2.指輪の返却
そもそも、彼は何のつもりで彼女を連れてきたのだろう。
気に食わない婚約者への当て付けにしては、あまりにも貴族としての、男としての礼に欠ける。
僅かにため息をつくと、彼の隣に座るクルツ、という女は肩を震わせた。大きな声を出したつもりもないが、随分と耳が良いらしい。
そんな彼女の様子を見て、スランは私を睨みつけた。まるで私の方が、二人の逢瀬を邪魔したように。
「…ねえ、スラン様。あたし、ちょっと思ってることがあって」
「ん?何?」
スランの服を引き、クルツは伏し目がちに言う。
「将来、もし、もしもだけど…子供が生まれたら。この国の名前を使ってあげたいなって」
「…えっ」
「あ、勿論、全部じゃないよ!一個とか二個とか、ちょっとだけ。…ね、どう思う?」
楽しそうに、嬉しそうにクルツは笑う。
スランはそれに眉を下げ、私を一度だけ見た。
が、何も言わず、クルツの頭を撫でる。
『マッチ』しない。
理解して、進めた婚約だった。
貴族の娘として生まれた以上、相手の愛なんて求めるつもりもなかったけれど。
私は立ち上がり、指輪を外す。
木製のテーブルに金属が擦れる音が、不思議と心地良かった。
「スラン様…いえ、ダスネロモ様は、『マッチング』されたのですね。おめでとうございます」
婚約者同士で交わす約束の指輪。
小指に嵌めたそれが無くなっただけだというのに、別の何かに変わったように、スランは私の手を凝視する。一方クルツは、日に焼けた頰を紅潮させ、期待の眼差しをスランに向けた。
「私の家で破棄の手続きは進めさせていただきます。どうぞ、ダスネロモ様は何も気にせず、お楽しみくださいませ」
席を立ち、二人に背を向ける。侍女が直ぐ後に続くのがわかる。
けれど、スランは。
確かに未来の夫だった男は、声すらも、私にかけてこなかった。