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壊宴  作者: おおとり ことり
白露の国と消えた姫 〜フェーイン編〜
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第二話 人と欲望と

 アルカルトの拠点は、もともと城だったものを改築した建物だった。 

国の名前はエフェシオン。 大きな国で連邦と違って賑わっている。 この周辺には魔物と呼ばれる害獣等が多く生息しており、討伐依頼を受けに来る者も多い。 その依頼の管理や発注をする場所もアルカルトの拠点だ。 

 エントランスに併設されている食堂に一人ポツンと座っているホムラは、先程渡されたIDカードを眺めていた。

これは魔物の発生地域や、連邦との戦争が行われている戦闘区域に入ることができる登録者カードだ。 これを作って初めて、アルカルトに属する者だと認められる。 それぞれ戦闘能力によって分かれていて、ホムラは一番下のブロンズだ。 カイエンは言わずもがなゴールドだった。 当たり前と言えば当たり前だろう。

 ホムラは結果を見てホッとした。 力を隠すことに成功しているからだ。 拾われて少し経った日、カイエンに提案されて彼の中に自分の力を隠した。

自分の炎の力を、カイエンに授けた。 生まれた頃から自分の中には、全てを焼き尽くすような炎が込められていた。 


『お父様は、ずっと隠し続けろと言ってた……。 カイエンさんに渡したのは、きっと間違いじゃない』


 全てを焼き尽くす劫火を、自分の父は隠せと命じた。 そのためホムラは生まれてすぐに、城の中に閉じ込められて、外に出る事はなかった。 

それを恨んだ事はない、自分にはあの城の一室が、十分な世界だった。


『……でも、カイエンさんは痛くないのかな』


 あの炎はホムラの中にある時から時折強さを増して、痛みを伴っていた。 自分でも制御できない痛み。 その莫大な力を自分の身に封じ込めて平気な顔をしていられるカイエンは凄いのだが……。

 そんなカイエンは用事があると言ってどこかへ消えていった。 確かこの後、顔馴染みに会うとか言っていたが間に合うのだろうか?

 ……と、一人でいるホムラに興味を持ったのだろう。 二人組の男が声をかけてきた。


「ねえ、アナタお一人?」


 男……なのだろうか? ホムラに声をかけたうちの一人は、藍色の髪を肩に流している。 風貌は女性そのものだが、骨格や声が男だ。 美しい見た目で、ホムラは思わず見惚れて、言葉に詰まってしまった。


「……あら、アナタ血魔ね? めずらしいわ。 まさか生きているうちにお目にかかれるなんて」

「血魔? おいおい、捕まえりゃ良い値段で売れるぜ!」


 血魔と聞いて近くにいた知らない中年男性がホムラに手を伸ばしてくる。 それを、美しい男が扇子でパシン!と叩いて阻止した。


「下品な男ね、血魔を売るですって? 一体どこに売る気なのかしら。 物好きなコレクター? それとも連邦軍? どちらにせよ、お前の根性も脳みそも腐りきってるってよくわかるわ!」


 男はパッと扇子を広げ口元を隠して、後ろに控えていたオレンジ色の髪の男に声をかける。


「フレッド、つまみ出して」

「了解」


 後ろに控えていた兎族の男性は、テキパキとした手際で中年男性を締め上げて、外に放り投げた。 慣れているのだろうか……。 ホムラが呆気にとられていると、扇子を広げた男性はジッとホムラを見つめてくる。 


「……フードを被っててよく見えないけれど、アナタすでに血の契約者がいるわね。 だったらアタシ達に出る幕なんて一ミリもないわ」

「確か、取り変わることは出来ない。 ですよね」


 兎族の男が言うのを聞いてホムラは頷いた。 美しい男も「そうね」と言って頷く。


「フレッド、正解よ。 でもそうね、アンタは血魔を見るのは初めてよね」


 男はホムラに微笑みかける。


「ねえ、相席良いかしら? アタシ達、人を待ってるんだけど……。 この子に、珍しい血魔の事を教えてあげたいから。 アナタが気を悪くしないならで良いのよ」

「わ、わたしでよければ……」

「ありがと。 優しいのねアナタ」


 男は対面に座った。 そしてIDカードを見せる。 色はゴールドだった。


「アタシはミューリュ・スカーレット。 呼びにくい名前だから、みんなリュートって呼んでるわ。 アナタもそう呼んで頂戴? それでこっちはフレッド・シン、ちょっと頭が硬くて頑固だけど、良い子よ。 よろしくね」

