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8.多難
"ほら、ケミィ!私の期待した通りよ!"
そう言ったヒリンを、後ろからケミィが凝視している。悲しげな、可哀想な物を見たような目に晒され、ヒリンは唇をわななかせた。
違う。違うの。いえ違わないけれど、違うのよ。
ヒリンは心内で弁明する。
「じゃ、よろしくお願いします!」
もてなしとして出した菓子を残らず食べ尽くした客人は、そう言って立ち上がった。
菓子のごみが絨毯に散らばる。ケミィの視線が圧を増した。
「え、ま、待っ、お待ちいただけるかしら!?」
「何ですか?仕事に戻らないといけないんですけど」
少し不満げに立ち止まった客人に、ヒリンは唾を飲み込む。
「マッチング希望の確認を」
「さっき言った通りですよ」
本気で言っているとは思えない。冗談だとしても、笑えない。
しかし客人はしっかりと口を開き、言葉を発する。
「お貴族様。子爵以上なら、文句は無いです」
客人の名はワトナ。
通知所で働いている女性で、かつ、王都市街出身。
つまり、紛れもない平民だった。