第6話
「た、助かった……」
コボルトたちに取り囲まれて絶体絶命のピンチだったが、緊急脱出のおかげで俺は危機一髪なんとか地上に戻ってこられることが出来た。
ダンジョンから戻ったことで負っていたダメージもすべて元通りに回復している。
「ふぅ~、危なかっ……ん? あ、あれっ?」
だが元通りではないものがあった。
さっきまで持っていたはずの<死を宣告するハンマー>と一万円札がどこにも見当たらないのだ。
スマホの中かと思いアイテム欄を確認するも、やはりそれらしいものは何もない。
「ど、どういうことだ……?」
そこで俺はハッとなる。
機械音声が俺に告げた《緊急脱出をするには対価が必要です。払いますか?》というセリフ。
もしや対価とは所持アイテムのことだったのか……?
俺はこの時、妙な胸騒ぎを覚えた。
アイテムがなくなった……だけで終わりなのか? と。
すぐさま俺は自身の<ステータス>も確認した。
すると――
「な、なっ!? う、嘘だろっ……」
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NAME:カグラ・シロウ
LEVEL:1
STR:9
DEF:8
AGI:7
LUK:3
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俺のレベルは1に戻っていて、各パラメータも初期値に戻されていた。
「な、なんてこった……マジかよ、くそったれ……」
俺はコンビニの裏手で小さくつぶやく。
「要は、こういうことか……緊急脱出すると持っていたアイテムが全部なくなって、さらにレベルも一に戻るのか……」
【ダンジョンサバイバー】の説明書きにはそんなこと書いてはいなかったが、どうやらそういうことらしい。
つまり俺のこれまでの頑張りはすべて無駄になったってわけだ。
「ちくしょう……マジか」
俺は今にも腰が砕けて地べたに倒れ込みそうになるのをなんとか必死にこらえる。
「こんなことなら使わなきゃよかった……くっそ。俺はもう二度と緊急脱出は使わないからな……」
親のかたきのようにスマホをにらみつけ、そう固く心に誓う俺だったが、その間もずっと俺の腹はぎゅるるる~と空腹を訴えむなしく鳴り続けていた。
近くのパン屋さんでパンの耳を無料で分けてもらった俺は、それを公園のベンチで一人食す。
周りには子ども連れの若いお母さんたちがいて、俺を不審そうな目で見てくるが知ったことか。
俺にはどうでもいいことだ。
それよりも今の俺の最優先事項は、1にまで戻ってしまったレベルを再び上げ直すことだ。
さっきのダンジョンだと今の俺では荷が勝ちすぎる。
最初に潜った俺の部屋にあるダンジョンにまた潜るしかないだろう。
そう心に決め、俺はベンチから勢いよく立ち上がると、
「よし、腹も膨れたっ。こっからはまたレベル上げだっ」
公園にいるお母さんと子どもたちなどお構いなしで高らかに宣言した。
家に戻った俺は早速部屋のドアの辺りをスマホのカメラで見る。もちろんそこにはブラックホールのような黒い球体があった。
俺はすぐさまそれに手を伸ばし、スライムとゴブリンの待つ最もランクの低いダンジョンへと突入する。
<群馬県伊勢崎市 Z―2ダンジョン 地下一/三階>
ダンジョンに下り立った俺は一匹のスライムと対峙していた。
ついさっきまでの俺ならばスライム程度、蚊ほどの存在価値もなかったが、今の俺にとってはレベル上げにかかせないモンスターのうちの一匹だ。
「せいぜい俺の養分になってくれっ!」
叫ぶと俺はスライムを思いきり踏みつけた。
『プギュッ……!』
スライムは小さく奇声を発し地面に伸びる。
数秒後、スライムは塵となって霧散していくが、スマホはレベルアップを告げることはなかった。
「一匹倒したくらいじゃ、さすがにレベルは上がらないよな」
息を一つ吐いてから、俺は気を取り直してスライムとゴブリン退治に精を出す。
一度経験しているダンジョンということもあり、道に迷うことなくダンジョン内を歩く俺。
説明書きに記してあった通り、一度倒したモンスターたちも再び出現していたので、俺はそれらをみつけては狩っていった。
だが残念なことにアイテムは時間が経っても復活しないようで、一つもみつけることは出来なかった。
やはり復活するのはあくまでも通常モンスターだけで、アイテムやボスは二度と復活はしないらしい。
俺は群馬県伊勢崎市にあるZ―2ダンジョンの地下三階へとやってきていた。
ここまでにスライムを数十匹とゴブリンを数体倒したことによって、俺のレベルは1から5まで上がっていた。
まだこころもとないレベルではあるが、それでもこのスライムとゴブリンしか出ないダンジョンでならば充分通用する。
「さてと、どうするかな」
このままもうしばらくこのダンジョンでレベル上げをするか、それとも別の低ランクダンジョンを探して潜るか。
