第10話
しばし休憩を取ったのち、俺たちは隠し通路から出てダンジョン探索を再開した。
充分体を休ませたこともあってか、俺たちはサクサクと階下へ下りていくことが出来た。
モンスターにほとんど遭遇しなかったことも幸いした。
そのおかげで俺たちは、ダンジョンに入ってから二時間とちょっとで、プラチナスライムがいるというお目当ての地下十二階にたどり着いていた。
少し歩くと、前方にキラキラと輝きを放つ大きな壁のようなものがあった。
「あっ、いましたよっ」
「プラチナスライムだ!」
「ん? もしかして、あれか? あの壁みたいになってるやつ」
「は、はい、そうです。あれがプラチナスライムですっ……」
「プラチナスライムがああやって階段を塞いでいるので、今までわたしたち下の階に下りられなかったんですよっ」
陽介くんと美帆ちゃんの反応から察するに、前方に見えるキラキラと光る大きな物体がプラチナスライムということなのだろう。
たしかにその後ろには階段らしきものがうっすらと見える。
だがしかし……。
「プラチナスライムって案外大きかったんだな。俺、二人の話からしてもっとずっと小さい奴を想像してたよ」
「え? 小さいですよ……」
と応じるのは陽介くん。
それに呼応するかのように美帆ちゃんも「士郎さん、もっとよく見てくださいっ。あれですよあれっ」と前方を指差した。
美帆ちゃんにうながされた俺は、キラキラと光る大きな物体を再度目を凝らしてよく見る。
と、それは一つの大きな塊などではなく、光り輝く小さな無数のスライムの集合体だった。
「おおっ。あれ一匹一匹がプラチナスライムかっ!?」
「そうですよっ」
「百匹以上いるんじゃないのか、あれっ」
「も、もっといると思います。おそらくは五百匹くらいは集まってるんじゃないかと……」
「マジかよ……」
プラチナスライムは俺の予想に反してうじゃうじゃいた。
一匹一匹は光り輝いていて非常にきれいだが、さすがに数が多過ぎると不気味に感じる。
「しかも士郎さん、あの一匹一匹がめちゃくちゃ硬いんですよっ。わたしたちまだ一匹も倒したことないんですからっ」
「もっと言うと、一匹一匹が強力な炎属性の魔法弾を放ってきます。安易に近付くと神楽さんでも危険かもしれません……」
とのことだった。
「そうか。じゃあちょっと二人は下がっててくれ。俺は少し近付いて様子を見てみるから」
そう言い置くと俺は一人でプラチナスライムたちのもとへと歩みを進めた。
一歩、また一歩と近付いていくと、ある一定の距離まで迫ったところで一匹のプラチナスライムがぴょこんと飛び出てきた。
そして俺の方へとぴょんぴょん近寄ってくる。
その姿はとても愛らしく、ともすれば撫でてやりたい衝動にすら駆られてしまう。
しかしながら、俺の思いとは裏腹に、プラチナスライムは突如跳び上がったかと思うと、
『バビュンッ!!』
くしゃみのような音を出しながら爆炎弾を吐いた。
予期せぬ行動に俺は、面食らうとともにその爆炎弾をもろに腹に受けてしまう。
「うごっ……!?」
「士郎さんっ!」
「だ、大丈夫ですかっ!」
二人の声が後方から飛んだ。
俺は心配させまいと手でグーサインを作ってみせる。
だがしかし、実際はかなり効いていた。
爆炎弾の直撃で服は焼け焦げ、腹はひどいやけどを負ってしまっている。
それでなくても、思いきりぶん殴られたくらいの衝撃があったというのにだ。
しかもそんな攻撃を繰り出してきたプラチナスライムが五百匹も待ち構えているのだ。
「はっ……たしかに、これは一筋縄ではいかないかもな」
俺は久しぶりに身の危険を感じながら、それでもなぜか自然と笑みを浮かべていた。
一匹のプラチナスライムと対峙しながら俺は思案する。
こっちには<プラチナナックル>があるのだ。
これで攻撃すればプラチナスライムは一撃で消滅させることが出来る。
ならば作戦など必要ない。正面突破だ。
深く考えることをやめた俺は、地面を強く蹴ると瞬時にプラチナスライムの背後に回った。
『ピギャッ!?』
「遅いっ」
後ろを振り返ったプラチナスライムに右フックを叩き込む。
その瞬間、プラチナスライムは絹豆腐のようにもろくも崩れ去った。
そのタイミングで俺のスマホが音を立てて鳴る。
俺はスマホを取り出して画面を確認してみた。
するとそこには《カグラのレベルが12上がった》との文字があった。
「レベルが、12も上がったのか……?」
それを確認するため俺はステータス画面を開いてみる。
――――――――――――――――――――――――ー
NAME:カグラ・シロウ
LEVEL:122
STR:123
DEF:119
AGI:118
LUK:74
――――――――――――――――――――――――ー
「ははっ。本当に上がってるぞ!」
プラチナスライムを一匹倒しただけで、たしかに俺のレベルは12も上がっていたのだった。
