第2話
スライムはゴブリンと同じく、ゲームの中ではかなり弱い部類のモンスターだ。
おそらく最弱と言ってもいいだろう。
そんなスライムがたった一匹で俺と戦おうとしている。
正直弱い者いじめは好きではないのだが、相手が弱いからといって差別するのはもっと気が進まない。
なので俺は向かってくるスライムに備えて戦いの構えを取った。
「さあ来い、スライムっ」
『ピキーッ!』
威勢よく鳴いたスライムは俺の胸元に体当たりをしてくる。
しかしゴムボールが当たったくらいの衝撃でしかなかった。
着地したスライムはなおも攻撃を仕掛けてくる。
左右に体を揺らしながら俺の一挙手一投足に注視して、次の瞬間『ピキーッ!』と俺の顔面に飛びかかってきた。
俺はその攻撃に合わせてタイミングよくカウンターパンチをお見舞いしてやる。
「おりゃっ!」
『ピギャ……!』
俺のパンチがクリーンヒットしたことで、スライムは地面に叩きつけられた。
そのまま伸びてしまい、直後塵となって跡形もなく消滅した。
スライムを倒したが、スマホは鳴らなかった。
一匹のスライムを倒したくらいでは俺のレベルは上がらないらしい。
地下一階のモンスターはすべて倒し尽くしたようで、いくら歩き回ってももうモンスターに出遭うことはなかった。
そのため俺は地下二階へと続く階段を下りていく。
地下二階も地下一階と造りはあまり変わらず、石造りの壁と沢山の松明が目に入ってきた。
しばらく歩くと俺は通路上に青色の液体が入ったボトルを発見する。
スマホをかざして画面を見ると、そこには<ポーション>と表示されていた。
――――――――――――――――――――――――ー
ポーション――体力を回復させるドリンク。ある程度の怪我なら治すことも可能。
――――――――――――――――――――――――ー
俺はそれを拾うとズボンのポケットに突っ込んだ。
右のポケットには道連れ石、左のポケットにはスマホとポーション。
「まいったな。次ダンジョンに潜る時はバッグを持ってくるか」
そう口にした俺だったが、説明書きにアイテムはスマホに収納できる旨が書いてあったことを思い出し、早速それを試してみる。
ポーションを手に取りスマホに近づけていく。
するとスマホの画面に当たった瞬間、ポーションはスマホの中に吸い込まれていった。
「おおっ!」
と思わず声が出る。
「これはいいぞ」
次に道連れ石も同様にスマホに当てると、やはりスマホの中に収納することが出来た。
俺は身軽になったことで気分をよくする。
「面白いな、これ。取り出す時はたしかアイテムの項目から選べばいいはずだよな」
試しにホーム画面の<アイテム>の文字を押すと現在の所持アイテム一覧が表示された。
そこには今さっき俺がスマホにおさめたポーションと道連れ石がちゃんと載っていて、ポーションの文字をタップするとそれが具現化して出てきた。
「よし、問題ないな。今は必要ないからしまっておくか」
俺は再びポーションをスマホに収納すると、一度深く息を吐いてからダンジョンの先へと歩を進めるのだった。
地下二階にはスライムとゴブリンのほかに、キュアスライムというモンスターがいた。
キュアスライムは動きが遅く力もないが、仲間のモンスターを回復させる呪文が使えるようだった。
そのため俺はキュアスライムから先に倒すよう心掛けた。
「はあぁっ!」
駆け寄ってキュアスライムの横っ面を殴りつけると、キュアスライムは『キュッ……!』という声を発して地面に沈む。
続けざま、俺はゴブリンの持つこん棒を蹴って弾き飛ばした。
ゴブリンは、
『ギギギッ!?』
虚を突かれたようで硬直する。
その隙を見逃すはずもなく俺は前蹴りでゴブリンの腹を蹴り飛ばす。
『グギャッ……!』
ゴブリンは体がくの字に折れ曲がり絶命する。
キュアスライムとゴブリンが霧散していくと同時に、スマホが俺のレベルアップを告げる音を鳴らした。
