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第4話

 店もだいぶ混雑してきたので秋月さんは、

「そろそろ出ようか」

 と言ってきた。

「そうですね」俺がそう返事をしようとした矢先のことだった。

「おいてめぇら。もう食べ終わってんだろっ。さっさと席空けろやっ」

 見るからにガラの悪い男が大きな声で絡んできた。

 さらにその男の後ろから二人の男がやってきて、

「うおっ、つうか超美人じゃんっ!」

「うーわ、マジ美女っ」

 秋月さんを見て声を上げる。

「秋月さん、出ましょう」

 俺は相手にしない方がいいと感じて秋月さんに目配せするが、男たちは秋月さんにロックオンしたようだった。

「おい待てよっ。あんたはオレらと一緒に飯食おうぜっ」

「そうだぜ、オレらがおごってやるからよっ」

 そう言って男たちは秋月さんの肩に手を置く。

 体重をかけて秋月さんを立ち上がらせないようにしていた。

 それを見て、

「彼女が嫌がってるから手を放してくれませんか」

 出来るだけ丁寧な言葉で声をかける俺。

 こんな混雑した店の中で面倒事は避けたいと思ってのことだった。

 しかし男たちは俺の言葉など意に介さず、

「てめぇはすっこんでなっ!」

 と俺の胸をどついてきた。

 その拍子に俺は床に尻もちをついてしまう。

 その時だった。

 ずっと無抵抗で黙っていた秋月さんが見たこともないような怖い目をして、俺を突き飛ばした男の腕を掴んだ。

「あ? なんだ、いてててっ……お、折れるっ……!」

 秋月さんが力を込めたことで男は痛がって床に膝をつく。

「な、何してんだ、放しやがれっ!」

「このアマっ!」

 それを受け、ほかの二人の男が秋月さんに手を上げようとした。

 俺はもう面倒事がどうとか気にしている場合じゃないと思い、その男二人の顔面を一発ずつ殴りつける。

 するとどうだろう、男たちは後方に吹っ飛んで床を転がっていった。

 その光景に店内にいた客たちは驚きの表情を浮かべるが、何を隠そう一番驚いていたのは俺だった。

 俺はダンジョンでの戦いを経て、幾度となくレベルアップを経験したことで思っていた以上に強くなっていたようだった。

 ホブゴブリンに比べたらなんてことはない。人間の男などすでに俺の敵ではなかったのだ。

 店の床に伸びている男二人を見て秋月さんに組み伏せられていた男は観念したのか、

「わ、わかった、オレらが悪かったっ! だ、だから放してくれっ」

 涙目で秋月さんに謝り出す。

「わかったわ、許してあげる。でももう二度とわたしたちの前に現れないでね」

 秋月さんは淡々と口にすると、

「次はないから」

 と言い置いてから男の腕から手を放した。

「くっ……」

 男は二人の伸びてしまっている男たちを置き去りにして店から逃げ去っていく。

 その背中を見送ってから秋月さんは俺に向き直り、

「助けてくれてありがとうね、神楽くん」

 と再び優しい眼差しに戻ったのだった。