「こりゃすごいっ」
俺は前方のプラチナスライムの大群を眺めつつ、指折りしながら計算を始める。
「あそこに五百匹いるとして、全部倒せば……単純計算で5000近くもレベルが上がることになるぞっ。ふはははっ」
笑いが止まらない。
とそこへ、
「士郎さん、だいじょぶですかっ!」
美帆ちゃんの声が届く。
「ああ、問題ないよ!」
俺はそう返すとともに所持アイテム一覧を表示させた。
――――――――――――――――――――――――ー
オークの肉――とても栄養価の高い肉。生のままでも食べられる。
ハイポーション(3)――体力を回復させるドリンク。ポーションの上位互換。
妖精の涙――石化状態を治す薬。あらかじめ体に振りかけておけば石化の予防も出来る。
ポーション(5)――体力を回復させるドリンク。ある程度の怪我なら治すことも可能。
後悔の腕輪――呪われた装備品。腕に装着すると一定のダメージを負うまでは外せなくなる。
――――――――――――――――――――――――ー
俺は<ポーション>を目の前に出現させると、それを一気に飲み干す。
体力が回復し、やけどもある程度だが治った。
よし、これでまだまだ戦える。
「美帆ちゃん、陽介くん! あいつらを片付けちゃうからしばらく休んでていいぞ!」
俺は後方にいた二人に声を飛ばす。
「えっ、一人でやるんですかっ!」
「ぼ、ぼくたちもお手伝いした方が……」
「いや、大丈夫だ!」
本音を言うと、あんな美味しい獲物を二人に分けるのは惜しいと思った。
さらに言えば、足手まといがいたのでは俺の邪魔になるだけだ、とも思った。
……そう。今考えれば、俺は欲に目がくらんでいたのだ。
「俺のことは気にしないでいいから、そこで待っててくれないかっ!」
「は、はい! 士郎さんがそう言うなら待ってます!」
「気を付けてくださいねっ……」
「ああ。サンキュー!」
これでプラチナスライムたちはすべて俺のものだ。
せいぜい、俺のレベルを上げる養分となってくれ。
「行っくぞーっ!」
――こうして俺は一人でプラチナスライムの大群のもとへと突撃していくのだった。
「はぁはぁ……はぁ、はぁ、はぁっ……」
俺の持つ回復アイテムはすでに底をついていた。
しかし、プラチナスライムはまだ数十匹残っていた。
「な、なあ、二人ともっ……ハイポーション持ってないかっ……はぁはぁ、ポーションでもいいぞっ……」
「す、すみません! わたしは持ってないですっ!」
「ぼ、ぼくもですっ」
「ちっ……」
――――――――――――――――――――――――ー
NAME:カグラ・シロウ
LEVEL:2187
STR:973
DEF:505
AGI:567
LUK:214
――――――――――――――――――――――――ー
俺のレベルはすでに2000を超えていた。
予想していたほどはレベルもステータスも伸びなかったが、それでも今の俺ならばプラチナスライムなどデコピン一発でもたやすく葬れる。
しかしながら、その体力すら俺にはもう残っていないようだった。
「もう今日は戻りましょ、士郎さんっ」
「そ、そうですよっ……充分頑張りましたよっ」
「士郎さん、地上に戻る体力も残しておかないとマズいですよっ!」
「また次の機会にしましょうっ……神楽さんっ」
「……く、くそ……はぁ、はぁ、し、仕方ない……」
この時の俺は諦めるという選択肢が思い浮かばなかったのだ。
どうしてもプラチナスライムをみすみす逃すことなど出来なかったのだ。
だから……俺の思考はどうかしていたんだ。
「み、美帆、美帆ちゃんっ……はぁはぁ、ちょっと、こっちに来てくれっ……」
「は、はいっ!」
俺は美帆ちゃんをそばに呼び寄せた。
そして、両腕に装着していた<プラチナナックル>を外すと、
「……はぁ、これを貸すから、はぁ……あいつらは、美帆ちゃんが倒せ……」
そう命令した。
「えっ、わたしがですかっ!?」
「はぁはぁ……ああ、そう言ってるだろっ……!」
「! ……は、はい。わかりました」
何度も言う。
俺は欲に目がくらんでどうかしていたんだ。
だから美帆ちゃんに強い口調で命令なんかして……本当にどうかしていた。
美帆ちゃんにプラチナスライムを倒させて、それで一体なんになるというのか。
美帆ちゃんは俺から受け取った<プラチナナックル>をいそいそと両腕にはめた。
そして残りわずかとなっていたプラチナスライムに戦いを挑んでいった。
――それから約十分後、美帆ちゃんはプラチナスライムをすべて倒し終えた。
レベルも相当上がったようで、自信に満ち満ちた顔をして戻ってくる。
「よし、よくやった……ふぅ。俺も少しは体力が戻ってきたところだ。さあ、それを返してくれ」
俺は地べたに腰を下ろしながら、美帆ちゃんに向けて手を伸ばした。
その時だった。
ぱしっ!
