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三流小説家・手越光シリーズ

本物の小説

作者: てこ/ひかり

「もう10年だぞ」


 斎藤が書斎に行くと、売れない小説家・手越光がいつも通り冴えない顔をしていた。椅子に腰掛け、腕を組んだまま、何やら顰めっ面をしている。どうせまた、小説のネタをほっぽり出して、碌でもないことを妄想しているに違いない。斎藤は嫌な予感がした。


「斎藤くん。ワシは」


 手越は斎藤を見るなり、片眉をピクリと持ち上げた。


「ワシは『三日に一回は小説を書く』と云うルールを己に課し……それをもう10年続けてきた」

「すごい。どんだけ暇だったんですか?」

「計算上、投稿数は悠に1000を、文字数は300万字を超えているはずだ。しかし……一向に出版社から声がかからない」

「才能がなかったのでは?」

「そこでワシはこう思った」


 手越は斎藤の言葉が聞こえなかったふりをして、ニヤリと笑った。


「これが無償なのはおかしいじゃないか」

「はい?」

「これだけ労力をかけたのだから……少しは対価をもらっても良いのでは?」

「何言ってるんですか。アンタが勝手に始めた物語でしょ」


 斎藤は呆れた。


「誰も書いてくれなんて頼んでないですよ。大体、他の人たちは基本毎日書いて更新してますからね。それを、三日坊主の先生が……」

「お説教はたくさんだ。ワシが言いたいのはだな、無償には無償の、有償には有償のクォリティがあるんじゃないかと云う話だ」

「はぁ……?」

「一万円には一万円分の仕事を。百万円には百万円分の仕事を。対価に見合った働きをするのがプロってもんだろう。これからは『小説』を無償で発表し、そして『本物の小説』を有償で販売する!」

「ど、どういうことですか?」


 すると手越はフフンと鼻を鳴らし、こう言った。


「」

「……え?」

「」

「ちょ……ちょっと!? 先生!?」

 斎藤は慌てふためいた。

「先生、先生の台詞ですよ! 鉤括弧の中が空欄になってます! ちゃんと喋ってください!」

「……と、まぁ、こんな感じだ。安心したまえ。有償版の、『本物の小説』では、ちゃんと台詞も入っている」

「えぇ……!?」


 手越はあっけらかんとそう言った。斎藤はぽかんと口を開けた。


「じゃ、じゃあ、無償版だと台詞が読めないってことですか?」

「当たり前だろう。無料で××ってんだから。×××が、何でも×××も××で××××な」

「今度はところどころ伏せ字になっている……無償版だから……?」

「有償版では、此処でもっと丁寧に情景描写や心理描写をやるつもりだ」

「手抜きじゃないですか!」

「うるせぇ! この×××!」


 突然悪態を吐かれ、斎藤は顔を顰めた。何か悪口を言っているのは分かる。しかし、無償版だから内容までは分からない。

 

「えっと……さっきのはなんて言ったんですか?」

 手越はますます得意げになって高笑いした。

「どうだ。内容が気になるだろう? 知りたかったら金を払え。登場人物も、金次第では仲間になったり、敵になったりする」

「……逆に手間でしょそれ。全パターン書くつもりですか?」

「オチも変えてやるからな。無償の読者と、有償の読者で、最終回の内容も違うのだ。ワハハハハ、ワーッハッハッハッハァ……!」

「先生が金の亡者になってしまった……」


 別にそこまでして知りたくもなかったので、斎藤はビタ一文払わずに手越の家を出た。しかし、どうやら手越は本気らしい。本気で、『本物の小説』とやらをネットで販売するつもりらしかった。


 果たして上手く行くのか……有償版では、此処から紆余曲折があり、あんな大物作家やこんな有名人が登場して、果ては出版界を巻き込んだ大スペクタクル、感涙必須の業界革命が描かれるのだが……無償版なので、残念ながら後1000字くらいで終わる。いやぁ、残念だなぁ。斎藤は家に帰り着く頃には手越の「て」も忘れて、ぐっすりと眠りについた。


「先生!」


 次の日。斎藤は慌てて手越の書斎に飛び込んだ。手越は、相変わらず小説も書かずに、ネットの掲示板にネチネチ書き込みを続けていた。


「『アンチ乙。手越先生は次の作品の構想を練っているだけだから』……っと」

「先生! 大変です!」

「どうした? ワシは忙しいんだ……」

「先生の! 先生の『本物の小説』が! 飛ぶように売れています!」

「何だと……?」


 斎藤は急いで持っていたスマホの画面を手越に見せた。

「何だこれは……!?」

「見てください、この数字。百万、二百万……全国からアクセスが……『本物の小説』に注文が殺到しているんですよ!」

「まさか……そんな」

 青白い画面を覗き込み、手越は何度も目を擦った。自分でも信じていなかったようだ。


「やりましたね先生!」

「しかし……この『請求書』というのは?」

 手越がふと首を傾げた。

「おかしいぞこれ。『注文書』の間違いじゃあないのか? それに、なぜ請求書が()()()になっておるのだ?」

 斎藤はにっこりと笑ってこう言った。


「ああ先生。先生は知らなかったんですね。今時は、作家が読者に金を払うんですよ」

「は?」

「だって、小説なんて、今時誰も読んでませんから。みんなアニメや漫画を見ています。小説は、深刻な読者離れが進み、どうしても読んで欲しかったら『お願いします読んでください』と、作者が読者に頭を下げて金を払うんです」

「そ、そんな……しかし……」


 手越は額から大量の汗を流し、なおも増え続ける請求書の額と、斎藤の顔を見比べた。


「そんなバカな……ワシが金を払うのか……!?」

「今の時代、読書はもはや『案件』です。だって、今時は生成AIで、いつでも自分の好みの文章を創れますからね。しかも無料で。わざわざ買ってまで本を読もうなんて人は、とっくに絶滅しましたよ」

「ウソだ……ちゃんと説明してくれ……そんな」

「あ……すいません」


 斎藤が何かに気がついたように、悲しげに目を伏せた。


「な……何だ?」

「そろそろ1000字なので」

「何……!?」

「無償版での説明はここまでです。もう少し詳しく話を聞きたかったら」


 斎藤が、ぽかんと口を開ける手越を見下ろして告げた。


「此処から先はぜひお金を払って、有償版でお願いします」

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