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7.前途



ヒリンの手がシーツを掴む。力の限り締め付けた布は歪み、簡単に跡が付いた。

そのシーツを苦労して用意しただろうケミィは、目尻を痙攣させている。侍女の気持ちを察しつつ、ヒリンは布を手放せない。


「どうして…どうして、何処からも連絡が無いの…!」


6つの婦人会へ参加し、20は朝を迎えた。

にも関わらず、どの家からも、誰からも、問い合わせはおろか手紙すら来ない。

ヒリンは嘆きをシーツへ移すように、手の力を強くする。


「ではお嬢様。いくら弱い立場に立っているとはいえ、実績の無い方から『マッチングに力添えします』と連絡があったとして、それにお返事されますか?」


慣れ親しんだ相手とはいえ、子爵家のケミィが毒付くのは珍しい。シーツを放し、横目で睨む。


「……それほど皺が嫌なのね」

「コテをお持ちになったこともないお嬢様には、ご理解いただけないかもしれませんが」


回収された気持ちの吐き出し先を恋しく見送りつつ、机を指で叩く。


「…婦人会だけじゃない。通知所にも案内を出してるの」


通知所へ来た全ての人の目に止まるよう貼り出されている筈。

やはり案内の現物を見ることなく依頼したのが良くなかったのかと、ヒリンは腕を組む。内容は全て指示したが、ヒリンの伝えたいことが充分に伝わっていない可能性は捨てきれない。


「一応伺いますが、家名は」


ケミィがシーツを抱えたまま訊いた。ヒリンは小さく首を振る。


「載せるわけがないでしょう。そんなことしたら、お父様とお従兄様に何と言われるか…ただでさえ、私のやろうとしていることを良く思ってらっしゃらないのに」


婚姻の諸々は、基本的に男性が取り仕切る。ヒリンの両親が少々変わった力関係にあるだけで、父が望めばスランとの婚約が続いていた可能性もあった。

その中で、女であるヒリンが婚姻に口を挟もうとしている。不相応だと父や従兄弟が嘆くのは、仕方がないことだろう。


「…お嬢様。通知所へ依頼した掲示物がどれほどの期間貼り出されるか、ご存知ですか」

「期間?…特に指示はしていないから…リダの花が閉じるまでくらいかしら」


ケミィが深々とため息を吐く。見せつけるような姿に、少し苛立ちを覚えた。


「家名が無い場合は、平民の掲示物と同じ扱いになると思われます」

「それで?」

「日が3度上る頃には、破棄されるでしょう」


3度。

ヒリンは言葉が出てこなかった。

それでは、待っていた間の全てが無駄だったということではないか。

ケミィはヒリンの様子にまた一つ息を吐く。


「……旦那様と奥様がおっしゃるように、新しいお相手を探されるのが一番かと存じます」


独り身を貫くと伝えて随分経った。しかし、父と母はヒリンの結婚を諦めていない。

ヒリンの行動を嘆きつつ強く止めないのは、傷心故の自暴自棄と捉えられている節すらあった。ラチアーバンを継ぐ従兄にとっては、ヒリンが家にいること自体複雑な心境だろうに。


「ケミィの言うことも、お父様とお母様のおっしゃることもわかるわ。けれど…家格や利益でお相手を決めたところで、ダスネロモ家とのようなことになるかもしれない」

「あれは…いえ、あのお方は特殊な例かと…」


ケミィの返事につい声を上げて笑う。

婦人会でも、言葉は濁されていたが随分な言われようだった。その一役を担ったことからは目を背ける。


「何より、私は思い知ったの。マッチする方との出会いは、何よりも強いものだと。ケミィ、貴女だって、コテの使い方や皺を取る苦労を知る殿方と知らない殿方だったら、知っている方の方がマッチすると思わない?」

「…おっしゃりたいことは、わかりますが…」


歯切れの悪いケミィを急かすように、扉が叩かれる。

聞こえてきたのは、別の侍女の声だった。


「お嬢様。マッチングの案内…についてお話をとのことで、お客様がいらっしゃいました」



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