第5話
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死を宣告するハンマー――このハンマーの攻撃が当たった相手は十秒後、必ず死ぬ。
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「……そんな効果があったのか」
俺は<死を宣告するハンマー>とやらをスマホに収納した。
もう秋月さんはいないのだからもらっても構わないだろう。
そう。
秋月さんはもうこの世にはいない。
ハンマーの攻撃が当たったことで死に至ったと思われた。
そしてこれは俺の推測だが、プレイヤーに殺された者はそれがモンスターであれ人間であれ、灰と化して消えるのだろう。
だからこそ、秋月さんは跡形もなく俺の目の前から姿を消したのだろう。
その後、俺は自宅へと戻った。
ベッドの上で何気なくスマホを操作する。
すると【ダンジョンサバイバー】のホーム画面の<フレンド>の項目が目に入った。
試しにそれを押してみるが、もうそこに秋月綾の文字はなかった。
それからもう一つ気付いたことがあった。
それは俺のレベルが13から21に上がっていたということだ。
レベル13以降モンスターは倒していない。
倒したのはしいて言えば秋月さんだけだった。
つまりこのゲームはモンスターだけではなく、人間を殺してもレベルが上がるということらしい。
「まったく。そういう大事なことは説明書きにきちんと書いておいてくれよな……」
俺は大きく息を吐くと目を閉じた。そしてやってきた睡魔に身をゆだねるのだった。
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NAME:カグラ・シロウ
LEVEL:21
STR:38
DEF:34
AGI:33
LUK:18
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秋月さんがこの世を去った翌日のこと、俺は家をあとにすると街中で【ダンジョンサバイバー】を起動させていた。
そしてスマホのカメラを使っていたるところを映して回る。
自分の家にはほかにダンジョンの出入り口が見当たらなかったので外に出て探すことにしたのだが、しかしこれがなかなかみつからない。
しかもはたから見ると平日の真っ昼間からスマホゲームをしている若者と認識されるので、どうしても奇異の目で見られてしまう。
まあ俺は今さら周囲の人間にどう思われようが痛くもかゆくもないのだが、目立つ行動は出来るだけ避けたいところだ。
なぜならば、【ダンジョンサバイバー】は俺以外にもプレイヤーがいるようなので、もし俺がプレイヤーだと知られるとまた命を狙われないとも限らないからだ。
いつ死んでもいいと思っていた俺だが、こんな面白いゲームを中途半端なまま終わらせたくはない。
どうせなら極めたいという欲が出てきてしまっているのだ。
今の俺はゲームを純粋に楽しむためにも、ほかのプレイヤーから身を守るためにも、もっとランクの高いダンジョンをみつけてそこでレベルを上げるつもりだ。
そしてねずみ色だった俺のつまらない人生をバラ色に塗り変えてやるのだ。
と意気込んだはいいものの、俺は今現在ほぼ一文無しの状態なのだった。
これでは新たなダンジョンを探し当てる前に餓死してしまうかもしれない。
しかしながらバイトをする気にはいまだなれず、俺はどうしたものかと頭を悩ませながら街中をさまよっていた。
するとコンビニの裏手に回ったところで、スマホの画面にブラックホールのような黒い塊が浮かび上がった。
「ダンジョンだっ」
俺はそこへと近付いていき画面を凝視する。
画面の上の方には<群馬県伊勢崎市 W―9ダンジョン 地下〇/七階>という文字が出ている。
「えっと、Wってことは……A、B、C、D、E……」
Wとはつまり、前回潜ったZのダンジョンより三つもランクが上ってことになる。
階層も前回の倍以上に増えている。
俺は数瞬考えを巡らせたのち、
「……まあ、大丈夫だろ」
楽観的なセリフを吐く。
「こっちには死を宣告するハンマーもあることだしな」
レベルがある程度上がっていることと、秋月さんからパクった武器があることで俺は気が大きくなっていた。
なのできょろきょろと辺りを見回し人がいないことを確認すると、俺はすぐさまそのダンジョンへと突入した。
ダンジョンに入った俺はまず、スマホから一撃必殺の武器である<死を宣告するハンマー>を取り出した。