『ピキーッ……』
最後に残ったスライムは勝てないとわかり逃げ出すが、俺は弱いものが相手でも容赦はしない。
スライムを追いかけると脳天にかかと落としをくらわせこれを破裂させた。
――――――――――――――――――――――――ー
NAME:カグラ・シロウ
LEVEL:6
STR:15
DEF:13
AGI:12
LUK:8
――――――――――――――――――――――――ー
スライムが黒い灰になって消えていく。
するとスライムのいた場所に植物の葉っぱのようなアイテムが出現した。
どうやらスライムのドロップアイテムらしい。
俺はそれをスマホで確認する。
――――――――――――――――――――――――ー
毒消し草――解毒作用のあるハーブ。美味しくはない。
――――――――――――――――――――――――ー
「なんだ、毒消し草かこれ」
ゲームでお馴染みの毒消し草だった。
今のところ使い道はないので、とりあえずスマホにしまうと俺は周りを見渡した。
モンスターの気配もアイテムの存在も感じられない。
レベルも結構上がったことだし――
「そろそろ地下三階に下りますか」
俺はこのダンジョンの最深階であり、ダンジョンのボスが待つ地下三階へと足を運ぶことにした。
<群馬県伊勢崎市 Z―2ダンジョン 地下三/三階>
地下三階に下り立った俺はものすごい数のゴブリンに周りを囲まれてしまっていた。
『ギギギッ』
『ギギギッ』
『ギギギッ』
・
・
ゴブリンたちはこん棒を振り上げ、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だ。
だが俺は一歩も引かない。
恐怖心よりも好奇心が優っているらしく、俺の脳内には快感物質がとめどなく溢れ出ているのが自分でもよくわかる。
「来いよ、ゴブリンども。死にたい奴からかかってこいっ!」
俺の言葉が合図だったかのごとく、ゴブリンたちは一斉に飛びかかってきた。
俺は頭をガードしつつ、目の前のゴブリンの顔を殴りつける。
『グギャッ……!』
俺のこぶしはゴブリンのあごを的確にとらえ、これを打ち倒す。
さらに裏拳を繰り出し周囲にいたゴブリンたちをなぎ払うと、振り返りざま目が合ったゴブリンの腹を思いきり蹴り上げた。
『ギェッ……!』
小さな体躯のゴブリンは俺の蹴りによって天井にぶつかり落下する。
俺が撃破した二体のゴブリンが消滅していくのを見て、ゴブリンたちは明らかに動揺していた。
怯んだゴブリンたちはお互いに顔を見合わせ、
『ギギギ……』
『ギギギギッ……』
『ギギギッ……』
・
・
お前が先に行けと言い合っているように見える。
俺はその隙に壁を背にして構えを取り、ゴブリンたちを正面にとらえた。
「さあどうしたっ、もう終わりかっ!」
俺は挑発的な発言でゴブリンたちをあおる。
といってもゴブリンが人語を理解できるのかは、はなはだ疑問ではあるのだが。
だがどうやら俺の言葉を受けてゴブリンたちは戦意を取り戻したらしく、口を大きく開け牙を見せて威嚇してきた。
そしてその直後、
『ギギギッ!』
『ギギギッ!』
『ギギギギッ!』
・
・
ゴブリンたちは再度向かってきた。
「そう来なくっちゃ」
俺はにやりと口角を上げそれらを迎え撃つ。
すべてのゴブリンを返り討ちにした俺だったが、さすがに数が多かったせいもありところどころ傷を負っていた。
顔や腕からは血がしたたり落ちていて、右足の痛みによって上手く立てない状態だった。
「ふぅ~、我ながらちょっと無茶したかな……」
言いつつ俺はスマホの画面に視線を落とし、【ダンジョンサバイバー】のホーム画面から<アイテム>の項目をタップする。
――――――――――――――――――――――――ー
ポーション――体力を回復させるドリンク。ある程度の怪我なら治すことも可能。
――――――――――――――――――――――――ー
