助けたのが貴方じゃなかったら
[助すけたのが貴方じゃなかったら]
貴方の活躍をこの目でまだ観れたのに
「これ、お前にやるよ」
「何ですかこれ?」
「俺の宝物だよ」
「いいんですか?」
「おう、」
それは木で作られたキーホルダーだった。
テレビで見た彼は本当に美しく走り続けた。今すぐにでもテレビから飛び出てきそうな迫力は皆を虜に連れ込む引力。
黒く、ストレートの長髪は瞳を見せない。感情が読めない顔は美形を想像させる風貌の男がステージの上で駆け回る。豹のように駆ける彼の姿は何も考えず楽しんでいる子供のようだ。
彼の名前は乱 楽銀、パルクール選手だ。
彼のモットーは誰よりも上に立つ。
その素質を僕は彼が持っていると思う。
ラストスパート、会場の空気は固まり皆が固唾を飲む。そんな中、楽銀はゴールテープを飛び超えた。
「かっ、勝ちました。勝者ー」湧き上がる会場の最中ステージに立っている一人の少年。うっすら見せた彼の目には青い炎が宿っている。口を大きく開き笑う彼は降臨した悪魔のような笑みがテレビの画面を埋め尽くした。
僕はその笑顔が大好きだった。
「ちょーかっこいい」
ネットでは称賛の嵐。だが世界が期待の眼差しを見せたその日に楽銀選手は引退した。
信号無視の車に轢かれそうになった子供を守り、足を轢かれ辞めざるおえない状況になってしまったそうだ。
その子供は紛れもない自分だった。
空が嘲笑うかの様に綺麗な夜。お父さんを迎えに行こうと一人で家を飛び出したのがいけなかったのだろう。信号が青になったら車は来ないからねとお母さんが言ったのを鵜呑みにし、進み出した。突然目がカッと眩むみ、同時にトラックが突っ込んでくる。
僕は足が動かなかった。死を覚悟し、目を力いっぱい瞑った。そんな時、「危ないっ!」と声と共に人が上に覆いかぶさり、派手なブレーキ音と共に赤い液体が空を舞う。なんで、僕なんかを守ったのだろう。地面には赤黒い液体が散り、今もなお流れ続けている。楽銀さんは僕に不安感を与えないように、怪我をしている足を違う方向に向けた。
彼の青い瞳には不安と絶望が入り混じり、ドス黒い色になっていた。
「君名前は?」
「腎凛。お兄ちゃんのこれ欲しい」
と僕は指を指す。なぜ指したのかはわからないかった。多分約束が欲しかったのだろう。
なんでもいい。だが、また会えると思うために。
「君が僕にとって大事な人になれたらな」
クシャリと頭を撫でられ、僕は気分を良くした。楽銀選手はサイレント共に喋らなくなり、僕の記憶もここで終っている。
だが分かることがある。
若き天才乱 楽銀は、自分のせいで終わりを告げてのだと。
「何でだよ。お兄ちゃん」僕の涙交じりの声は枕の中に消えていった。
そんな話も何年前の事だろう?僕は今ステージの目の前に立っている。後ろで見送ってくれる師匠の楽銀さんを背に僕は歩き出した。
ここで全てが決まる。
楽銀さんと同じ色の瞳には未来を見ていた。彼と同じ場所に立ちたいという未来だ。この試合で勝てば僕は楽銀さんの夢を叶えられる。僕が終わらしてしまった未来を。
ラストスパート、僕は楽しみながら走り続けた。その時僕の目には青い炎が宿っていた。
「毒と分かっていても貴方に憧れた」
勝利のゴングが鳴り、会場は阿鼻叫喚に包まる。僕は勝った。ゴールテープを切り、楽銀さんの夢を叶えた。僕は力一杯のガッツポーズをした後キョロキョロと周りを見回した。だが、どこを探しても御目当ての人物は見当たらなかった。「おかしいな」ステージから退き、鍛え上げられた足でスタスタと歩き出す。彼の後ろ姿は達成感で埋められてる。
明るく、歓喜で一杯の会場を後に僕は楽銀さんを探し出した。
夕陽がかかる公園のベンチ。顔をオレンジ色に染めながら、座る二人の男の影が公園に伸びている。少しの沈黙の後、
「よくやったな。」と楽銀が口を開いた。
「はいっ、ありがとうございます」微笑んだ観ててくれたのか、僕は嬉しさで舞い上がりそうだった。そんな時
「すまんな」彼は謝った。空気が凍りついた
「何で、謝るんですか?」僕が言おうとするのを途中で遮り、
「俺の夢を手伝わせちまって。本当は俺が叶えればよかったんだよ」楽銀は空を見ながら言葉を紡ぐ。
「でも、ありがとうな。今が人生で最高の瞬間かもしれない」楽銀の口は小さく開いた。
「っ、そうですね」その彼の言葉を後に二人とも何も一言も言わなかった。夕方の少し冷えた風が二人の髪を揺らし、太陽は落ちていく一方だった。
俺たちは解散した。夜の街を歩き、俺は階段を登った。トントンとアルミ製の階段が立てる音だけが響く夜。屋上は恐ろしい程静かだった。スマホを取り出し、三人しか居ない電話の欄を見る。一人に電話をかけた。夜空に溺れた一等星を眺めながら。
三コールおいて、電話が始まった。
「楽銀さん?どうしたんですか?」弟子が慌てて電話に出る。俺からの電話に驚いただろう。
