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太陽は沈んだ  作者: 二藍
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君さえ助けなければ

[君さえ助けなければ]


 僕はまだ夢を追えたのに


「これ、お前にやるよ」

「何ですかこれ?」

「俺の宝物だよ」

「いいんですか?」

「おう、」

それは木で作られたキーホルダーだった。


太陽は登り、こめかみが痛むほどの強さで輝いている。俺はここだと主張してくるなのように。

走れ。テッペンに届く彼の手は期待で満ちている。手を伸ばせば誰よりも上に立てると言う希望に。

黒く、ストレートの長髪は瞳を見せない。感情が読めない顔は美形を想像させる風貌の男がステージの上で駆け回る。

豹のように駆ける彼の姿は何も考えず楽しんでいる子供のようだ。無邪気に笑い、必死に走る。彼の名前は乱 楽銀、スポーツ選手だ。


彼のモットーは誰よりも上に立つ。

『上には上がいる』をいう、言葉があるが彼の考えは、ならばテッペンに立てばいいなのだ。太陽のように、誰よりも上に立つのが彼の夢だった。

ラストスパート、会場の空気は固まり皆が固唾を飲む。そんな中、楽銀はゴールテープを飛び超えた。

「かっ、勝ちました。勝者ー」湧き上がる会場の最中ステージに立っている一人の青年。ちらっと髪の隙間から見えた彼の目には青い炎が宿っている。口を大きく開き笑う彼の悪魔が降臨したかのような笑みがテレビの画面をいっぱいに埋め尽くした。

今の太陽はきっと彼だろう。 


ネットでは称賛の嵐。遂にとか、英雄のとか、

だが今の俺は酷い有様だ。


大会が終わり帰路に着いた。世界が褒め称える様に綺麗な夜空の下、子供と信号待ちをしている。無論知らない子供だ。

信号が赤から青に変わり、子供が歩いてく。そんな当たり前の状況。だが気を抜いている時こそ悪魔が微笑み、天使は負ける。

大型トラックが子供に向かって物凄い速さで突っ込んでいく。信号を見ていないのか、座高的に子供が見えていないのか?どちらもだろう。

「危ないっ」と咄嗟に声と足が出た時にはもう遅く、運転手は気づいたがそんな直ぐには止まらない。俺は子供を守ろうと上に被さった。車の目が眩む程のライトに当たり二人が黒く見える。車のタイヤに足を引かれ、ドロリと何かが流れるのが分かった。

視界が点滅するのを必死堪えながら子供を守る。

どこぞのヒーロ気取りだろうか?いつもは身体から流れる大量の赤黒い液体を見ると不安と言う気持ちが強い。だが、今回は絶望が強かった。もう夢を追う事ができないと悟ったらかだ。嫌でもそう細胞が訴えてくる。あぁ助けなければ…。全身が悲鳴を上げながらそんなことを考える。

だが、僕が助けた子供は夜空と同じく青い大きな瞳に未来を見据えている。俺はこの子供に未来を託すことにした。

「君名前は?」

「腎凛。お兄ちゃんのこれ欲しい」

と指差したのは首にかけている木のキーホルダーがついたネックスだった。

「君が僕にとって大事な人になれたらな」

クシャリと頭を撫で、静かな夜に響く鼓膜が破れそうなサイレン音と共に俺の記憶はここで終わった。

車に引かれそうな子供を助けて、自分が怪我をし、夢まで失う。本当に何がしたいのだろう?自問自答しても全くわからなかった。

わかる事は今ここで、

若き天才乱 楽銀の小説は終わりを告げた。世界に咲き誇った大輪はあっけなく散って行った。

「あぁ、何で助けちまったんだろな」そんな言葉が病室に静かに響いた。


そんな話も何年前の事だろう?彼はまたステージの前に立っている。だがそこで戦うのは俺の弟子だ。もう自分では、届かない場所を前に弟子を送る。光に向かって歩き出した彼、自分場所には影がかかっており観客からはちょうど見えない位置だ。

そして自分は暗い方へと歩いていく、もう誰も俺の方を見ないでくれと言わんばかりに。


俺と同じく炎が宿っている大きな青い瞳は、自分よりも沢山の希望を見据え、輝いている瞳は観客を魅了し虜にする。俺は目を見開いた、彼の顔はかつて自分がしていた顔だ。

そして彼の瞳には美しい青薔薇が咲き狂っている。あぁ、彼は毒だったんだ。


「毒と分かっていても君を育てた」


勝利のゴングが鳴り、会場は阿鼻叫喚に包まる。その中でガッツポーズをした勝者が目立つ。

青い瞳は、止まることを知らない光の様にギラつき輝いていた。「最高だな」椅子から立ち、細い足を曲げスタスタと歩き出す。彼の後ろ姿は達成感と少しの虚無感で埋められてる。

