32.マッチの行方3
ユーシュとダレークを別邸に招いてから、日が三度昇った。
ユーシュからは改めて礼の手紙が届いたが、それ以外は何も来ていない。婚約を続けるようだが、抱え込んでいないか、ダレークとどう接するつもりなのか、ヒリンは知ることができなかった。
ユーシュに持ちかけたのは、婚約者の行動を知る手伝い。それを超えたところは、乞われない限り踏み込むべきではない。
理解しているものの、ヒリンは手紙が届く度、ユーシュの名前を探してしまう。
「お嬢様。到着したようです」
「…ええ」
集まりのため貴族が多くなるこの頃、侯爵家の利用に耐え、かつ人のまばらな店は限られる。
以前ユーシュと会った店に入ると、偶然か、以前と同じ席に通された。
単に家格で席を決めているのだろうと自身を笑う。どれほどユーシュとこじつけたいのだろうか。何故、これほど気に掛かっているのか。
ケミィが従業員と話しているのを横目に眺める。ユーシュを気にかける理由も、ヒリンは理解していた。ヒリンは、ユーシュに流されてほしくないと思っている。自分のように、周りの目など無視してほしいと願っている。
そしてそれは、言い訳に過ぎない。
ただ、ヒリンは、自分が原因だと思いたくないだけだ。
自分の行動が、一人の生涯を傷付けたかもしれない。
それを知りたくないから、ユーシュの今を知りたかった。知って、安心したかった。
「知る必要はないでしょう」
刺すような声が聞こえる。
反射的にそちらを見れば、ずっと考えていた顔がそこにはあった。
「……ユーシュ様」
顔は声に振り向くと、柔らかな笑顔を浮かべる。席を立ち、頭を下げた。
「日の沈みがナータの揺らぎのようでございました。お会いでき光栄です。ヒリン様」
いつかの婦人会で話した時と同じくらい。いや、それよりも朗らかに明るく見える。
ヒリンもユーシュに倣うように礼を返した。誰と来ているのか、と視線を向けると、また見知った顔が二つ。
一人はダレークの侍男。そしてもう一人は、ダレーク本人。
しかし、以前と雰囲気が違う。
侍男はどうもユーシュに近い場所で控え、ダレークを意識しているように見えない。
ダレークは、苛立ちを隠しもせずユーシュを睨んでいた。
「話は終わっていませんが」
「私との時間は、無駄なのではなくて?」
ユーシュが肩越しに返す。次いで、知らない者を見るように顔を逸らす。
「私にとっても、貴方との時間は価値がございません。…あら。私達、マッチした夫婦になれそうですわ」
口元を覆って微笑む。侍男がユーシュの後ろに移動した。一人残されたダレークは、机を叩く。カップが落ち、茶色の染みが床に走った。
それをユーシュは見もしない。
「殿方の間で、婚約者を連れた集まりが流行しているそうです。ダレーク様、私の事情も聞かず参加すると答えてしまわれたそうで…でも残念ですわ。私、アベの蔦が絡まって仕方がないものですから」
そう言いながら、ユーシュはわざとらしくゆっくりと首を振る。ヒリンは目を瞬かせ、けれど、声を震わせて笑う。
「ええ、ええ……アベの悪戯は、殿方にも切れないもの。仕方がございませんよ、ユーシュ様。よろしければ、こちらで蔦を整えられては?」
空いている横の椅子を指す。
ユーシュは躊躇うことなく、それに腰掛けた。従業員との話を終えたケミィが、混乱しているのか、ヒリンとユーシュを交互に見やる。
「ありがとうございます、ヒリン様。日の温もりに感謝いたします」
今度は、高い音が聞こえた。
ダレークが落ちたカップを粉々に踏み付け、去っていく音だ。
ユーシュは微笑んでいる。
縋るように手を伸ばしていた女性は、もういなかった。