それを右手に持ち周囲を警戒するが辺りにモンスターの気配はない。
ぎゅるるるる~。
とその時、俺の腹が空腹を訴え出した。
昨日の夜は何も食べていないし、今朝は食パンを一枚食べただけ。
それだけでは成人男性の一食に必要なカロリーにはおそらく足りてはいまい。
とは言えお金もないし、そもそもここはダンジョンの中だ。
「何か食べられそうなアイテム、落ちてないかなぁ……」
俺はハンマー片手にダンジョン内を歩き出した。
しばらく通路を進むと、前方からこちらに向かって近付いてくる影が見えた。
おそらく俺と同じくらいの体格で、シルエットから察するに体毛がやたらと生えているように見受けられる。
俺はそいつにスマホを向けて正体を確認した。
スマホに表示された名前はコボルト。
醜悪な顔をした人型のモンスターだった。
『ウケケケッ』
コボルトは俺と目が合うと駆け出した。
長い爪を俺めがけて振り下ろしてくる。
『ウケケッ!』
「うおっと」
俺はバックステップをし、その攻撃を紙一重でかわす。
が、なおもコボルトは攻撃の手を緩めず襲い来る。
『ウケケッ、ケケッ!』
「あぶねっ、このっ……」
狭い通路でどんどんと押し込まれる俺。
振り返り見ると壁がもうすぐ後ろにまで迫っていた。
「調子に乗るなっ!」
『ウゲッ!』
俺は持っていたハンマーを思いきり振り回した。
それがコボルトの腕をチッとかすめた。
『ウケケーッ!!』
俺の反撃に気分を害したようで、コボルトはいきり立って襲いかかってくる。
俺は爪による斬撃をハンマーを使いなんとか防ぐ。
そうこうしているうちにコボルトは突如『ウゲゲッ……!』と苦しそうな声を上げた。
その直後、コボルトは勝手に地面に倒れ込み、数瞬したのち黒い灰となって消滅した。
「ふぅ……ハンマーの効果が出たらしいな」
<死を宣告するハンマー>の、攻撃が当たった相手は十秒後に死滅するという効果は本物のようだ。
この武器さえあれば、どんなに強いモンスター相手でもなんとかなるかもしれない。
さらに嬉しいことにコボルトを倒したことによって俺のレベルは1上がり、その上コボルトは消滅する際にとあるアイテムをドロップしていってくれた。
俺はそれを見下ろし、
「なんだ? また毒消し草か……?」
拾い上げる。
そしてスマホを介してそれを覗いた。
すると画面にはアイテム名と効果が表示される。
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薬草――体力を回復させるハーブ。ある程度の怪我なら治すことも可能。美味しくはない。
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「薬草か……こんなものでも食べないよりはマシかな」
空腹で今にもめまいを起こしそうな俺は、手に入れたばかりの薬草をむしゃむしゃと食すのだった。
薬草を食べたことで腹の虫は多少はおとなしくなった。
とはいえこれはただの一時しのぎでしかない。
数時間以内に何かしっかりしたものを摂取しなければ本当に倒れてしまうかもしれない。
モンスターにやられて死ぬのならともかく、空腹で死ぬなんてあまりに情けない。
いっそのことお金自体が落ちてはいないだろうか。
などと空腹で馬鹿なことを考え出す始末。
結局、地下一階には薬草以外にめぼしいアイテムはなかった。
せめて薬草でもいいからあと何枚かあれば、腹の虫もそれなりに落ち着いてくれるのだろうが。
俺はないとわかっていながら現在の所持アイテムをあらためて見直す。
すると当たり前だが<アイテム>の項目には<道連れ石>しか載ってはいない。
「はぁ、いらねーアイテムだな」
これが食べられるアイテムだったらよかったのにな。
俺は恨めしい気分で<道連れ石>の文字を見下ろしていた。
そんな時だった。
視界の端にこれまでは気付かなかったポップアップウィンドウをとらえた。
「ん? なんだこれ?」
俺はとりあえずそれをタップしてみる。
途端に文字が浮かび上がったのだが、それはなんとも魅力的なものだった。
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道連れ石――10000円に換金可能。
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「い、一万円に、換金可能だって……?」
まだいまいちよくはわからないものの、お金という文字にいやおうなしに心が躍る。