「これからまだ時間ある?」

 喫茶店をあとにすると秋月さんは振り向きざま訊いてくる。

「はい、大丈夫ですけど」

 時間なら掃いて捨てるほどある。

 それがニートの特権だからな。

「よかったわ。だったらこれからわたしの家に来てくれないかしら」

「え……秋月さんの家にですか?」

 一瞬にして心臓の鼓動が早まる。

「まだ話し足りないこともあるし、いいでしょ?」

「ええ、はい、それはまあ」

 と返事をする俺。

 女性の家に行くのは初めての経験だったので内心はかなり喜んでいたのだが、努めて冷静さを保って答えた。

「よかったわ。わたしの家すぐ近くだから、このまま歩いていきましょう」

「は、はい」

 こうして俺は浮かれ気分で、秋月さんとともに秋月さんの家へ向かうこととなった。


「へー、一軒家なんですね」

 俺は秋月さんが住んでいるという家を見上げ声に出す。

「うん、そうなの。でも一人暮らしだから安心してね」

「は、はい」

 と返しつつ、それはどういう意味なのだろうと深読みしてしまう。

 そんな思いが表情にあらわれていたのか、秋月さんは「神楽くん、今なんか変なこと考えてる?」と前髪を押さえつつ俺の顔を覗き込んできた。

「いや、そんなことないですよっ」

 俺はとっさに嘘をつく。

「うふふっ、冗談よ。わたしは神楽くんのこと、信じてるから。じゃあ上がってちょうだい」

 言って秋月さんはドアを開けると俺を家の中に招き入れた。

 二十九歳の女性が一軒家に一人暮らしとは珍しい気もするが、この辺りは地価が安いのであり得なくもないことなのだろう。

 香水なのか芳香剤なのかはわからないが、家の中はいい匂いがした。

 部屋に案内されるとそこにはアンティーク調の立派な家具が置かれていて、生活水準の高さがうかがえた。

 もしかしたら秋月さんの実家はお金持ちで、秋月さんはお嬢様なのかもしれない。

 そんな下世話なことを考えていると、

「本当はわたしの部屋に招待したかったんだけど、今部屋が散らかってるからリビングでごめんね」

 秋月さんは可愛らしく手を合わせた。

「いえ、全然大丈夫ですよ」

 正直なところ秋月さんの部屋には入ってみたかったが、緊張しすぎて我を忘れてしまいそうなので俺にはリビングがちょうどいい。

「適当に座ってて。今何か飲み物でも持ってくるから」

「あ、ありがとうございます」

 俺は近くにあった椅子に腰かける。

 その椅子もなかなかに高価な代物のようだった。

 キッチンの方から「紅茶とコーヒー、どっちがいいっ?」と投げかけられる。

「じゃ、じゃあコーヒーでっ」

 本当は紅茶もコーヒーもあまり好きではないのだが、そんなことを言って今のよさげな雰囲気を壊したくはなかったので俺はそう返しておいた。

 秋月さんを待っている間、手持ち無沙汰になった俺は部屋を見回す。

 すると写真立てが倒れていることに気付いたので、俺はすっと立ち上がりそれに手を伸ばした。

 まさにその瞬間だった。

 ドガシャッ!

