表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

第1話

「あー、退屈だなぁ……」

 これまでに五回は観たであろうアニメ映画の再放送を眺めつつひとりごちる俺。

 このあとの展開もセリフも頭にインプットされている。

 なんて無為な時間なのだろう。

 俺はそう思いテレビの電源を消すが、それでも暇なことに変わりはない。

 

 俺の名前は神楽士郎。

 二十七歳のニートである。

 今までにバイトも含めて働いた経験は一度もなく、家族も友達も彼女もいない。

 親が残してくれた財産ももう底を尽きかけていて、来月のスマホ代すら払えないかもしれない。

 だがそれでも働く気は一切湧いてはこない。

 働くぐらいなら野垂れ死にした方がマシだと思える。

 多分、俺は生まれながらにしてクズなのだろうな。

 自分を卑下し嘲笑しながら俺は天井を見上げた。

 天井には雨漏りで出来た大きな染みがあり、今にも崩壊しそうなほど腐ってへこんでいる。

 俺にはお似合いの部屋だ。

 

 やることもないので俺はベッドに倒れ込むと、ズボンのポケットからスマホを取り出し操作した。

 すると一通のメールが届いていたことに気付く。

 なんだろうとそれを画面に表示させたところ、次のようなメッセージが記されていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――ー

 おめでとうございます! 貴方は新作スマートフォンゲーム【ダンジョンサバイバー】への挑戦権をゲットしました! 

 

 今すぐリンクをクリックしてアプリをダウンロードして夢の探索者生活を始めてください!

 ↓

 https://www.××××.××××/××××/××××

 ――――――――――――――――――――――――ー


 

 見るからに怪しい内容だ。送信元も聞いたことのない会社だし。

 どうせリンクをクリックしたら変なページに飛ばされて大金を請求されるのだろう。

 しかしそう思ったにもかかわらず、俺はスマホ画面のリンクをタップした。

 もう俺には失うものなど何もない。

 だったらイチかバチか新作のスマホゲームとやらを試してやる。

 俺は人生最後のゲームを楽しむつもりで【ダンジョンサバイバー】なるものをダウンロードしてみることにした。

 

五分程度かかっただろうか、ダウンロードが終了すると見たことのないアプリがダウンロードされていた。

 アプリの名前は【ダンジョンサバイバー】。

 洞窟からドラゴンが這い出てくるようなイラストがアプリのアイコンになっている。

「へー、面白そうじゃないか」

 あまり期待していなかったがそれなりに楽しめそうだ。

 俺は親指を動かしアプリを起動させた。

 ゲームのホーム画面にはやはり洞窟とドラゴンのイラスト、それから<ステータス>や<アイテム><フレンド>といった項目があった。

 さらに画面を下にスクロールさせると【ダンジョンサバイバー】の説明書きも載っていた。

 少しだけそれに目を通してから俺は早速ゲームを開始する。

 するとどうやらスマホのカメラ機能を使って遊ぶタイプのゲームだということがわかった。

 俺は画面を見ながら部屋の中をカメラで映してみる。

 と、ドアの辺りにカメラを向けた時、ブラックホールのような黒い球体がスマホの画面に出現した。

 カメラにそれを映したまま近づいていくと<ダンジョンへGO>の文字が浮かび上がる。

 おそらくこれをタップすればゲームがスタートするのだろう。

 俺は迷うことなくそれを押してみた。

 すると直後、

「うおっ……!? まぶしっ!!」

 俺はまばゆいばかりの光に包まれた。

 

 どれくらいの間、目をつぶっていただろうか。

 ようやく光が落ち着いてきたと感じて俺はゆっくりと目を開けた。

「……えっ!?」

 俺の視界に映ったのは石造りの壁と一定間隔に置かれた松明、そしてどこまでも続く坑道。

 今の今まで自分の部屋にいたはずなのに、いつの間にか俺はまったく別の場所に立っていた。

「な、なんだ、ここは……?」

 自分の身に起きた状況の変化に理解が追いつかないでいたそんな時、

『グギギギッ……』

 と謎の生物の鳴き声が狭い道にかすかに響いた。


「い、今の声はなんだ?」

 異様な鳴き声に俺は辺りを見回す。

 だが鳴き声は反響していて音の出所がはっきりとつかめない。

 さらに坑道の中は松明の明かりしかないので、あまり遠くまでは見通せない。

 これはゲームなのか……?

