第9話
ダンジョンは朝倉家の裏庭にあった。
「あの……確認ですけど、神楽さんはその装備で本当にいいんですか?」
今まさにダンジョンに入ろうとした矢先、陽介くんが俺の顔色をうかがいながら口を開いた。
「ああ、平気だよ。それにさっきも言ったけど俺はプラチナナックル以外の装備品は持ってないし」
「で、でもやっぱり危険じゃないでしょうか?」
陽介くんが続ける。
「このダンジョンは魔法攻撃をしてくるモンスターが多いので、魔法耐性のある防具があった方が――」
「お兄ちゃんは心配性なんだよっ。そんなだから彼女が出来ないんだよっ」
「そ、それは関係ないだろっ」
美帆ちゃんに茶化されムッとする陽介くん。
気持ちはよくわかるぞ。
「っていうかお兄ちゃんの方こそ、そんな沢山装備してるから動きが遅くなっちゃうんじゃないのっ?」
今度は美帆ちゃんが陽介くんの装備を見て口にした。
たしかに美帆ちゃんの言う通り、陽介くんは上下ともに剣道着のような鎧をまとっていて、両腕にはそれぞれ違う盾を装着しており、かなり重そうに見えた。
しかも見えないところにもさらにいくつかの防具を着込んでいるのだという。
一方の美帆ちゃんは短剣と盾を手にしていて、軽装の鎧を装備していた。
美帆ちゃん曰く、「お兄ちゃんにこれだけは装備しておけ」と無理矢理押し付けられたから、仕方なく鎧を着ているのだという。
本当は重いから鎧は着たくないのだそうだ。
それに引きかえ俺はというと、防具は何も装備せず、ただ両手に<プラチナナックル>。それのみだった。
「大丈夫だよ陽介くん。俺は防具なしでVランクのダンジョンもクリアしたことがあるし、俺のレベルは110だからさ」
「「ええっ!?」」
俺の言葉を受けて、陽介くんと美帆ちゃんがそろって驚きの声を上げた。
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺のレベルは110だって」
「は、初耳です……」
「聞いてないですよっ。士郎さんってすごい人だったんですね……」
「ま、そういうわけだからさ、俺のことは心配しないで。それよりあまり時間がないんだし、早速ダンジョンに入ろうか」
そう言い置くと、未だ俺のことを尊敬の眼差しでみつめている二人をよそに、俺はダンジョンへと足を踏み入れるのだった。
<群馬県伊勢崎市 V―21ダンジョン 地下一/一九階>
俺たちの行く手を遮るように翼の生えたスライムが正面に浮いている。
「神楽さん、そいつはフェアリースライムですっ。気を付けてくださいっ」
後方から陽介くんの声が飛ぶ。
続けて美帆ちゃんも「強さ自体はたいしたことないですけど、そのスライムは魔法を使ってきますよ!」と口にした。
二人に「わかったよ」と返した瞬間だった。
フェアリースライムが口を大きく開けたかと思うと、光の球をボンッと吐き出した。
その光の球は俺めがけて高速で飛んでくる。
「危ないっ! それに当たると大ダメージを受けます、神楽さん、避けてくだ――」
ばしっ。
手を振り上げ、その光の球を俺はいとも簡単にはじき飛ばしてみせた。
「ごめん陽介くん、今何か言った?」
「い、いえ……な、何も」
「すっごーい! やっぱりレベル110ってホントだったんですね、士郎さん!」
「え、うん、まあ」
後ろを振り向くと、目を丸くしている陽介くんと手を叩きながら目をきらきらと輝かせている美帆ちゃんがいた。
再び俺は前に向き直り、今度はこっちの攻撃の番だとばかりに素早く移動する。
フェアリースライムの背後を取った俺は、片手でそいつをの頭を掴むと手に力を込めた。
その刹那、フェアリースライムが俺の力に押し負けて、パンッと水風船のごとくはじけ飛んだ。
――うん。やはり今の俺なら、Vランクダンジョンをクリアするくらいは問題なさそうだ。