これはもしかしたらもしかするのでは……。
俺は願いを込めてその文字をそっと押してみる。
と次の瞬間、アイテム欄に<道連れ石>の文字がなくなり、その代わりに<10000円>という文字が出現した。
「お、おいおい。これってマジかよ……換金されたのか? アイテムがお金になったっていうのか?」
はやる気持ちをおさえつつ、俺は<10000円>の文字をタップした。
すると俺の期待通り、画面からは<10000円>の文字が消え、それと同時に一万円札が俺の手元に現れた。
「うおっ! お金だっ! お金が出てきたぞっ!」
久しぶりに一万円札の感触を肌で感じて、俺はここがダンジョンの中だということも忘れて、大声を上げる。
「すげぇ……すごいぞこれはっ! はははっ、マジかよっ!」
まったくもって使い道のなかった<道連れ石>が一万円札に化けたことにより、俺は狂喜乱舞する。
「ひゃっはー! これならこの先お金には一生困らないぞっ!!」
だからこそ、この時の俺は気付いてはいなかった。
俺の上げた大声が、どこかしらにいたモンスターの大群を呼び寄せてしまっていたということを。
ひと通り騒ぎ終えたところで、俺はモンスターの足音がこちらに迫っていることにようやく気が付いた。
しかもモンスターは一体や二体などではなく、かなりの数がいるように思われた。
ざっざっざっざっ。
俺は息を潜める。
運悪く俺が今いる場所は通路のど真ん中。
挟まれたら逃げ場がない。
そう思った矢先、
『ウケケケケッ』
『ケケケケッ』
『ウケケケッ』
・
・
前と後ろから同時にコボルトの群れが姿を見せた。
「ヤバっ……」
俺はハンマーを持つ手に力を込める。
それとともに一万円札を持つ手もぎゅっと握り締めていた。
『ウキャッ!』
『ウケケッ!』
二方向から一斉に襲い掛かってくるコボルトたち。
俺はハンマーを振り回して応戦するが、コボルトたちはハンマーになかなか当たってはくれない。
俺との間合いをはかりつつヒットアンドアウェイ戦法で行くつもりなのか、俺に爪による斬撃を少しだけ浴びせては退き、浴びせては退きを繰り返す。
「く、くそっ……避けんなっ! 正々堂々ちゃんとかかってこいっ!」
『ウケケッ』
『ウケケケッ』
『ケケケッ』
・
・
コボルトたちはそれなりに頭が回るらしい。
俺の体力を少しずつ削っていくのが狙いなら、悔しいがそれは非常に効果的だ。
<死を宣告するハンマー>は一対一ならとてつもない殲滅力を誇るが、残念ながら対複数に特化した武器ではない。
しかも当たってから死滅するまでに十秒のタイムラグがあるというのも、大勢のモンスターを相手にする上では見過ごせない欠点だ。
それでも俺はなんとか二体のコボルトを倒すことに成功する。
しかし、その間に俺もかなりのダメージを負ってしまっていた。
「マズいな、どんどんコボルトたちが集まってくるぞ……きりがない」
『ウケケケッ』
『ケケケケッ』
『ウケケケケッ』
・
・
今の俺には回復アイテムもない。
さっき薬草を無駄食いしなければよかった。なんて後悔してももう遅い。
向こうはわらわらとわいてくるのに対して、こっちは全身傷だらけの血だらけだ。
このままでは殺されるのも時間の問題だろう。
そう俺は悟った。
「くっ……し、仕方ない。緊急脱出しかないか」
俺は【ダンジョンサバイバー】の機能である緊急脱出に頼らざるを得ないと考え、それを実行するため声に出した。
すると俺の声に呼応してスマホから機械音声が発される。
《緊急脱出をするためには対価が必要です。払いますか?》
「対価っ? 対価ってなんだっ?」
俺はコボルトたちをハンマーで牽制しつつ叫んだ。
《緊急脱出をするためには対価が必要です。払いますか?》
「だから対価ってなんだよっ!」
《緊急脱出をするためには対価が必要です。払いますか?》
俺の問いには答えず、壊れた機械のように音声はただ繰り返すだけ。
すごい技術が使われているはずなのに、こんな簡単な問答も出来ないのかよ。
『ウケケッ!』
『ケケケケッ!』
『ウケケケッ!』
・
・
コボルトたちはなおもヒットアンドアウェイを続けていた。
これではらちが明かない。
「くそっ!」
《緊急脱出をするためには対価が必要です。払いますか?》
「わかった、払ってやるからさっさと俺を地上に戻せっ!」
そう声を張り上げた刹那、俺の身体はまばゆいばかりの白光に包まれた。
そして次に目を開けた時には――俺はコンビニの裏手に戻っていた。