 それとも俺は夢でも見ているのだろうか……。

 もと来た道を戻ろうにも俺の背後は石で出来た壁で塞がっていて、自分の部屋への戻り方がわからない。

 俺は頬を叩いて痛覚があるかを確認してみた。

 その結果はここが夢の世界ではなく現実だということを物語っていた。

 つまりまったくもって信じられないことだが、俺は【ダンジョンサバイバー】というアプリゲームの中に入り込んでしまったということだろう。

 そして、

「……ここはダンジョンってことか」

 ゲームの名前を思い返し、今俺がいるこの場所こそがダンジョンなのだということに結論づく。

「はっ……はははっ。これは面白くなってきたぞ」

 ここがゲームの中で、ダンジョンの中だということを知って俺は思わず笑い出す。

 だってそうだろ。

 この世界は退屈でつまらないものだとばかり思っていたのに、ゲームのような体験が実際に出来るなんて――

「……俺にメールをくれた奴には、感謝しないとな」

 ここがダンジョンだとわかったからには先ほどの謎の生物の鳴き声は、ダンジョンに潜むモンスターのものだろう。

 そう考え俺は慎重に足を踏み出した。

「いてっ!」

 何かとがったものを踏みつけてしまったらしい。

 俺は足元を凝視する。

 そこで気付いたのだが俺は靴を履いていなかった。

 さっきまで部屋の中にいたのだから当然といえば当然なのだが……。

 足を上げ地面を見るとそこには真っ黒な石らしきものが落ちていた。

 スマホのライトで照らしてそれを拾い上げてみる。

 じっくり観察して、

「ただの石か……?」

 そう思い放り捨てようとするも、スマホの画面に<道連れ石>という文字が表示されているのが目に入った。

 俺はあらためてスマホを介してその黒い石を見る。

 するとやはりそこには、



 ――――――――――――――――――――――――ー

 道連れ石――所持していると所持者が死んだ時に大爆発を起こす石。

 ――――――――――――――――――――――――ー



 <道連れ石>と書かれていて、さらに<所持していると所持者が死んだ時に大爆発を起こす石>という説明文も付け加えられていた。

「なるほど。スマホで映せばアイテム名が表示されるわけか……これはありがたい」

 俺はスマホの画面に再度目を落とすと、画面上部にとある一文が出ていることに気が付く。

 

<群馬県伊勢崎市 Z―2ダンジョン 地下一/三階>


「へー、やっぱりここはダンジョンで間違いないわけだ」

 確信が持てたことで俺は今一度笑みを浮かべた。

 とその矢先、ゆっくりとこちらに近付いてくる何者かの足音が聞こえてくる。

「ん、なんだ?」

 俺は息を殺し、足音のする方へ顔を向けた。

 薄暗くてよくわからないが、子どもだろうか、うっすら人影が見える。

「誰だっ?」

 声を上げたものの返事はない。

 だがペチペチという足音は近付いてくる。察するに俺と同じく靴を履いていないようだ。

 俺はスマホのライトをその人影に向けてみた。

 目を凝らして、

「うおっ!?」

 俺は驚きのあまり声を発してあとずさる。

 俺が目にしたものは――

『グギギギッ』

 全身緑色の小柄なモンスターであるゴブリンだったのだ。


『グギギギギッ』

 小さな体に似合わず大きめのこん棒を手にしたゴブリンは鋭い眼光で俺を見据えてくる。

 そのこん棒をよく見ると、血のようなもので先の方が赤黒く染まっていた。

 ゴブリンといえばゲームなどではかなり弱いモンスターと位置付けられているが、実際目にすると恐怖心が込み上げてくる。

 だが逃げたりなんかはしない。

 俺が求めていたスリルはまさに目の前にあるのだから。

『グギギギギッ』

 俺はごくりと唾を飲み込むとゴブリンとの間合いをはかる。

 ゴブリンは手足が短いのでこん棒さえなんとかすれば充分勝てる。

 そう踏んだ俺は近くにあった松明を手に取り、それをゴブリンめがけて思いきり投げつけた。

『グギャッ!?』

 ゴブリンは俺の行動を予期していなかったようで、松明を飛び退けた拍子によろけて後ろに転倒する。

 その隙を逃さず、

「今だっ!」

 俺はゴブリンに飛びかかった。

『グギャァッ!』

「くらえっ!」

 俺はゴブリンに馬乗りになりこぶしを何度も振り下ろす。

 ゴブリンも下からこん棒を振るおうと必死の抵抗を見せるが、俺が足で腕を押さえつけていたのでゴブリンは思うようにこん棒を振れないでいた。

 ゴブリンの体から力が抜けていくのを感じつつ、それでも俺はひたすら殴り続け、

「おらおらおらおらぁっ!」

『グギャッ……ギェッ…………!』

 こぶしを振り下ろすのに疲れて手を止めた時には――ゴブリンはもうぴくりともしなくなっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 肩で息をする俺の目の前で、すでにこと切れていたゴブリンの体が黒い砂粒のように崩れて霧散していく。

