29.理由
長年側にいるだろう侍男がユーシュ側につく。つまり、ダレークの行動は家としても異常と考えられているのだろう。
ヒリンが連絡すれば、間違いなくダレークの父母は動く。
「どういたしました?」
気付いていないらしい。
不愉快を前面に押し出し、ダレークはヒリンを睨んだ。それでいて口角は上を向いているのだから、ワトナは本当に優秀だったのだと知る。
「ヒリン様。是非お願い致します。私一人では、ヒサユリも蕾となってしまいそうで…」
「お任せください、ユーシュ様」
「…何を、勝手に」
声を荒げないよう、だが感情が薄らと滲む声音で、ダレークは静止を求める。
ヒリンは手を合わせ、頬の横に当てた。必要以上に眉を下げて見せる。
「ご病気でなければ、何の問題もございませんよね?大した理由ではない…なんて言葉で日に隠すほど、やむを得ない事情がおありのダレーク様ですもの」
早速と、控えていたケミィに手紙を用意させる。横目にダレークの手が握り込められているのがわかった。
ユーシュはどう思っているのか。先までと違い、ヒリンを真っ直ぐ見返してくる。
「………言えば気が済みますか」
ただの音の羅列。
そう思うほど、淡々とした声が聞こえた。
顔を向けると、ダレークが口を開いている。
目はこちらを見ていない。
誰もいない地面を、ダレークは一人で見下ろしていた。
「…、お話し、いただけるのですか?」
ユーシュが驚きと嬉しさ、そして悲しみを混ぜた表情を浮かべる。
自身の言葉では取り合ってもくれなかったことが、外聞を盾にした途端形を変える。歯痒く、悔しいだろう。相手にとって大した価値も無い存在だと知ってしまうことのつらさは、ヒリンにもわかる。
ダレークはユーシュに返さず、見ることもなく、背を丸め視線は下げたまま、口を動かす。
「先ほど申し上げた通り、大した意味はございません。ただ、時間を潰したかっただけです」
「………時間を潰す、というのは、どういう意味でしょう?何かご予定でもあったのですか?」
困惑を浮かべるユーシュに代わり、ヒリンは問う。する初めてダレークが顔を上げた。
「そのままの意味ですよ。時間を、潰したかった。早く夜になり、眠りたかった。それだけです」
穴が3つ、ポカンと空いている。
そんな印象を持つほど、ダレークの顔は感情どころか生気が消え去った。
ヒリンが侍男を見ると、ユーシュ以上に混乱していた。唇を僅かに開けては閉じる、を繰り返している。
「………それは、何故?」
ダレークがほんの少しだけ動いた。ヒリンの言葉を考えているように見える。
「何故、と。おっしゃられましても」
ややあって、ダレークは答えた。
「意味のある時間が、ありませんので」