そしてポーションを選んでスマホから取り出した。
そのポーションを俺は一口飲んでみる。
「うん、味は悪くないな」
それはスポーツ飲料のようだった。
俺はそれを一気に飲み干した。
すると、
「おおっ! 痛みが消えていくぞ」
顔や腕の傷はふさがり、足の痛みも引いていった。
「こりゃすごいやっ」
予想以上の効き目に俺は声を上げる。
とその時だった、
『ギギギィィーッ!』
ゴブリンのものと思われる声が通路を反響して聞こえてきた。
これまでのものよりもひときわ大きく、まるで怒りに任せた叫び声のようだった。
ここで俺は自分がダンジョンの最深階、つまりボスが存在している階にいることに思い至る。
そして今の声がもしかしたらボスのものだったのかもしれないと考えた。
「だとしたら、気を引き締めないとな」
俺は通路の先に目を向けると、静かに闘志を燃え上がらせるのだった。
細長い通路を先へ先へと進んでいくと開けた空間に出た。
その部屋の中央付近には緑色の体をしたモンスターが剣を手に待ち構えていた。
赤い目をしたそのモンスターは、これまで出遭ったゴブリンたちよりずっと大きく、百八十センチ近い俺よりも一回りでかい。
スマホをかざしてモンスター名を確認するとそこにはホブゴブリンと表示されていた。
「ホブゴブリンか、あいつがこのダンジョンのボスで間違いなさそうだな」
つぶやくと、ホブゴブリンは俺のことに気付いたようで、鋭い視線を俺に浴びせてくる。
口を開き唾液を垂らしながら、
『ギギギギィィーッ!』
それでもホブゴブリンはその場から動こうとはしない。
これは俺の推測だが、ダンジョンのボスは俺が部屋に入り切るまでは自由に動けないのかもしれない。
その俺の考えは当たっていたらしく、俺が部屋に両足を踏み入れた途端、突如として俺の背後の地面が盛り上がり部屋の入り口が土砂で埋まってしまった。
そしてホブゴブリンは部屋が密閉された直後、その足を一歩前に出した。
やはり俺が部屋に完全に侵入して閉じ込められたことにより、もう動けるようになったようだった。
これで殺るか殺られるか、ダンジョンのボスとの一騎打ちってわけだ。
『ギギギギィィーッ!』
ホブゴブリンは駆け出した。
俺めがけて一直線に向かってくる。
ホブゴブリンが手にしている武器は鋭利な剣。
これまで目にしてきたこん棒とは迫力が段違いでさすがの俺も恐怖で体がすくむ。
だがここまでに俺は沢山のスライムとゴブリンを倒し、レベルはかなり上げてあるつもりだ。
もともと運動神経も悪い方ではない。
なので俺は両こぶしをガツンと打ち鳴らすと、
「来い、ホブゴブリンっ!」
自らを鼓舞するように叫んだ。
『ギギギギィィーッ!』
ホブゴブリンが剣を真っ直ぐ振り下ろしてくる。
俺はそれを左にかわすとホブゴブリンの手首を掴んだ。
そして力を込めて押し返す。
だがホブゴブリンもさすがにダンジョンのボスだけあってやたらと力が強かった。
ゴブリンとは雲泥の差だ。
俺とホブゴブリンは力比べをする。
しかし徐々に圧され始める俺。
力では向こうに分があるらしい。
「このっ……」
『ギギギギィィーッ!』
剣が俺の目の前数センチまで迫ってくる。
このままだと殺されてしまう。
し、仕方ないっ。
俺は意を決して剣を片手で掴んだ。
「ぐあぁっ」
さらに強くそれを握り締め、ホブゴブリンの腹を足蹴にする。
「くぉらっ!」
『ギィッ……!』
俺の手からは鮮血がしたたり落ちるが、その甲斐あってホブゴブリンを地面に転倒させ、しかも剣を奪うことが出来た。
形成逆転、俺は剣の柄を持ってそれを高く振り上げる。
いまだ地面にうずくまっているホブゴブリンを見下ろし、
「これで終わりだっ」
決めゼリフを吐いた。
――っ!?
しかし次の瞬間、俺は急なめまいがして全身から力が抜けてしまう。
俺の手からは剣が抜け落ちてカランカランと地面に転がった。