれいなだけのきみはいらない
月乃木銀千代の顔が好きだ。
月乃木銀千代の性格は嫌い。
「遅ェよブス」
「道が混んでたんだもん」
銀千代はイライラを隠すこともせず、運転席に座る私にそんな言葉を投げかけた。
助手席に乗り込みながら、銀千代はチッと舌を鳴らして、「早く出せや」と私に言う。
私は無言でシフトレバーをDにして、車を発進させた。
車内には私の好きな曲が流れていたのに、銀千代は勝手に自分のスマホとカーナビをBluetooth連携させて、自分の好きなうるさい曲をかけ始めた。
「ちょっと!私の車ですよ」
「ダセェ曲しか聴かねえお前が悪い」
この男に私に対する遠慮というものは一切存在せず、この男にとって私の存在はたぶんミジンコレベルの存在なのではないかと思うときが多々ある。
暴言なんていつものことすぎて、いちいち傷つくことも疲れてくる程だ。
信号待ちのとき、助手席に座る銀千代の横顔を盗み見る。
悔しいけど美人で、むかつくほどきれいだった。
この顔がなければ本当にただのゴミ男なのに、顔で得をしている。とてもずるい。
そんな私の視線に気付いた銀千代は、その美しい顔を嫌悪に歪めて「何見てんだよブス」と言った。
「はいはい、どうせブスですよ……」
諦めにも似た感情が去来するのはもう慣れた。
たまに、なんでこの男と付き合っているんだろう?と思う。
そもそも、私に声をかけて来たのはこの男の方だったというのに、今となっては私の方が銀千代に捨てられないように必死だ。
なんだか疲れてきた。
「あのさぁー」
「何」
「銀千代ってなんで私に声かけてきてくれたんだっけ?」
「あ?」
銀千代の好きなうるさい曲に負けないように、少し声を大きくしながら尋ねる。
銀千代は大層怪訝そうな声を出した。
「お前がびっくりするほどブスだったからな」
「何それ?ブス専?」
「ブス専じゃねーわ」
もう、本当に銀千代と私は会話が成り立たない。
本当に同じ言語を使用しているのかと疑うレベルだ。
人のことをブスブス言うわりに、私が別の男の人と喋ると烈火の如く怒る。
私のことがそんなに好きなのか?と問うと、聞いているだけで気が滅入るような暴言を散々吐いてくるのだ。
「銀千代さぁ、私のこと別に好きじゃないんならなんで私と付き合ってるの?時間の無駄じゃないかな」
「おい、車停めろ」
「え?あ、はい」
ぽろっと、本音が出ただけだ。
それなのに、銀千代の恐ろしいほどの怒りを察した私は、銀千代の言いなりに路肩に車を停めた。
「エンジン切れ」
「はい」
カッチ、カッチ、とハザードランプの音だけが車内に響く。
やばい、地雷を踏んでしまったのかもしれないと、私はぼんやりとハンドルのあたりの虚空を見つめた。
銀千代がこっちを見ているのが視界の端ごしにわかるけど、怖くてそっちを向けない。
「小春」
「……………はい」
今日、初めて名前を呼ばれた。
ややあって、小さく返事する。
銀千代の声は明らかに怒気を孕んでいた。
「お前は、好きじゃねえ男と付き合うの?」
「へ?いやぁ……別にそんなことはないけど」
「俺もだよ、ボケ」
「はぁ……」
銀千代が存外怒っていなさそうだったので、ちらっと助手席の方を伺ったら、銀千代はいつになく真剣で、美しい顔でこちらを見ていた。
「つまり、銀千代は私が好きと……」
一応、事実確認のために言葉にしてみたが、返事の代わりに特大の舌打ちが返ってきた。
「はぁ。なんで好きな人に優しく出来ないのよ」
「んな性格じゃねーわ」
「その性格ほんときらい……」
「あ?殺すぞ」
まぁ、私も月乃木銀千代の顔だけが好きなんだったら、とっくに別れてると思うけど、そうじゃないってことはなんだかんだで月乃木銀千代の素直じゃない性格もひっくるめて、このひとが好きなのかもなぁ、なんて思いながら、再び車のエンジンをかけた。