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壊宴  作者: おおとり ことり
白露の国と消えた姫 〜フェーイン編〜
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第九話 灰の故郷

 賑わう街中を、ホムラは目をキラキラさせながら眺めていた。 本当は自分の足で歩きたいのだが、カイエンに抱えられているので降ろしてもらえない。

 ここはフェーイン。 極東にある四季が楽しめる国。 今は十二月、年越しの祭りが行われており、ホムラにとっては珍しいものばかりだ。 

最初こそ自分の足で歩いていたのだが、ホムラがいろんなものに目移りしてチョロチョロ動き回るので、カイエンが我慢できずに抱えることにした。 あまり動き回られても、迷子になったり人混みに埋もれてしまったりするからだ。


「カイエンさん! 見てくださいあれ! イチゴがキラキラしてます、オレンジもあります!」

「あー、飴屋だろ。 小さい頃によく見たな」


 ホムラの様子を見て、カイエンは立ち止まる。


「……ほしいのか」

「食べてみたいです!」

「はいはい」


 屋台のすぐそばまで歩いて行き、カイエンはやっとホムラを降ろしてくれた。 屋台に並んでいる飴は、灯籠の灯りを反射してキラキラと輝いている。 

りんご、オレンジ、イチゴ、ブドウ。 さまざまなフルーツに飴が薄くコーティングされている。 屋台では定番のフルーツ飴だが、ホムラは初めて見るものばかりだ。 


「この赤くて丸いのはなんですか?」

「それはサンザシだな。 懐かしい、よく母さんが食ってた。 最悪の味だ、酸っぱいし食感もあまり良くない」

「カイエンさんにとっての思い出、なんですね」

「まあそうなんだろうな。 両親のことは忘れていることが殆どだ。 何百年も生きてりゃ、記憶だって薄れる」


 カイエンは二十六歳だ、だがそれは龍にとっての二十六歳。 龍は十年生きれば一歳と見なすことが多い。 見た目も、老いることがほとんどない。 

カイエンにとって両親の思い出など、本当に少ししか覚えていないのだ。 恐らく、顔すら思い出せない。

 どれにするか迷っていた様子だが、ホムラはやっと決めた様だった。 小ぶりの赤くて丸い実が六個刺さっている串を取ると、カイエンに見せる。


「これがいいです」

「……イチゴとかリンゴじゃなくていいのか」

「はい、これがいいんです」


 カイエンは代金を支払うと、もう一度ホムラを抱えた。 


「他の奴らに刺さらない様にしろよ」

「はい、大丈夫です」


 透明な包みから飴を取り出して、飴のかかったサンザシを一口食べる。 パリッと音がして、琥珀色の飴の欠片がいくつか落ちていく。


「むむむ……」


 なんとも不思議な味だった。 酸っぱくて意外とふにゃふにゃとした食感。 飴が甘いおかげで食べれるものの、これはサンザシそのままだけで食べたら、絶対に噛めないくらいに酸っぱいはずだ。

なんとも言えない顔をしているホムラを見て、カイエンは声を上げて笑った。


「ははは、言っただろ。 最悪の味だって」

「カイエンさんも食べますか?」

「後でもらう。 他にもお前が好きそうなものがあるからな。 それを買ったら宿に行こう」

「……本当にカイエンさんですか?」

「どういう意味だ」


 ホムラは一旦飴をもう一度袋に入れると、訝しげにカイエンを覗き込んだ。


「今日は優しい気がしました」

「いらねぇなら買ってやらんぞ」

「い、いります!」


 カイエンにとって、フェーインは故郷であり、同時に孤独を感じる国だった。 この国に知り合いはいない。 両親はとっくの昔に死んでいて、自分の家はすでに売り払っている。 各地を転々とする様になったのも、このフェーインから逃げたくなったからだ。 

自分はフェーインという国のことを知り尽くしているのに、フェーインに自分の居場所はどこにもない。

 だが、今日はちっとも孤独を感じなかった。 それはきっとホムラのおかげだろう。

だから少し気分が良いのもそのせいだ。 

そう思いながら、カイエンはホムラが気になってそうなものを買った。 この間のフェトゥは参加できなかったので、その分も楽しませようと思って。

 宿に着いて部屋に戻ったホムラは、テーブルの上にある食べ物を眺めていた。 流行りの飲み物もあるが、いくつかは見たことがない食べ物がある。 

ホムラは嬉しくなって、舞い上がる気持ちを抑えつつ、ソファに腰掛けていたカイエンの元へ行き、彼の膝の上に座った。


「なんだ、部屋の中まで俺に抱えられなくてもいいだろう」

「今日はここに居たいんです、なんとなく……」

「そうか。 好きにしろ」


 カイエンはフェーインの地酒を飲んで、窓の外を見る。 白い雪がちらほらと舞っている。 街に飾られた灯籠がゆらゆらと揺れて、幻想的だった。

 

「ホムラ」

 自分の膝の上にいる少女を呼んで、頭を撫でる。


「今日はここにいろ」

「今日だけで良いんですか?」

「……言うようになったなァ、お前」


 ホムラはサンザシ飴をカイエンの口元に寄せる。 一口それを齧れば、カイエンは眉間に皺を寄せた。


「不味い」

「そんな顔初めて見ました」

「不味い、本当に不味い。 ただ酸っぱいだけの、意味のわからない食感の食べ物だ」

「でも私、好きになりました」


 少しずつ齧って食べながら、ホムラは微笑む。


「貴方と私の、この国での初めての思い出ですから」


 それを聞きながら、カイエンはまた酒を呷る。


「ずっと俺の隣にいろ」

「……! はい、ずっと一緒にいます」


 ホムラが嬉しそうに胸元に頰を擦り寄せてくる。 カイエンはホムラをしっかりと抱いて、窓の外から聴こえる祭囃子に耳を澄ませる。

初めて聴く音、初めて感じる祭りの雰囲気。 

二人でならば、こういうのも悪くないものだと、カイエンは生まれて初めて思った。


「ホムラ」

「はい?」

「逆鱗を渡すと言っただろう」

「ど、どうしたんですか急に?」

「……外に出る」

「え?!」


 酒の瓶を置いて、カイエンはホムラを抱えたままバルコニーに出た。 


「も、もしかして酔ってます?!」

「おい、竜が人間用の酒で酔うと思ってるのか」

「いやそうですけど……!」

「しっかり掴まってろ。 口も閉じてろよ」

「え」


 彼はダンッ!と踏み出して、ホムラを抱えたまま一気に隣のビルへ飛び移った。 さらに助走をつけ、今度は何軒もの建物を飛び越して進んでいく。

彼が他とは桁違いの運動神経を持っているのは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。 ホムラは恐怖のあまり、震える手から力が抜ける。 それでも振り落とされなかったのはカイエンがしっかりとホムラを抱きしめてくれていたからだろう。

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