 俺が今座っていた椅子が派手に壊れる音がした。

 何事かと慌てて振り返った俺は信じられない光景を目にする。

 それは――俺がいた場所に大きなハンマーを振り下ろした直後の秋月さんの姿だった。


「えっ、な、なんなんですか一体っ!?」

 俺は突然の出来事に腹の底から声を張り上げる。

 それに対し秋月さんは、

「なんで避けちゃうかなぁ。隙だらけだったのに。もう~」

 と頬を膨らませ愚痴る。

「はっ、えっ!?」

 秋月さんの表情はこれまでと変わらず柔和なものだったが、言動が一致していない。

「そ、それ、ハンマーですかっ? まさか、それで俺を……こ、殺そうと?」

 そんなはずあってたまるか、俺の勘違いであってくれ。

 そう祈りながらおそるおそる訊ねるも、

「ぴんぽーん、大正解っ。わたしは神楽くんを殺す気満々よ」

 秋月さんは笑顔で言い放った。

「な、な、なんでそんなことをっ」

 言いつつ秋月さんから距離を取る。

 秋月さんが手にしているハンマーは異様な色形をしていて、おそらくだがダンジョンで手に入れたアイテムなのだろうと思われた。

 だからこそ俺はハンマーから片時も目を離さないようにする。

「なんでって、だってライバルは一人でも少ない方がいいでしょ」

「ラ、ライバル……?」

 俺の反応を見て秋月さんが「ふふふっ」と笑った。

「神楽くんってやっぱり正真正銘、駄目ニートなのね」

「な、どういうことですかっ」

「ダンジョンの中にあるアイテムは早い者勝ちなんだから、自分以外のプレイヤーはみんなライバルでしょ。そんなこともわからないようだから神楽くんは童貞なのよ」

「そ、それは今関係ないでしょうがっ」

 俺の怒声を気にも留めず秋月さんは続ける。

「ダンジョンだって多分無限じゃないと思うのよね。そうなるとアイテムもボスも奪い合いでしょ。わたしこう見えてかなりの負けず嫌いだから、誰かがわたしの獲物を奪ってると思うと我慢できないのよね。だからわたしの近くにいるプレイヤーは邪魔なの。ってわけでもうこれまでにも沢山殺してきたから今さら神楽くんが命乞いをしたとしてもわたしは助けるつもりなんてこれっぽっちもないから」

 ハンマー片手にゆっくりとこちらに近付いてくる秋月さん。

 その目は喫茶店で男たちに対して見せたものと同じで、おそろしく冷たい目をしていた。

「お、俺以外にもこんなことを……」

「みんなすっかり油断して隙だらけだったわよ。それはそうよね。わたしみたいな美人に家に誘われたら浮足立っちゃうもんね、うふふっ」

 俺は秋月さんにのこのことついてきてしまった自分を恥じるとともに、その安易な行動を悔いていた。

 よくよく考えればわかることだ。

 俺が女性に好意を持たれるはずなんてなかったのだ。

 家に誘われた時点でおかしいと思うべきだったのだ。

「さっ、もういいかしら。そろそろおとなしく死んでくれる? 人生最後にわたしみたいな美人と喫茶店デートできて楽しかったでしょ。もう思い残すことはないわよね」

「ま、待ってくださいっ」

「命乞いは聞かないって言ったはずよ」

「そ、そうじゃなくて。俺も秋月さんに隠し事をしてました」

 俺はそう言ってスマホを手に取る。

「なあに、隠し事って?」

 首をかしげる秋月さん。

 こんな状況でさえその姿を可愛いと思ってしまう自分が恨めしい。

「俺、本当はダンジョンからアイテムを持ち帰っているんです」

「ふーん、そうなの」

 秋月さんの眉間に少しだけだがしわが寄る。

「で、どんなアイテムなの? せっかくだから殺す前にわたしがもらってあげる」

「あ、あげるつもりなんてないですよ。だってこれは……俺の切り札ですからねっ」

 そう言って俺がスマホから取り出したものは――所持者が死ぬと同時に大爆発を起こすというアイテム、その名も<道連れ石>だった。


「なっ!? そ、それってもしかして道連れ石っ!?」

 秋月さんがうろたえる。

 俺はこの時初めて、秋月さんの動揺した姿を見た。

「秋月さんが道連れ石を知っててよかったです。説明する手間が省けます」

「よ、よりによって、なんてもん持ってるのよっ」

 秋月さんの反応からして秋月さんは<道連れ石>の効果を間違いなく知っている。

 そうなると秋月さんは俺に手出しできないということになる。

「卑怯よ、そんなもの持ってるなんてっ。さっさと捨てなさいよっ」

「捨てるわけないでしょ。これが俺の生命線なんですからね」

 秋月さんは攻撃するそぶりを見せない。

 それもそのはず、俺を殺したら秋月さんだって無事では済まない。

 それどころか下手したら一緒にあの世へ行くことになるかもしれないのだからな。

「くっ……か、考えたわね」

 顔をしかめ俺をにらみつけてくる秋月さん。

 これでなんとか均衡は保てる。

 だがしかし、このままにらみ合っていてもらちが明かないのもまた事実。

 ならばここはイチかバチか賭けてみるか。

「秋月さん。どうです、今回は痛み分けってことでこのまま別れませんか?」

「何、どういうことよ」

「俺がこの道連れ石を持っている以上、秋月さんは俺を殺せないし、俺は秋月さんを殺したくはないのでこのまま別れて二度と会わないようにしましょうって言ってるんです」

 俺の言葉に秋月さんが呆れ笑う。

「はっ。わたしが神楽くんを殺せないってところはいいとして、神楽くんが私を殺したくないってところにはひっかかるわね。それじゃあまるで、神楽くんはわたしを殺すことが出来るみたいな言い方じゃないの」

