16.きれい
概ね悪くはなかった。
別邸に着き、痛む足を別邸付きの侍女が摩るに任せる。正面に腰掛けたワトナは、特に足を気にする素振りが無い。あれだけ苦しそうにしていた腹回りも、今は手も当てていなかった。
「ワトナ。初めてにしては良くできたわね」
「ありがとうございます」
キレシオがヒリン達から離れ、直ぐ他の貴族が。それが終わると平民が、絶えずヒリン達へ話しかけてきた。
ワトナが外壁近くに住むと知った途端見下したり、距離を取ったりする者もいたが、ヒリンの予想ほど多くはなかった。会の趣旨もあるが、ワトナの振る舞いが良かったのだろう。
会の中で多くの平民を見た。準男爵を何度か排出した家や、貴族御用達の商人など様々で、全てがある程度の作法を身に付けていた。
しかし、貴族の屋敷で不自然ではない程度となると、一握りまで絞られる。
これほど平民と貴族に差があるとは思わなかった。ヒリンは内心驚きつつ、胸を張ってワトナを横に置くことができた。
希少価値の高い平民に変身した彼女ならば、物珍しさで側女に取り立てられるのも不可能ではない。
ヒリンは安堵と共に息を吐く。
「けれど、何度か教えたでしょう」
公の場で容姿について触れてはならない。
内面の誠実さ、清廉さこそ貴族の目指す美であり、触れるとしてもキレシオの様に何かに例えるべきというのが常識だ。勿論実際は容姿の良い者に人が集まり、内々には言い合っている。
ヒリンの言葉にワトナは俯いた。
「相手を讃えるものだとしても、ああいった言葉はいただけないわ。次は」
「綺麗だったの!!」
侍女が肩を跳ね上げる。
ヒリンは指をかけたコップを落としかけ、ワトナを凝視した。
整えた髪を柔くなり始めた指で掻きむしる。淑女然としたワトナ以外知らない侍女が悲鳴を上げ後ずさった。
「……何のこと?」
何度も息を吸い、ようやく訊く。
ワトナの動きが止まった。指に抜けた毛が絡みついている。
「だって、きれ、き、きれい、だったの。あたしなんて、あ、あたし、なんて、ぜんぜん、ぜ、ぜんぜん、だめ、だった」




