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11.一日



額に汗を滲ませ、従業員がワトナの背を押す。

その姿にヒリンは頷いた。


「うん。ランの時はこれと、最初の物にする。包み直しは要らないわ。そのままここに置いて帰って」

「承りました」


ワトナは絨毯に膝をつく。腹の部分を掌で擦り続けていた。腹を締め付ける服装に慣れない内は、誰でも同じことをする。ヒリンもしたことがあった。


「ワトナ。座りなさい」


前の席を指す。

繰り返しの着替えで生来の気の強さも消費したのか、ワトナは反論することなく、崩れるように腰を落とした。


「貴女には10回朝を迎えるまで、私達の礼節を学ばせてあげる。10の日が沈む頃には、御用商人程度に見えるでしょう」


そこまでなれば、理由をつけて子爵家に連れていくこともできる。ワトナは眉を潜めた。


「……あさ?…ひ…?……何…?」


ヒリンは飲もうとした茶をカップごと落としかける。

礼儀作法を知らないことは仕方が無い。ワトナは貴族でも、これまで貴族と関わってきた家系でもないのだから。しかし一般的な知識や言葉を知らないとなると、何からワトナに教えればいいのか。

ケミィの言う通り、断った方が賢明だった気さえする。


「…お嬢様。労働を仕事とする領民や市民は、我々と異なり日の満ち欠けを正確に表します」


ヒリンの困惑を宥めるようにケミィが言った。服飾店の全員が一礼し部屋から出ていく。


「意味がよくわからないのだけど」

「例えば、日が沈む、朝を迎えることは、それぞれ区切りなのです。朝を迎えてから日が沈むまでを一日と表し、次に日が上れば新しい一日が始まり、日が上る前の一日は終わる。そういった考えの元、生活しています」


慣れたのか、浅く呼吸しながらワトナが首を傾げた。


「お貴族様は違うんですか?じゃあ、昨日とか今日とか、そういうのも無いってことですか?」


ケティとヒリンを交互に見る。別邸に来て初めて、ワトナの目に光が浮かんだ。

子爵家との縁を望むだけあって、貴族社会に関心があるらしい。


「ありませんね。我々は、祖先の代から今日まで続いている、という考えです。朝は一日の始まりではなく歴史の続きで、夜は一日の終わりではなく新しい未来の始まりなんです」


ケティの返事に気の抜けたような、感心したような声をワトナは上げた。


「…そういうことを考えて生活してるのね」


ヒリンもまた口には出さないが、聞いたこともない話に息を漏らす。

日が沈むと終わり、日が上ると始まる。終わったそれは、直ぐに歴史になるということか。

若くして土に埋まることの多い市民だからこその習慣かもしれない。


「ですので、ワトナ様に馴染み深い言葉でお伝えすると…10日間、ヒリンお嬢様がワトナ様にご鞭撻を振るわれます」


ワトナはようやく得心顔で頷いた。笑顔まで浮かべている。


「わかりました。よろしくお願いします」


楽しい講義が始まるとでも思っているのだろうか。

緊張感も悲壮感も無いワトナに、ヒリンは中途半端な笑みを返した。





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