12.望む贅沢
「………」
「…如何なさいましたか?」
意外だ。
ワトナを眺め、思う。
考えたこともないほどに常識の異なる平民で、試着一つで髪を振り乱していた女。
教えるのも覚えるのも、どれだけ苦労するかと頭を痛めた。
しかし6度目の朝を迎えたこの部屋にいるワトナは、ヒリンの教えをほぼ全て身に付けている。下手な貴族より、余程器用だ。
「貴女が私の所に来たのは、心配のない生活を送りたいからよね?」
「おっしゃる通りです」
「正直…貴女がここまで真剣に取り組んでくれるとは思わなかったの」
ワトナの家は、言うまでもなくヒリンやケティと比べると貧しい。しかし、働いてさえいれば食べる物に困るほどではない。
真新しい流行の服を着て、大きな邸宅に住み、豪奢な食事を取る。
困窮している訳でもないというのに、必要の無かった贅沢のためだけに、貴族も奮闘する努力ができる人物とは思えなかった。
「…それは、ヒリン様が侯爵家だからこそのお考えかと」
ワトナは何も乗っていない皿にナイフを突き立てる。教えた通り、少しの音もしない。
「ランの頃に、ワスの葉の様な白い息が家の中で出たことはございますか?」
「部屋を寒くする筈無いじゃない」
「ですが、あたし…いえ、わたくし達は違います。温めるにも、お金も物も足りないのです。毎日寒くて起きます」
言葉遣いが乱れている。ヒリンが咳払いをすると、ワトナは口を引き結んだ。
「…ヒリン様にとって、ランに部屋が暖かいことは当然でしょう。けれど、わたくし達にとっては、とても魅力的なお部屋です」
椅子に深く腰掛け、天井を見上げる。
壁があり、装飾が施され、火も絶えず燃えていた。
ヒリンにのって見慣れた全てが、ワトナにとって、殆どの平民にとって、贅沢に値する。
もし目の前のこれらが全て無くなったら、ヒリンは理解できるのだろうか。ワトナの気持ちも、勉強にしがみ付く気持ちも。
「貴女の気持ち。私には、まだわからないわ」
ヒリンは呟く。ワトナは音を立てず食器を置き、口元を拭った。当然そこには、何も付かない。
「ヒリン様は、侯爵家であらせられますから」
ワトナの笑顔は、まだぎこちなく震えていた。




