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城の子どもたち

「ごちそうさまでした」

 手を合わせて食事を終えるも、相変わらず誰もこちらには来ない。皆が水越詩にぞっこんなのだろう。

「キッチンってどこ?」

 食器を重ねてとりあえず立って持ち上げる。せめてシンクに運びたい。このまま置きっぱなしは何か嫌だ。

「後で片付けるように言っておくので、そのままで良いですよ」

 王子様のフィンは当たり前のようにそう言う。

 立場や文化が違うのはわかる。けれど、けれど、けれど、けれど………っ!

「イヤです。作ってもらっただけでも有り難いのに、片付けまでやってもらうのなんて図々しいです」

 強く口調で反論をすると、フィンは少し驚いた顔をした。

「図々しい……来客の方は皆食器を運びませんし、執事たちも不満を抱いてはいませんよ?」

 片付けてくれる人がやらなくて良いと言うなら私だって引き下がる。けれど、フィンは片付けをする人ではない。

「……私の家は一般家庭なので、料理をするのは母で、片付けは私や姉や父がやります。父も昔はそういうことを一切やらなかったそうで、母と喧嘩した日もあったそうです。だから私の国ではこんな風にも言うこともあるんです。それは」

 フィンがまじまじと見ている。恐らく彼にとって酷く衝撃的な風習を私は言い放つだろう。

「父親が家事をしない家庭で育った男とは結婚をしない方が良いって。その男も家事をしないだろうからって」

 タイミング良く外で雷が鳴った。予想通り、フィンは口も目も開いてあんぐりとしている。

「あくまでも私の国の話ですし、極々普通の庶民のことですけどね。家において、互いに思いやったり、感謝をすることを忘れちゃいけないよって。これをしてもらって当たり前とか、自分はこれをしなくてもいいとか、家族って近過ぎる存在だからこそ、有り難いって気持ちを忘れないようにしなくちゃって」

 完食した食器を持ち、私は彼を見る。

「私はこの城が家ではないけれど、やっぱり自分が食べたのに別の人に片付けてもらって当たり前とは思いにくいんです」

 そして彼も立ち上がり、私の横に来ると、スッと手を差し出し、半分以上の食器を持った。

「本当なら全部私が運びたいところですが」

 彼特有の品の良い微笑みをし、

「こっちですよ」

 と並んで歩こうとした。


 その時


「あ! いた! フィンスターニス様!!」


 駆け足で誰かがやって来る。水越さんだ。

「こんな所に居たのですね! ぜひフィンスターニス様も私の歌を聞いて下さい!」

 彼が食器を持っていると言うのに彼の腕を触れようとした。

 慌てて私が持っている分を一旦テーブルに戻し、彼が持ってくれた分を受け取った。

「どうぞ行って下さい。あとはなんとかしますので」

 キッチンの場所知らないけど。まぁ歩けば辿り着けるはず。

「森さん、どうしたのその格好」

 水越さんは中学校の制服のままだ。一方私はさっき白いワンピースに着替えている。

「制服濡らしちゃって。借りたの」

 あとでもらいたいんだけどね。

「ふ〜ん。フィンスターニス様、私もこの国の服を着たいわ!」

「ウタ様、申し訳ございませんが、食器を片付けてから伺いますね」

「そんなのメイドたちにさせればいいじゃないですか! さぁ、早く!」

 おいおい、私さっき自国の文化とか語っちゃったのに、あっさり覆すような発言しないでくれよ。フィンの腕をぐいぐいと引っ張る姿を冷ややかな目で見てしまう。

「ですが」

「ウタ様、王子を見つけられたのですね!」

 すると今度はメイドやら歌の先生やらがやがやと他の人たちがやって来て、フィンの背中を押し、半ば強制的に彼を連れて行ったのだった。

 残ったのは私と汚れた食器たち。

「ま、いっか。城内探索も兼ねて」

 ひとまずフィンが行こうとしていた方向に向かうとしよう。


「あれ、先生の声がしたのに………」


 またまた今度は別の声が聞こえ、振り向く。

 子どもが2人立っていた。小2ぐらいの女の子たち。

 先生って、きっと水越さんファンの一人かな。

「多分、水越さん、聖女さんの唄を聞きに行っていると思うよ」

 そう言うと女の子同士で困った顔をしながら目を合わせた。「聖女様!? 私も聞きに行く〜!!」って反応にはならないんだ、へぇ。でも何か困ってるみたいだなぁ。子どもは聖女に会うのを禁止にでもしているのかな。

「どうしたの?」

 力にはなれないかもしれないけれど、困っている人は放ってはおけないなぁ。子ども相手なら尚更。

「今日、読み聞かせの日なのに、先生いなくて……」

「読み聞かせ?」

 素敵な単語にぴくっと眉が動く。

「代わりに私がしてもいいかな?」

「お姉さんが?」

「いいけど、上手?」

 上手と聞かれると…どうだろう。演劇と読み聞かせって違うからなんともだけど、

「そこそこに」

 無難に答えておいた。

「ふ〜ん」

「みんな待ってるし、この人にお願いしてみる?」

 何とも期待値微妙な反応。まぁ、初対面の歳上の謎の女相手だし、そんなもんだよね。

「お皿運んでから読み聞かせするよ。キッチンの場所を教えてもらってもいい?」

「お皿運ぶの?」

 おおう、子どもたちもお皿運ばない文化なのね。この子たちも王族なのかな。それならSPとか付いていそうだけど。

「そう。自分が食べた分だからね。私が住んでる国だと自分で片付けるんだよ」

「お姉さん違う国から来たの!?」

 途端に子どもたちが目を輝かせた。国というより世界が違うのだけれど。

「うん、そう」

「へぇ! お姉さん、お名前何言うの?」

「森あかり」

「モリアカリ………」

「すごい! 妖精みたいなお名前!」

「えっ!?」

 そんなこと言われたの初めてだ!!

 流石ファンタジーな世界、考え方もメルヘン。

「モリノアカリって、森にぽぉって明かりを灯しながら飛ぶみたい!」

 ちょい待て、私は森野さんではないぞ。

「いいなぁ、お姉さんの国って妖精さんいるの?」

「おとぎ話にならね」

「な〜んだ。こっちと同じだ」

「キッチンはこっちだよ」

「ありがとう」

 女の子たちに案内してもらい、薄暗い廊下を歩く。

「私、ジュリエット! アカリって呼んでもいい?」

「いいよ」

 長い茶髪を三つ編みにして垂らし、目がくりくりと大きな女の子がジュリエット。活発そうな性格だ。チュニックっぽい格好に下はパンツスタイル。

「私はコーデリア。私もアカリって呼んでもいい?」

「もちろん」

 茶と金の間ぐらいの色のふわふわとした長い髪に、タレ目の瞳が大きな女の子がコーデリア。この子の方が大人しそう。丸い襟付きのシャツにジャンパースカートだ。


 読み聞かせ………きっと少しはこの子たちの役に立てるんじゃないかな。

 そして、早くやりたいと心がうずうずする自分もいた。

 



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