21.わからない
婚約者がわからないと、友は言う。
気遣いができ、浮つきもせず、手紙の返事も欠かさない。定期的な茶会や公の集まりでも、婚約者は婚約者として友を尊重してくれる。
互いに家のための婚約ではあったが、誠実に自分と向き合ってくれる彼。
日々泣き明かす女性も多い中、自分は運が良いと友も最初は喜んだ。
しかし、突然婚約者へ不安を感じ始める。
「外出することを、教えてくださらなくて」
ヒリンは少し首を傾げた。
「…式は、ダブヲリの頃と伺いましたが…」
「はい。邸宅はまだ、別なのですけれど…」
婚約者の領地へ訪問する機会があった。
婚姻後、知らない土地で暮らすことになる友が少しでも気を楽にできるようにと、婚約者の両親が提案してくれたそうだ。
領地へ着き、婚約者に案内されるまま滞在予定の屋敷へ。邸内は部屋も使用人も十分なものが用意されていて、友も安心した。
荷物を運び一息つき、婚約者の待つ応接室へ向かう。まだ家に名を連ねていない友が、自由に領地を歩き回る訳にはいかない。
だが、待っている筈の婚約者はいなかった。
別の部屋にいるのかと使用人に問えば、先ほど屋敷を出たという返事。
急な用事でもできたのか。領内で緊急事態でも起こったのか。
婚約者は日が沈んでも帰らず、戻ってきたのは日が上り随分経ってからだった。
何があったのか、体は大丈夫かと友が訊ねたところ、婚約者は曖昧な返事で要領を得ない。
機密性の高い領主業務は、たとえ妻でも知らされることは少ないという。きっと今回の急な外出はそれなのだろうと、友は自身を納得させた。
「ですが、その用事というのが…領内の保管所で、本を読んでいたというものだったのです」
「業務に急ぎ必要な物や、非常に貴重な書物であるということは?」
「いえ。彼の侍男によると、我々も学んだ『経営の基礎』とのことです」
招いた博士に教わった覚えがある。確かに領主業務を行う上で押さえておくべき内容だったが、婚姻を結ぼうという次期に今更読み返す物でもない。
「……初めて領地を訪ねた婚約者に、伝言もせず…それに、そうならそうと教えてくださっても…何故…?」
「ええ、ええ。ヒリン様のおっしゃる通り。それが、本当に理解できないのです」
ユーシュが口早にヒリンの言葉へ同意する。
友曰く、滞在中の婚約者は度々こういった行動を続けた。
どれほど和やかに過ごしていても、ふと気が付けば声もかけず出ていってしまう。出先で友を一人残し、いなくなってしまったこともあった。そしていずれも理由を調べると、馬で遠乗りをしていただとか、店に入り買い物をしていただとか、何故今するのかという用事ばかり。
友と過ごすのが苦痛というならばわかる。しかし、隣で話していて嫌な顔一つされたことはない。
大切で仕様のない趣味というならばわかる。しかし、聞いたところ嫌いではないが取り立てて好きという訳でもないらしい。
友人や知人、考えたくはないが他の女性と過ごしていたならば、わからないでもない。しかし侍男の話では、婚約者はいつも一人だという。
何故このようなことをするのか。婚約者である友を哀れに思った侍男が嗜めたものの、曖昧な言葉を返すばかりで変わらない。
そこで、『友に代わり』ユーシュが問い詰めたのだそうだ。
「…そのお答えが、言う必要は無い、ですか」
「私…もう、何もわからなくなってしまって。何か彼の気に障ることをしてしまっているのか、声をかけることも厭うほど嫌われているのか、実は婚約を白紙に戻したいのではないか…そんなことばかり、近頃は考えています」
ユーシュは顔を覆って目元の涙を隠した。




