13.出発
ケミィは渋い顔を崩さない。
表情で、態度で、ヒリンへの反発を続ける。
「行きましょうか」
「………」
「その顔やめなさい、ケミィ」
限界まで眉を寄せ、鼻を窄め、口を曲げる。
これまで学んできたからか、ワトナでさえケミィを訝しげに見ていた。
「問題無いわよ。貴族もいるけれど、市民や都民が殆ど…そうよね?」
ヒリンが振り向くと、ワトナは黙って頷く。
礼節、作法、受け答え、簡単な常用句。完璧とは言えないが、侍女見習い程度のものは身に付けさせた自信がヒリンにはあった。
だが、あくまでヒリンの考え。他の貴族に判断してもらうため、そしてワトナと貴族の縁を作るためにも、良い場はないかと考えていた。
ワトナがヒリンへ話を持ち込んだのは、そんな折。『貴族と平民の集まりがある』と通知所に掲示がされたらしい。
主題としては、身分を問わず優秀な人材同士交流を深めること。実際、ワトナの知る都民にも参加を決めた者がいたそうだ。
非常に都合が良い。平民も集まる会だけあって、参加する貴族の家格もさして高くはない。たとえ失態を犯そうと、大事になりにくい。
ワトナの教育、そして貴族社会への紹介には最適だった。
しかし、ケミィの表情は緩む気配も無い。
「他の都民もいる場であれば、ワトナ様が参加されたとして問題無いとお考えのようですが」
「ええ。ワトナはとても美しくなったわ」
汚れも無く、髪に乱れは見えず、肌の荒さは化粧に隠れ、装飾の付いた服も着こなしている。
ナタ草が上を向く頃には出発するため、ワトナの準備も整え終わっていた。
「お嬢様。伯爵家以上が主に招待されている会で、突然縁故の無い男爵家が現れたらどう思われますか」
ヒリンは口をつぐむ。ケミィの言わんとすることが理解できた。
ワトナを僅かに振り返る。
「ヒリン様。わたくしは構いません」
「ワトナ、」
「どれほど話の花になろうと、わたくしは将来、子爵家以上の方とマッチングするのですから」
久しく見ていない、歯を覗かせた笑顔。
ヒリンはゆっくり瞬きを一つすると、同じように口を大きく開けてみせた。
「…勿論、その通りよ」
「お嬢様!」
ケミィはヒリンの前に立つ。ワトナへの心配だけでなく、ヒリンへの不安も伺えた。
ヒリンは小指を立て、軽く振る。
「数えきれないほど話の花になったの。もう一つ咲かせたところで、見えはしないわ」
ケミィの横を過ぎ、扉を開ける。
初めて開くそれは、不思議と気分が高揚した。