 そのタイミングで俺のスマホが音を立てて鳴った。

 知らず知らずのうちに地面に落としていたスマホを拾い上げ、画面を確認する。

 とそこには《カグラのレベルが一上がった! 》との文字があった。

「レベルが、上がった……?」

 俺は震える両手を握り締めながらその言葉をかみしめていた。

 

 レベルが上がったことを確認するため俺はステータス画面を開いてみる。



 ――――――――――――――――――――――――ー

 NAME:カグラ・シロウ

 LEVEL:2

 STR:11

 DEF:10

 AGI:9

 LUK:4

 ――――――――――――――――――――――――ー



「へー、よく出来てるなぁ」

 入力してもいないのに俺の名前が正確に表示されていることは気になるが、ゲームだのダンジョンだのの中にいるのだから今さらそんなことくらいで驚いたりはしない。

 むしろ自分がゲームの主人公になったようで気分が高揚してくる。

 レベルが上がったことで今さらながらに【ダンジョンサバイバー】の仕組みについて詳しく知りたい衝動に駆られた。

 そこでアプリを開き説明書きに目を通していく。

「んー、なになに、ダンジョンサバイバーは現実とゲームを融合した――」

『ギギギッ』

『グゲゲゲ……』

『グギギギッ』

 読み進めているとまたもゴブリンの声が聞こえてきた。

 それも複数いるようだった。

 俺は一旦スマホをしまうと通路に目をやる。

 すると暗がりから三体のゴブリンが姿を現した。

 三体ともこん棒を手にして俺をにらみつけている。

「三対一か……」

 先ほどはゴブリンに勝つことが出来たが、一度に三体を相手にするというのはどうなのだろうか。

 さすがに分が悪い気がしないでもない。

 しかしそれこそが俺の求めていたスリルであり非日常なのだ。

 だからこそ俺は、

「逃げてたまるかっ」

 三体のゴブリンに向かっていった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……あ、危なかったっ」

 俺の足元には三体のゴブリンの死体が転がっていた。

 ほどなくして灰と化して消えていく。

「……でも、勝ったぞっ」

 俺はゴブリンから奪い取っていたこん棒を投げ捨てた。

 息を整えながらステータスを確認する。



 ――――――――――――――――――――――――ー

 NAME:カグラ・シロウ

 LEVEL:4

 STR:14

 DEF:12

 AGI:11

 LUK:5

 ――――――――――――――――――――――――ー



 レベルが2から4に上がっていた。

 さらに力などのパラメータもわずかだが増えていた。

「ゴブリン相手なら問題ないな……ふぅ」

 大きく息を吐くと俺は【ダンジョンサバイバー】の説明書きに再び目線を落とす。

 すると今度はモンスターに邪魔されることはなく、俺は最初から最後まで説明書きを読むことが出来た。

 説明書きを読んでわかったことを要約すると以下の通りだ。

【ダンジョンサバイバー】の世界と現実の世界はリンクしていてダンジョン内で手に入れたアイテムを現実の世界に持ち帰って使うことも可能だし、ダンジョン内で上がったレベルは実社会に戻ってもそのまま引き継がれるということらしい。そして、ダンジョン内で死ねば二度と生き返ることは出来ないのだそうだ。

 またダンジョンにはAからZまでランクがあり、Zランクに近いほどダンジョンに出てくるモンスターも弱く、拾えるアイテムもレア度が低いという。

 さらにダンジョンの最深階にはボスがいて、そのボスを倒すと地面に光の紋様が浮かび上がりその光に触れることで地上に戻れるらしい。

 通常モンスターは倒しても数時間ほどで再び出現するが、ボスだけは一度倒すと二度と復活することはないそうだ。

 アイテム名やアイテムの効果、モンスター名などはスマホをかざせば確認することが出来るし、どうしても地上に戻りたい場合は相応の対価を払うことでダンジョンからの緊急脱出というものも可能なのだそうだ。そしてダンジョンから地上に戻る際には体力や怪我も完全に回復するのだという。

 といっても俺はいつ死んでもいい身だ。

 緊急脱出などという手段を使うことはまずないだろう。

 スマホの画面を見ると<群馬県伊勢崎市 Z―2ダンジョン 地下一/三階>と出ているので、このダンジョンはもっとも易しいダンジョンということになる。

 そして地下三階にはボスがいて、そいつを倒せばもといた場所に戻れるということなのだろう。

【ダンジョンサバイバー】のシステムについて理解を深めたところで、

『ピキーッ』

 鳥の鳴き声のような甲高い声が聞こえてきた。

 通路の先をみつめる俺。

 すると前方から青色の生命体がぴょんぴょんと飛び跳ねてこちらに向かってくる。

 その姿を見て俺はスマホをかざすまでもなくそいつの名前を口にした。

「スライムだっ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