「すまんな、こんな時間に」
「今日の試合本当に良かったよ」とひと言褒める。
「あっ、ありがとうございます」
「俺は、やりたかった事を全てやった。
弟子を優勝させ、自分の夢も叶えて本当に幸せだ。」しみじみと話している自分が情けなくなりながらも、会話を続ける。
「だけどさ、俺は思っちまったんだよ。」
「何をですか?」彼の何かを恐れるような声は電話越しでも伝わってくる。
「俺があそこに立ちたかったなって」俺は本当に思ってしまった。あそこに立ってまた称賛されたいなと。
「でも、俺は幸せ者だ。ありがとな」
最後の気力を振り絞り、
「本当にありがとう。君は僕の誇りだ」と言うのは、自分で聞いてても恥ずかしい。
「やめてください。」酷く掠れた声で否定される。僕は一瞬驚き目を見開いた。そして、
「ねぇ、君の名前はなんだっけ?」
「大垣 腎凛です」少しの間沈黙が流れる。
「腎凛、長く人の心に希望を火を灯し続けてくれ俺には出来なかった事を、また押し付けて悪いが頼んだぞ。」俺の本心は全て言えた。思いがけない事もあり、俺は心の底からスッキリした。
「あっ」
『 』
何か言おうとした彼の言葉をよそに最後の言葉をいい、俺は電話を切った。本当に綺麗に咲き誇ってくれた彼には感謝しか無い。
電話が終わり、彼の顔はまさに顔面蒼白という感じだろう。
服は着替えずに、素足で靴に足を入れる。彼は風を叩く勢いでドアを開け、外に飛び出した。階段を駆け降り走り出す。
はぁはぁと荒い息の音が少しずつ大きくなる。
「下界はまだ、貴方を求めています」
彼の青い瞳に入った星の輝きは消えていく。
耳には電話を押し当て、何回も何回もコール音が途切れては繋がった。
綺麗な夜に身を投げ出した。風に包まれるかのような感覚と共に落下していく。
一等星との距離はどんどん離れていき、下に落ちていく。そんな時、彼の瞳がとらえたのは弟子の姿だった。
青薔薇は綺麗に咲き誇り、大輪となるだろう。彼の口角が上がる。心の中で礼を言うと同時に俺の意識は、五感は無くなり、静かな夜に大砲を落とした。そう、自分が弾となり。『どパーン』と何かが破裂したかのような音を残した。
美しさを求めて続けた、赤薔薇のように派手な最後だった。
近くまで寄ってきて、倒れ込んだのは賢凛だった。虚無の瞳からこれそれそうな涙を堪えて、「どこが綺麗なんですか」と笑った彼は悲しそうな、寂しそうな表情をしていた。
その夜彼は大泣きした。それはもう酷い顔で。その涙を拭いたくても、話しかけることもできない。
彼の涙は楽銀の元へと落ち、顔に涙が滑る。その涙は温かく、優しかった。
『ありがとうな、腎凛』彼の最後の思考にはそう書き残されていた。
そして、後ろからソッと背中をさすった。
もう、触れられない君の背中は、小さかった。
「君のことが大切なんだよ」
暗い夜道で太陽は完全に地に落ちた。
夕方の時点で止めていれば、だがそれは誰でも不可能だった。俺の思考が変わらない限り。だがこそ、腎凛には、後ろを向かないで欲しかった。君のせいではなく、俺のせいだから。彼はそれを知ってか、後ろを向く事は無かった。それどころか泣くことも無かった。周りからは無慈悲だと言われるが、これが楽銀の求めた形そのものだった。
彼の心に、乱 楽銀という大きな炎をつけられた事を楽銀は誇りに思っている。
その炎を沢山の人に灯してくれ。勇気を配ってくれ。そんな願いをする彼の首からは古い木のキーホルダーがついたネックレスがかけられていた。
「行ってきます」ゆっくりと開いた玄関ドア。大きく、たくましくなった背中に俺は
「行ってこい」と手を当てた。
俺の唯一の弟子はまた俺のことを笑っただろうか。
その日の夕方、俺の墓にはシオンの花束が置かれた。そして、その人物は前に座る。
「お兄ちゃん。ありがとう」
こちらもありがとう。腎凛。俺の自慢の弟子よ。大きくなったな。
「貴方の願いは叶いましたか?」
おう、叶ったぜ。お前が叶えてくれた。
去る彼は唇が噛み締めていた。目は見ることができなかった。見たら終わってしまうそう、感じたからだ。またテッペンまで上り詰めた太陽は誰を表しているのだろう。いつかは枯れるその時まで存分に輝いてくれ。
シオンの花言葉をしってるか?
花言葉は…。
「俺が希望を灯せた弟子はきっと沢山の人に希望を灯してくれるでしょう」
俺は遺書の最後にはこう書いた。
『俺の始めた物語だ。俺が勝手に終わせる』俺らしく清々しい最後だろう。
最高の指導者乱 楽銀の弟子は、憧れの人についてのインタビューで、
憧れは僕の唯一の師匠です。とネックレスを握りながら語ったという。
「貴方に助けられてよかったよ」
貴方の願いを叶えられたから
こちらの話で『太陽は沈んだ』完結となります。
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