「リュートさんとフレッドさん、ですね。 わたしはホムラと申します。 エフェシオンには来たばかりでわからない事だらけですが……」

「そうなのね。 大丈夫よ、連邦の国と違ってみんなおおらかだから。 アナタが血魔ってわかっても、目の色と気配で契約者の事を察知できるから、大して害もないはずよ」


 たしかに、エフェシオンにいる人は皆優しい者が多かった。 それはホムラでも良くわかる。 カイエンの側を歩くだけだったが、カイエンもあまり気を張っていなかったので、連邦より過ごしやすいかもしれない。


「あ、でもさっきのみたいな変なやつは時々いるわ。 ああいうのはどれだけ駆除しようと思っても、絶対に根絶やしにはできないものだから……。 さっきは怖い目に遭わせちゃってゴメンなさいね。 エフェシオンを代表して謝罪するわ」

「いえ、そんな……! さ、さっきは助けてくださってありがとうございます……」

「カワイイ子が怖い目に遭ってたら、助けるのが普通でしょ?」


 リュートはパチンとウインクをした。 彼は話しやすく、ホムラも少し気が紛れた。


「まあ、エフェシオンは人が多いから待ち合わせにちょっと不便ね。 アルカルトの拠点もいっつも混み合ってるし。 ……昔の友人を待ってるんだけど、もう一時間も待たされてるのよねえ」

「一時間ですか? 何かあったのでしょうか?」

「いいえ、向こうが時間にルーズなのよ。 いつもこうだったからよくわかるわ。 はあ、嫌な奴だわ……」

「でも一時間はすごいですね……。 時間を守れない方って、やっぱいるんですねえ」


 ホムラは、すごい人もいるんだなあと単純に驚いてしまった。 リュートはクスクスと笑って、ホムラを見る。


「それにしてもフードを被せるなんて、よっぽど心配性の契約者なのね」


 そう言われて、ホムラはフードの裾を掴んだ。 カイエンは心配性なのだろうか? 単にめんどくさがり屋なだけな気がするが……。 


「着ている服可愛いわね、趣味がいいわ。 でも随分ジャケットが大きい……」

「あ……。 服は、えっと……契約者さん? が選んでくれてるんです。 わたしはそれを着るだけで……。 ジャケットは絶対に着とけ、ってすごい剣幕で言われて」

「ははーん? 過保護なのねえ。 気になってくるわね……」


 リュートは目を細めてそういうと、思い出した様に手を叩く。


「そうだ、この石頭に血魔の事を教えてあげようとしてたのよね。 ホムラちゃん、少しだけ手伝ってくれるかしら。 本物の血魔に会うことなんて滅多にないから、これもいい経験と勉強になるわ」

「はい、わたしにできることであれば」


 石頭と言われ、フレッドは機嫌が悪いようだが否定はしていなかった。 恐らく、部隊の新人なのだろう。


「フレッド、アンタさっき契約者は取り変われないっていったわよね。 それがなぜかはわかる?」

「いえ、ボクも詳しくは……」

「基本、わたしたち血魔が一生に吸える血は、一人だけの血なんです。 血魔は決めた者の血を吸って、それを体内で自分の血と融合させます。 この融合を経てしまえば、一生血の契約者を取り替えることは不可能なんです。 この状態になった血魔が他の誰かの血を取り込んでしまうと、死んでしまいますから」

「し、死ぬ?」

「自分の血液と他人の血液。 普通の種族では、それが混じるなんて死に近い。 それを血魔は能力で一度のみ可能にした。 でも一度だけ。 その能力を失った後、別の誰かの血が入れば、普通の種族と同じ様に死んでしまうわ」