正直言ってこのダンジョンにはもうアイテムは落ちていないので、ここで粘るメリットはあまりない。
とはいえ、今の俺のレベルにぴったり合った低ランクダンジョンを簡単にみつけることが出来るのかどうかもわからない。
「うーん……悩みどころだ」
ひとりごちる俺。
とそんな矢先、
『ギギギッ』
『ギギギギッ』
二体のゴブリンが俺の前に姿を見せた。
「考えるのはこいつらを倒してからだな」
俺の言葉を理解したのかどうか定かではないが、ゴブリンたちはいきり立って襲ってきた。
『ギギッ!』
『ギギギィッ!』
手に持ったこんぼうを振り上げ向かってくる二体のゴブリン。
俺は先頭のゴブリンの腹に前蹴りをくらわせ後方に吹っ飛ばす。
そしてあとから来たゴブリンと一対一になったところで、そいつの手首をガシッと掴んだ。
『ギギィッ!?』
「お前たちは攻撃が単調なんだよっ」
そう言って人間の子どもほどの背丈しかないゴブリンに膝蹴りを浴びせる。
俺の膝がゴブリンの顔面にクリーンヒットし、ゴブリンは意識を失った。
『ギギギィッ!』
もう一体のゴブリンが体勢を立て直してこちらに向かってくる。
俺は落ちていたこんぼうを拾うと、そいつを力いっぱい振り下ろしゴブリンの脳天をかち割った。
ついでに気を失っていたゴブリンにもとどめを刺す。
二体のゴブリンが消滅していくと同時にスマホが音を立てて鳴った。
俺のレベルが上がった合図だった。
とここで予期していなかった幸運が訪れる。
ゴブリンの死体があった場所にアイテムが出現したのだ。
ゴブリンを倒したことによるドロップアイテムだった。
俺はそばまで近付いていき、足元のアイテムをスマホの画面を介して見てみる。
するとそのアイテムは、
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プラチナナックル――こぶしに装着する武器。相手に与えるダメージが五倍になり、相手を倒した際の獲得経験値が三倍になる。さらにプラチナスライムを一撃で葬ることが出来る。
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<プラチナナックル>というとても強力な武器だった。
しかも驚くべきことにその換金額は、4000万円というでたらめな数字だったのだ。
およそ最低ランクダンジョンで手に入れられるとは思えない武器を手にした俺は、それを換金するかどうかで非常に頭を悩ませていた。
4000万円というとんでもない金額に心は揺り動かされる。
本当はすぐにでも換金したいくらいだ。そうすればこの先の人生だいぶ余裕が出来る。
少なくとも十年くらいは働かなくても生きていける。
しかし、そんなとんでもない金額ゆえに<プラチナナックル>という武器は換金してはいけないくらいの激レアアイテムなのではないか、と思う自分もいる。
もしそうだった場合、換金してしまってから気付いてももう遅い。
一度お金に換えてしまうと二度ともとのアイテムの状態には戻せないからだ。
<プラチナナックル>はこの先二度と手に入らない幻のアイテムという可能性もある。
「ど、どうするか……」
<プラチナナックル>を手に逡巡していると、ここでまたもゴブリンが姿を見せた。
今度は一体だけでのこのことやってくる。
俺はとりあえず持っていた<プラチナナックル>を両手に装着してみた。
重厚感のある見た目ながらそれは軽く、手に何かを着けているという違和感がほとんどない。
「おおっ。思っていたより扱いやすそうだぞ」
『ギギギィッ!』
襲いかかってくるゴブリンを俺は<プラチナナックル>を手にはめた状態で殴りつけてやった。
そうしたところ、
『ギャッ……!』
ゴブリンは風船が破裂したかのように、脳しょうをまき散らして絶命した。
「うおー、すげぇ威力だ」
俺は<プラチナナックル>の効果を実際に身をもって感じて、これは当分の間は換金せずに自分で使おうと心に決めるのだった。
もしかしてゴブリンはレアアイテムをドロップする確率が高いのではないか、そう考えた俺はゴブリン狩りを進んで行った。
しかし数十体倒してもゴブリンは薬草一つすらドロップしなかった。
つまり俺が<プラチナナックル>を入手することが出来たのは、本当にただただ運がよかっただけだということだ。
そして数十体のゴブリンを<プラチナナックル>を装備した状態で倒した結果、俺のレベルは前回の21を超えて、24にまで上がっていた。
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NAME:カグラ・シロウ
LEVEL:24
STR:42
DEF:39
AGI:37
LUK:23
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