明るく、歓喜で一杯の会場とは裏腹に彼の後ろには黒い影が伸びていた。


夕陽がかかる公園のベンチ。顔をオレンジ色に染めながら、座る二人の男の影が公園に伸びている。少しの沈黙の後、

「よくやったな。」と楽銀が口を開いた。

「はいっ、ありがとうございます」微笑んだ彼を横目に楽銀は上を向き、

「すまんな」と予想外の言葉を発した。

「何で、謝るんですか?」そんな彼の言葉を楽銀は途中で遮り、

「俺の夢を手伝わせちまって。本当は俺が叶えればよかったんだよ」楽銀は空を見ながら言葉を紡ぐ。

「でも、ありがとうな。今が人生で最高の瞬間かもしれない」楽銀の口は小さく開いた。

「っ、そうですね」その彼の言葉を後に二人とも何も一言も言わなかった。夕方の少し冷えた風が二人の髪を揺らし、太陽は落ちていく一方だった。


僕たちは解散した。僕はもらったトロフィーを古めの棚に飾り、手を洗う。そんな時スマホが音をたてた。顔の位置だけを変え画面を覗く。そこには珍しい名前が表示されいる。

「楽銀さん?どうしたんですか?」僕が慌てて電話に出ると、

「すまんな、こんな時間に」

「今日の試合本当に良かったよ」

「あっ、ありがとうございます」

「俺は、やりたかった事を全てやった。

弟子を優勝させ、自分の夢も叶えて本当に幸せだ。」しみじみとしている彼の声は何かを諦めた時のようだった。

「だけどさ、俺は思っちまったんだよ。」

「何をですか?」僕は恐る恐る聞いた。

「俺があそこに立ちたかったなって」

あぁ、僕のせいだ。あの時僕を助けなければ…。彼はあそこに立てたかもしれないのに。

これからが一番楽しい時期だ。やめてれ。

「でも、俺は幸せ者だ。ありがとな」

僕は声が出なかった。

やめてくれ、そんな最後のように話すのは。

「本当にありがとう。君は僕の誇りだ」

やめてくれ。本当に…。

「やめてください」僕の喉は無意識に声を出した。ひどい声だっただろう。

「ねぇ、君の名前はなんだっけ?」

「大垣 腎凛です」少しの間沈黙が流れる。

「腎凛、長く人の心に希望を火を灯し続けてくれ俺には出来なかった事を、また押し付けて悪いが頼んだぞ。」

「あっ」

『              』

ツーツー絶望の音が頭に響き、電話が終わった。僕の頭の中は真っ青になる。何も考えずに風を叩くように玄関ドアを開けた。


ある街の街角で楽銀が眩しい一等星を只々眺めていた。テッペンの星を。

もう手を伸ばしても掴めない一番煌めきを見せつけてくるかのように眩しい星を。ビルの屋上は肌寒く、恐ろしいほど静かだ。楽銀の声がよく聞こえる。寂しさと虚しさが詰まる声とは裏腹に顔は達成感に満ちていた。電話を切り、画面を見つめる。電話の最終画面は弟子と書いて表示されていた。そこをタップし、大垣 腎凛と書き換えた。その画面を消す事なくスマホを置き、風の少しの抵抗を感じながらも彼は身を少し前に乗り出させる。

ついにゴールテープを切れる日が来た。ここまで走り抜いてきたんだ。その功績に胸を張り、彼は足を地面から離した。


「死界はまだお前には贅沢すぎるよ。腎凛」


彼の青い瞳には星の輝き、そして青薔薇。

耳には鳴る電話の音を最後に…、静かな夜に肉が弾ける音がした。それと同時に太陽は地へと叩きつけられた。


僕は家を飛び出した。兎に角走り続ける。

走り方を覚えた赤子のように肩で息をしながら走り続ける。そんな時『どっパーン』と派手な鈍い音が耳に入った。僕は嫌な予感がして、音のした方を見る。全身から汗が噴き出てくる感覚に襲われる。

目をやった先には無慈悲に投げ捨てられた死体が転がっていた。駆け寄り僕は壊れたおもちゃのようにバタンと座り込む。そこに居たのは紛れもない自分の師匠…乱 楽銀だ。


『俺は綺麗な姿のまま死にたいだ』


「どこが綺麗なんですか」

高い所から落ちてぐちゃぐちゃになった身体、生気の無い顔。僕の力のなく笑った声は楽銀さんには届かずあの不器用な声、仕草はもうしない。動いてほしかった。もう一度話しかけてほしかった

だが、その顔は笑っていた。まさか、初めて見る死体が笑った顔だなんて。

大粒の涙を頬をつたる。楽銀の冷たくなる顔に温かい水が落ちた。どんどん我慢していたのが溢れてくる。静かな夜に聞こえるのは大声で泣くのは僕の声ただそれだけだった。


「あなたの大切な人になれましたか?」


暗い夜道で太陽は完全に地に落ちた。

夕方の時点で止めていれば、だが腎凛には不可能だった。そんな事は分かりきっていた。


それから彼が後ろを向く事は無かった。それどころか泣くことも無かった。周りからは無慈悲だと言われるが、これが楽銀の求めた形だと思ったらから。

彼の心には、乱 楽銀という大きな炎があり、それを多くの人に分け、灯し、希望を配らければいけない。

前を向き続ける彼の首からは古い木のキーホルダーがついたネックレスがかけられていた。

「行ってきます」ゆっくりと玄関ドアを開け歩き出した彼の背中は前よりも大きく立派なものだった。

「行ってこい」背中に当たった風は僕を前へと突き出した。僕目を見開き、ふふっと笑みを溢した。

死んでも不器用だな、と。


「お兄ちゃん、これ欲しい」

「ボクが大人になって僕の大切な人から、いいよって言われたらな」

クシャリと頭を撫で、僕は花屋で花を購入した。彼の手にはシオンの花束が握られている。

また上まで登った太陽を見つめ、道を歩き出した。


シオンの花を置いて歩き出した彼の頬には一筋の水が通ったが、地面に決して落ちることはなかった。


「貴方は僕の心に希望を灯してくれました」 


遺書の最後にはこう書いてあった。

『俺の始めた物語だ。俺が勝手に終わらせる。』楽銀らしく清々しい最後だろう。


最高の指導者乱 楽銀の人生はここで幕を閉じた。誰よりも上を望んだ彼は、誰よりも後悔の無い最後だと天国で語った。


「君だから助けて良かったよ」


 新しい夢を見つけられたから

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