「それにしても、さっきから小さいモンスターばかりだな」
V―21ダンジョンに入ってからというもの、出遭うモンスターはみんな小型のモンスターばかりだった。
すると、俺の言葉を受けて陽介くんが応じる。
「体は小さいですけどみんな魔法攻撃タイプのモンスターばかりなので、油断は禁物です……」
そこへ美帆ちゃんが、
「また出た、お兄ちゃんの心配性。可愛いからいいじゃん! ね~、士郎さんっ!」
と続けた。
「み、美帆がそんなことばっかり言ってるから、ぼくたちは地下一二階より先に行けないんだぞ」
「あーっ、お兄ちゃんわたしのせいにしてるっ! 自分だって変な防具ばっかり着込んで動きがのろいくせにっ!」
「なんだとっ」
「何よっ」
「まあまあ二人とも、とりあえず落ち着いて」
二人は意外と仲が悪いのか、気を抜くとすぐに兄妹喧嘩を始めてしまう。
毎回その間に入って仲を取り持つ俺の身にもなってくれ。
「まったく、美帆は自分勝手なんだから……」
「それはお兄ちゃんの方でしょ。ベーだっ!」
舌を出し陽介くんを挑発する美帆ちゃん。
兄と妹の関係というものはこれが普通なのだろうか。
俺には兄弟がいないからなんともわからない。
「ほらほら、そうこう言ってる間に階段が見えてきたよ。さあ、二人とも先を急ごう」
「はーい!」
「は、はい」
俺の号令を合図に、美帆ちゃんと陽介くんは喧嘩を一時中断し、階段へと駆け出した。
ダンジョンの進行具合は順調そのものだった。
俺が思っていたよりも出てくるモンスターが弱かったことと、二人がレベルの割になかなかいい動きをすることが幸いした。
そのおかげで一時間半ほどで地下十階まで到達することが出来た。
――地下十階、陽介くんに教えてもらった隠し通路でしばし休憩をとる。
「こ、ここならモンスターに襲われる心配はありませんよ……多分ですけど」
「へー、よくこんないい場所みつけたね。すごいすごい」
「え、えへへ。ど、どうも……」
そこは一見して壁とそっくりな回転扉を抜けた先にある小部屋だった。
たしかにここならばモンスターは入ってはこないだろうと思われた。
「お兄ちゃんはダンジョン探索の間、いつも敵をわたしに押し付けて逃げ回ってばかりだったもんね~。隠し通路くらいは探せて当たり前だよね~」
「うるさいな、美帆は黙ってろよ。今はぼくと神楽さんが話してるんだから」
「ちょっと。言っとくけど士郎さんを連れてきたのはわたしなんだからねっ。お礼くらい言ってよねっ」
「はいはい。ありがとうございますー」
「心が全然こもってないしっ」
また兄妹喧嘩が始まった。
もうこれはいつものことなのかもしれないな。
わざわざ止める必要はないか。そう考え、俺は二人は無視してスマホを操作し出す。
スマホにアイテム一覧を表示させ、その中からさきのダンジョンで手に入れていた<オークの肉>と、このダンジョンでみつけた<ポーション>を具現化する。
それを一人黙々と食べていると、いい匂いに誘われたのか、
「あ、士郎さんっ。何食べてるんですかっ?」
「お、美味しそう……」
美帆ちゃんと陽介くんが口喧嘩をやめ、近寄ってきた。
「これはオークの肉だけど」
「「オークの肉?」」
「二人も食べる?」
見るからに食べたそうな顔をしていた二人に訊ねると、即答で「「はい、食べたいですっ」」と返ってきた。
俺は余分に持ち合わせていた<オークの肉>を二人に分けてやることに。
それを手にした二人は顔を見合わせてから、
「「いただきます!」」
と一言言って<オークの肉>にかぶりついた。
「お、美味しい~っ! なにこれ、すっごい美味しいですよ、これっ!」
「本当だっ。今まで食べた肉の中で一番美味しいかも……」
美帆ちゃんも陽介くんもほっぺたを押さえながら満面の笑みを浮かべる。
その様子を見て<オークの肉>を多めに取っておいてよかった、と心から思うのだった。