6.婦人会
「それで?それで、スラン様はなんと?」
「スラン様は…お相手の御子を慈しみたい、と…」
「まあ…まあまあまあ…!」
顔を覆い力無く答えれば、驚きと哀れみ、そして興奮を混ぜた声が上がる。
疲れた。
掌の中でヒリンは口を曲げる。
実に4度目の婦人会。それぞれ表面上の議題は明るい物だったが、少し経てばヒリンが主賓に成り代わった。
繰り返し繰り返し、同じ話と同じ問答を続けている。
参加している彼女達の気持ちはわかる。貴族の女性は、とにかく娯楽が少ない。
婚約者がいない者は良い相手探し。
婚約者がいて未婚の者は結婚後の心配。
結婚したばかりの者は後継を産む方法。
子供を産んだ者は子供の将来。
それ以外の話題など、滅多に上がらない。
そんな彼女達にとって、理解できる共通の話題で、目新しく、他家の醜聞が含んだ話は堪らないものだ。
「スラン様が領民の方と…その、親しかったこと。ヒリン様はご存知だったのですか?」
婚約者の異変に気付かなかったのか。
心配だという顔をしながら、その目はヒリンを見下している。
これも飽きたやり取りだ。
机の下で膝を思い切り抓る。痛みに歪みそうな顔を抑え、ヒリンは涙だけ頰に伝わせた。
「お茶会で、突然お相手を連れてらして…最初は…ご友人かと思ったのですけど…」
彼女達を付け上がらせてはならない。ヒリンは憐れむべき被害者でいる必要がある。
女の見下す目が、面倒なものを見るそれに変わった。
「…申し訳ございません、ヒリン様。わたくし…」
「いえ…少し、目に塵が入ったようです。お気になさらないでください」
似たようなことを訊きたかったのだろう。何人かが愛想笑いを浮かべつつ、その目を細める。
別の参加者が、ヒリンの肩にそっと手を置いた。
「ヒリン様…きっとすぐ、ヒリン様にマッチするお相手が見つかりますわ。寧ろ、正式に婚姻を結ぶ前で幸運でした」
ユーシュ・ヘリアン。これまで特段親しくした覚えはない伯爵家だが、妙に同情的だ。
同派閥の家らしき参加者も頷いている。
「丁度我が家に、ヒリン様とご年齢の近い者がおりますの。よろしければ是非お話を」
ヒリンは内心、ユーシュへ舌を出す。
慰めたその口で自派閥へ取り込もうとするのだから、仮にも国の一字を付けられた後継候補は逞しい。
「ユーシュ様、ありがとうございます。ですが…他の方を想うことは、まだ難しく…申し訳ございません」
悲しみを強く押し出して言う。ユーシュは眉を上げた。
「…そう、ですわよね。ヒリン様のお顔を拝見して、つい…。けれど、ヒリン様。私、ヒリン様が不義理な方のことでお心を痛める必要は、無いと思うのです」
ユーシュからすれば、では何故婦人会に参加するのか、理解できないだろう。これまで参加した会でも、やはり同じことを言われた。
「ええ。ユーシュ様のおっしゃること、よくわかります。…ですので私、悲しむばかりではなく、この経験を生かしたいと考えております」
ユーシュが僅かに首を傾げた。他の参加者も、顔を見合わせたり怪訝な表情を浮かべたりと、ヒリンへ注目する。
「私のような悲劇が起こらぬよう、より良いお相手と巡り合うお手伝いを…貴族間の『マッチング』を進めていきたいのです」
そのためのお力添えを、何卒。
ヒリンは首筋が見えるほど、深く頭を下げた。