美帆ちゃんは俺が差し出した手をハエでも追い払うかのようにはじいた。
「いてっ! ……な、何をして――」
「美帆、話してやれよ」
「うん」
いつの間にか俺の背後には陽介くんがいて、美帆ちゃんに対して意味不明なことをささやいた。
「な、なんだよ二人とも……どうしたんだ……?」
俺は妙な寒気を感じた。
自然と全身に鳥肌が立つ。
「士郎さん……秋月綾って女性、知ってますか?」
いつになく冷たい声で美帆ちゃんが口にした。
俺はその名前を聞いてひどく驚いた。
「な、なんでその名前を……? どういうことだ?」
「知っているかどうか訊ねているんですよ、神楽さん」
「士郎さん、答えてください」
陽介くんと美帆ちゃんにすごまれ、俺は口を開く。
「あ、ああ、知ってるよ。同じプレイヤーだったからな……もしかして二人も秋月さんに何かされたのかっ?」
「ふふっ、おめでたいですね。士郎さんは」
「そうだね、本当に神楽さんはどうしようもないね」
「な、なんだよお前らっ。言いたいことがあるならはっきり言えって!」
だんだんむかっ腹が立ってきた。
こっちは疲れているんだ。
無駄話に付き合っている余裕などない。
「士郎さん。秋月綾はね……わたしたちのお姉ちゃんよ」
「なにっ!? そ、そんなっ……!?」
「嫁いでいったから名字は違うけど、正真正銘ぼくたちのお姉ちゃんだよ」
そう言って陽介くんはスマホを俺の顔に突き出してくる。
そこには秋月さんと三人で仲良く写真に写った陽介くんと美帆ちゃんの姿があった。
「わかってるわ。士郎さんがお姉ちゃんを殺したんでしょ」
「な、そ、それはっ……不可抗力だっ! 向こうが先に殺そうとしてきたからやっただけだ! 正当防衛だっ!」
「それくらいはぼくたちも理解してるよ」
と背後から陽介くん。
「だから神楽さん、あなたがどういう人間か見極めたくて今まで一緒に行動していたんです」
「……っ」
「はじめは士郎さん、いい人そうでした。なので許そうとお兄ちゃんと話してました。でも、さっき本性が出始めたのを見て、ああ、そういう人だったんだなって思って……やっぱり殺すことに決めました」
俺はその場から逃げ出そうと足に力を込める。
しかし、どういうわけかまったく動けない。
俺の体力はある程度は回復しているはずなのに……。
「あー、神楽さん。動けないですよね。だってぼくがあなたの影を踏んでいますから」
そう言った陽介くんはおかしな帽子をかぶっていた。
「これですか? これは影帽子といって、これを被った状態で誰かの影を踏むとその相手の動きを封じることが出来るんです。しかも相手のステータスを十分の一にまで激減させるというおまけつきです」
「なっ……!?」
「ってわけなんで。士郎さん、死んでください。さようなら」
美帆ちゃんは大きく振りかぶった右腕を、思いきり俺の顔面めがけ振り下ろした。
その刹那、俺の脳内に過去の思い出が走馬灯のようによみがえる。
ああ、これが死というやつか……。
……よりによって最後に見る光景が、自堕落なニート生活を送る自分の姿なんてな。まったく、情けなくて涙が出――