 この世界で定期的に死者を出している例として、血混病というものがある。 戦闘中、傷を負った場所に誰かの血液が侵入して、血に侵されて死んでしまう病気だ。 種族が多種多様なこの世界では、種族ごとの血の違いでかなり苦労しているのだ。 血が原因で新たな感染病が発生し、それを抑え込むのに何十年とかかる。


「血魔はこれのせいで稀少で珍しいって言われるの。 連邦は、血魔が契約者を定めるとその血魔を連れ去る。 そして契約者のいる血魔の血を使って作られたのが血清。 普通は取り込めない他種族の血液を取り込めるのが血魔よ。 その力を使って、いろんな薬を作ってる」

「連邦は……、本当に嫌いです」


 連邦の名を聞いて、ホムラは苦い顔をした。 リュートが察して、少し声を落として聞いてくる。


「追われたことがある?」

「はい。 契約者さんと会う前に……。 一度捕まりました。 いろんな薬を飲まされました……。 それが何なのかもわかってなくて」

「色と形はわかる?」


 リュートはフレッドに目配せをした。 フレッドが頷いて、分厚い資料を取り出す。 薬に関しての資料だ。 驚くホムラに、フレッドは胸を張って告げる。 どうやら薬剤師としていろんな薬を研究済みらしい。


「えっと、白い錠剤が一つ。 表面に、αって書かれてました。 それと黒いカプセル剤でした」

「……!? 白いのは別にいい、それは単なる自白剤だ。 でも黒いのはまずいな」

「フレッド、どういうこと?」

「黒いカプセルですよね。 二つあるんですが、どんな見た目をしていましたか?」


 フレッドはあるページを開いて、ホムラに見せた。

どちらも似た様な見た目だが、一つは黄色いラインが入っている。

リュートはその薬の内容を見て絶句した。


「これを、飲ませたの? 女の子に……?!」

「え? あの、どんな薬」

「いい、ホムラちゃんはまだ見なくていい!」


 リュートは資料をバンッと閉じて、そしてホムラへ詰め寄る。


「ねえ、覚えてない?! 黄色いラインが入ってたか、そうじゃないか!」

「えっと……朦朧としていて覚えてなくて。 でも、それを飲んだ後、すごく」


 ホムラはその時のことを思い出しながら、ただ本当のことを言う。


「体が熱くなった気がします」

「……フレッド」

「…………」


 フレッドは何も言わなかったが、奥歯をギリッと噛み締めた。 それを見てリュートが扇子を力強く握りしめる。


「あの下衆野郎どもが……!」


 ホムラは訳がわからず混乱している時、彼女はカイエンの気配を感じた。 ゴツゴツと重厚な足音が後ろから近づいてくる。 尻尾をピンと伸ばして、後ろを振り返ると。


「リュー」


 カイエンが立っていた。 しかし彼はホムラに見向きもせず、リュートへ話しかけていた。 髪の色が赫に燃えている。 ホムラはすぐに、彼が何かに腹を立てていることを感じ取った。


「カイエン!? え? アンタもしかして、ホムラちゃんの契約者って……?!」

「話は後だ、その薬の話をしろ」

「……アタシ達のアジトまで来てくれる? ここじゃ、とてもじゃないけど」

「連れてけ」


 彼の機嫌が悪い事など一瞬で分かった。 ホムラは居心地を悪くして、少し身を縮こませて後ずさってしまう。

カイエンはそんなホムラの肩を片手で掴み、そしてフードを乱暴に取って、抱きかかえる。


「か、カイエンさん……、怒って、ます……?」

「……」

「ご、ごめんなさい、わたし、自分で歩けますから……! 絶対に、その、お、遅れたりしません! だから……」

「黙れ」

「ひ……」

「返事」

「は、い……」


 怖かった、恐ろしかった。 ホムラにとって、カイエンの髪の色が赫の色に変わる時が一番嫌いな時間だった。

ホムラは何度もポタポタと涙を零し続けた。 


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