「出来ますよ」

 俺のこの返答が気に入らなかったようで直後、秋月さんが激昂した。

「ふ、ふざけんじゃないわよっ。わたしはあんたなんかより強いのよっ。ダンジョンにももう何十回と潜ってるし、レベルだって40超えてるんだからねっ。なめんじゃないわよっ!」

 長い髪を振り乱す秋月さん。

 これまでの清楚で上品な面影はもうそこにはなかった。

 俺は冷静さを失っている様子の秋月さんを見てここぞとばかりに攻める。

「俺がダンジョンから持ち帰ったアイテムは道連れ石だけじゃないんですよ。実はもう一つあって……」

 そう言って俺はズボンのポケットから使用済みのティッシュペーパーを取り出してみせた。

「これです」

「は? 何よそれ。ただの丸めたティッシュじゃない」

「ふっ、なんだ。秋月さんはこのアイテムを知らないんですね」

「な、なんなの……アイテム?」

 眉を寄せ訝しがる秋月さんに俺は、

「これはデスペーパーといって、ここに名前を書いて破くとその相手を死に至らしめることが出来るという一撃必殺のアイテムなんです」

 とそれらしくハッタリをかましてみた。

 ……もちろん大嘘だがな。


「う、嘘よっ。そんなおかしなアイテムあるわけないじゃないっ。わたしは信じないわよっ」

「そうですか。だったら秋月さんの名前を書いてもいいんですね?」

 言って俺はポケットからペンを取り出し、ティッシュに秋月綾と書く。

 それを見せつけ、

「これを破けば秋月さんは死にます」

 そう宣告した。

「そ、そんなの嘘だわ……絶対に嘘よっ」

「じゃあ試しに破ってみましょうか?」

「……ま、待って……!」

 秋月さんはわなわなと体を震わせながら下唇を噛む。

 そして、

「や、破らないで……」

 と俺に懇願した。

 秋月さんとしてもおそらく俺の話を疑っているのだろうが、万が一という可能性もあるため強くは出られないのだろう。

 俺は心の中でほくそ笑む。

「じゃあ、そのハンマーをまず床に置いてください」

「わ、わかったわ……」

 渋々俺に従い、持っていたハンマーを床に置く秋月さん。

「それから俺はここを出ていきますから、秋月さんは俺から離れてください。それともう二度と連絡してこないでください。わかりましたね?」

「わ、わかったから、そのアイテム渡してよっ……」

「俺が無事にこの家を出られたら玄関の前に置いておきますよ」

「っ……」

 秋月さんは何も返さない。

 ただ俺を射殺すような目でじっと睨むだけ。

 俺は秋月さんと間合いを取りつつじりじりと扉の方へ移動する。

 とここで俺は床のハンマーに目線を一瞬だけ落とした。

 その瞬間だった。

「このーっ!!」

 秋月さんは何を思ったのか俺に向かって飛びかかってきた。

 今思えば秋月さんを追い詰め過ぎてしまっていたのかもしれない。

「く、秋月さんっ……」

「それを渡せーっ!!」

 秋月さんは女性とは思えないほど力が強かった。

 間違いなく俺より格上のプレイヤーだった。

 そんな秋月さんを相手に俺は必死に抵抗した。

 しかしもみ合いになっているうちに俺は床に押し倒されてしまう。

「ぐあっ……」

「あんたなんか殺してやるわっ!!」

 死を間際にして俺はとっさに床に落ちていたハンマーを握った。

 思いのほか軽かったそれを無我夢中で振り上げる。

「うわぁぁーっ!」

 すると秋月さんの左頬をハンマーがクリーンヒット。

 秋月さんは壁に吹っ飛んで体を強く打つと、床に倒れてそのまま動かなくなった。

「はぁっ、はぁっ……」

 直後、秋月さんの体が黒い粒子となって霧散していく。

 まるでモンスターを倒した時と同じように。

 俺はその光景を息を切らしながら、ただただ眺め続けていた。

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