プリンセスで朝食を
「お着替え、手伝いましょうか?」
「結構です!!」
客室にお姫様抱っこで連れてってもらい、雨でずぶ濡れになった制服からこの国の服に着替える。ドアの向こうからはフィンの声。もしお父さんだったら「キモいからどっか行って」と言うけれど、流石に王子様相手には控えておこう。誰かに聞かれたら面倒そうだし。
腰に巻かれた紐をきゅっと結ぶ。裾と袖に刺繍が施されたふわっとした膝より少し長めの白いワンピース。うんうん、良いんじゃない? お土産に貰えたら嬉しいな。
「ほら、着替えられました」
ドアを開いてさっきから鬱陶しいイケメン王子様に声をかける。
「おや、もう一着の方にしなかったのですか?」
「こってこてのドレスの方? 着ない着ない。動きにくそうだし、汚したらクリーニング代高そう。こっちの方がカワイイ」
「可愛い、そうですね。アカリの健康的な肌が白い服にもよく映えますし、何より」
フィンはいたずらっぽく笑うと片手を伸ばし、
「常に首筋が触りやすいのが堪りませんね」
指先で首筋をなぞった。
「うあぁぁああっっ!?!?」
「髪が短いとNOガードで良いですね」
彼の手をペシンっと払い。
「私の首筋は安くはない! 朝食食べに行きますよ!」
「はい、そうですね」
クックックッとフィンは大笑いを堪えるようにして笑い、私の横に歩く。
顔を真っ赤になると、より一層白い服に貴女の表情が映えますよ。
彼のそんな腹の中なんてつゆ知らず、私は朝ご飯はどんなメニューか考えることに集中することにした。
食堂に行くとガランとしていて、既に誰もいなかった。私の分の料理があるのだろう、長いテーブルにぽつんと1つドーム型の銀の丸い蓋が置かれている。
「すみません、皆本当に聖女が来たことに喜びを抑えきれなくて。冷めてなければ良いのですが」
「ううん、朝食の時間にちゃんと席に着かなかった私が悪いんです。それに」
この銀の丸い蓋、ディズニーアニメぐらいでしか見たことがない! 日本にも本物はあるんだろうけれど、これにお目にかかるのはお初。
「この蓋、実物を見るのは初めてなんです! これをぱかーんと開けるの嬉しい」
「ではレディ、僕が開けましょう」
「自分で開けたいです! ぱかーんしたいんです、ぱかーん」
席に座ると背後からフィンが腕を伸ばして来たので必死に阻止。思わずぎゅっと彼の手首を掴んでしまった。パッと離して仕切り直そうとするも、また彼は腕を伸ばしてきた。そして私が手首を掴む。離す。伸ばす。掴む。離す。伸ばす。掴む………
「フィン!!!!」
睨みながら顔を見上げると、いたずら少年のような顔をしたフィンがあった。
「すみません、アカリから触れてもらえる確実な方法を知れたな、と」
「やめんか!!!」
思わず友達相手にするような反抗をすると、フィンは笑いながら腕を引っ込めた。
「悪戯は程々にしておきます」
すると、彼は私の向かい側に座った。
「フィンはもう食べたの?」
「ええ、はい」
「そう……じゃあ、もしかすると人生で最初で最後かもしれない貴重な体験なので」
背筋を正す。ふぅと口から息を吐き、腹に空気が無くなった分、自然と鼻から吸い上げる。
「なので…?」
フィンの品の良い声色が心地良い。単にワタシが蓋を開けるには勿体ない。目の前には素敵な王子様、二人きりで料理を楽しむの。他には誰もいない、彼とワタクシだけの時間。
指先を伸ばし、上品に蓋の丸い小さな持ち手を摘む。手首を少しだけスナップさせて彼の方から最初に料理が見えるようにして持ち上げる。ほんの僅かに持ち上げて、私は興味津々な顔をし、一気に蓋を開けると目を輝かせるの。思わず肩も上がってしまうわ!
「まぁ! 何て美味しそうなお料理なの!? この世界はお料理も輝いて見えるわ。何もかもが私の心を踊らせるの。あ、ごめんなさい、はしゃいでしまって。蓋、マナー違反だとは思うけれど、ここに置いても良いかしら」
蓋は私の右手、舞台下手側に置く。小指を少し立てて軽そうに見せるも、意外と重い。置く瞬間に手先に神経を全集中させて、全く音を立てずにテーブルに置く。
「良いですけど……どうされましたか」
「フィン王子、一緒にいただきましょ。こんなに美味しそうなお料理を独り占めするなんて罰が当たりそうだわ」
バターロールのようなパンを半分に割る。聞き手側ばかりを動かしては反対の手の方の空間に動きが欠ける。
左手を伸ばす、パンを握りながら。
「貴方と同じ物を食べられる至福の時間を私にくださいませ」
彼はそっと半分に割られたパンを手に取った。私の左手がもっと貴方に触れたいと惜しみそうに戻って来るの。
そして………パンッ!! と手を鳴らした。現実に戻る合図だ。
「はい、物語のプリンセス風に蓋を開けてみました。じゃ、いただきます」
突然のことでフィンは口を半開きにして言葉を失っている。まぁ本当に前触れもなく始めちゃったからしょうがないか。
「ごめんなさい、つい。普通に開けるのが勿体ないって思っちゃって。私の世界だと物語のお姫様が使えるイメージだから」
それもあるし、フィンに何かしら食べてもらいたい目的もある。私に構ったばかりに朝食の時間があったにしても短かったはずだ。
パンに牛乳、目玉焼きにサラダ、オムレツ、ハム、シリアルっぽいもの、クッキー、いやいやいや朝ご飯多過ぎるでしょ。クッキーはご飯じゃないし。こっちの世界の文化なのかな。
「もし良かったら一緒に食べませんか? 一人で食べきれないし、食べるの真正面から見られ続けるのも嫌だし。もし満腹だったら無理することないですけど」
フィンは半開きのままの口をようやく閉じで微笑んだ。
「びっくりしましたよ、本当に別人のようでしたから」
「急に芝居をしてごめんなさいでした」
「芝居というより、二重人格なのかと思いました。この人格のアカリをどうしようって考えてしまいましたよ」
「そんなに?」
「本当にアカリは演劇が好きなんですね」
まただ。真っ直ぐにそういうこと言われると照れくさくなる。演劇は好きだけど、好きって言葉にしたことなんて無かったから。
「うん、好き」
「本当にアカリは演劇が好きなんですね」
「うん? 好きだけど」
「本当にアカリは演劇が好きなんですね」
え? 何かバグってる???
「好きだけど、どうしたの?」
「もう1度、好きかどうか教えてもらっても良いですか」
「好き」
「本当に好き?」
「うん、好き」
「大好き?」
…………あ。
ニコニコと満足そうに微笑む面を見て悟った。
「好き好き言わせていないで、さっさと食べますよ!!!」
「あらら、気付かれてしまいましたか、残念」
フィンはそう言うと半分に割ったパンをこちらに軽く向け、
「アカリのそういうところ、僕は好きですよ。いただきます」
美味しそうに頬張った。
そういうところってどういうところだろう。
色々と見透かされてしまってる気がする、この王子に。




